咳の正体は「写るはずのない白い影」―高齢者の気管支異物を見逃さない
第102回医師国家試験 A問題 第57問
国試問題にチャレンジ
65歳の男性。咳嗽を主訴に来院した。体温36.6℃。呼吸数16/分。脈拍64/分,整。血圧126/74mmHg。胸部エックス線写真を別に示す。 対応として適切なのはどれか。

- a.胸腔鏡検査
- b.縦隔鏡検査
- c.気管支鏡検査
- d.抗菌薬投与
- e.1週後再診
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
咳嗽があり、胸部エックス線写真で気管支の走行に一致する金属様の不透過陰影を認めた場合は、X線不透過性の気管支異物を考えます。高齢者では義歯や歯冠、PTPシートなどを本人が気づかないうちに誤嚥していることがあり、太く短く分岐角度の小さい右主気管支、とくに右下葉支に入りやすいのが特徴です。放置すると閉塞性肺炎や無気肺、肉芽形成を起こし摘出も困難になるため、全身状態が良好でも経過観察や抗菌薬投与ではなく、速やかに気管支鏡で観察・摘出を行います。胸腔鏡は胸膜・胸腔、縦隔鏡は縦隔リンパ節に対する手技であり、気道内腔の病変には用いません。乳幼児の豆類のように写らない異物では過膨張や縦隔偏位が手がかりになることも合わせて理解しておくと、繰り返す肺炎や長引く咳の鑑別に役立ちます。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
65歳男性が咳嗽を訴えて受診した。体温36.6℃で発熱はなく、呼吸数16/分、脈拍64/分(整)、血圧126/74mmHgと、バイタルサインはすべて正常範囲にある。呼吸不全や循環不全を示す所見はなく、全身状態は安定している。
画像の読み方
胸部エックス線写真では、右肺門の下方、右下肺野の内側(右心縁に近い部位)に、周囲の肺よりも明らかに白く写る小さな不整形の陰影がある。骨や石灰化よりも濃い、金属に近い濃度であり、辺縁がくっきりしている。肺実質の病変(腫瘤や浸潤影)ではなく、人工物がX線を遮っていると考えるのが自然である。位置は右下葉支(中間気管支幹から下葉支にかけて)の走行に一致する。肺野に浸潤影や無気肺、胸水はみられず、縦隔の偏位もない。
診断に至る考え方
咳嗽という気道症状があり、気管支の走行に沿って金属様の不透過陰影がみられることから、X線不透過性の気管支異物を最も考える。高齢者では義歯・歯冠(クラウン)・歯の詰め物などを知らないうちに誤嚥することが多く、本例の陰影の形も歯科補綴物に合致する。右主気管支は左に比べて太く短く、気管からの分岐角度が小さい(より垂直に近い)ため、誤嚥した異物は右側、とくに右下葉支に入りやすい。この解剖学的な特徴も本例の所見と合う。
設問への考え方
診断がほぼ確定しているため、次に必要なのは異物を確認し、取り除くことである。異物を放置すると、閉塞性肺炎・無気肺・肉芽形成・気管支拡張症などを起こし、時間が経つほど摘出が難しくなる。そのため、発熱がなく全身状態が良好であっても、経過観察ではなく速やかに気管支鏡で観察と摘出を行う。現時点では感染の兆候はないので、抗菌薬の投与は第一の対応ではない。
選択肢考察
- ×a. 胸腔鏡検査
胸腔鏡は、胸壁から胸腔(肺と胸壁の間の空間)に内視鏡を入れ、胸膜・胸水・肺表面を観察したり、生検や手術を行ったりする手技である。原因不明の胸水や胸膜病変の診断、気胸の手術などに用いる。本例の異物は気管支の内腔にあり、胸膜側からは到達できない。胸水や胸膜病変もないため、適応はない。
- ×b. 縦隔鏡検査
縦隔鏡は、頸部(胸骨上窩)を切開して気管前面の縦隔に内視鏡を入れ、縦隔リンパ節を生検する手技である。肺癌のリンパ節転移の評価(病期診断)やサルコイドーシス・悪性リンパ腫などの診断に用いる。本例では縦隔の拡大やリンパ節腫大はなく、気管支内の異物にも到達できないため、適応はない。
- ○c. 気管支鏡検査
気管支鏡は、口または鼻から気管・気管支の内腔に内視鏡を入れ、直接観察や処置を行う手技である。異物の位置と性状を確認できるうえ、鉗子やバスケット鉗子を用いてそのまま摘出できるため、気管支異物に対する診断と治療の両方を担う第一選択の手段である。成人では局所麻酔下の軟性気管支鏡でまず試みることが多く、大きな異物や軟性鏡での摘出が難しい場合、また小児では、全身麻酔下の硬性気管支鏡を用いる。放置による閉塞性肺炎や肉芽形成を防ぐため、早期に実施すべきである。
- ×d. 抗菌薬投与
発熱はなく、呼吸数・脈拍も正常で、胸部エックス線写真に肺炎を示す浸潤影もない。現時点で感染症を示す所見はないため、抗菌薬を投与する根拠がない。仮に閉塞性肺炎を合併していたとしても、抗菌薬は補助的な治療にすぎず、原因となる異物を取り除かなければ炎症は繰り返す。根本的な対応は異物の摘出である。
- ×e. 1週後再診
画像で異物の存在が明らかであり、咳嗽という症状もある。気管支異物は自然に排出されることは期待しにくく、時間が経つと周囲に肉芽が形成されて摘出が難しくなるうえ、閉塞性肺炎や無気肺を起こす危険が高まる。診断がついている以上、様子を見る理由はなく、速やかに摘出を行うべきである。
気管支異物の概要
気管支異物は、本来気道に入るべきでない物が誤って吸い込まれ(誤嚥)、気管支内にとどまった状態である。発症年齢には二つの山があり、ひとつは乳幼児(とくに1〜3歳)、もうひとつは高齢者である。 ・乳幼児: ピーナッツなどの豆類が最も多い。臼歯がそろわず咀嚼が未熟で、口に物を入れたまま動き回ったり泣いたりすることが原因となる。豆類はX線透過性のため写真に写らず、呼気時にチェックバルブ機構(空気が入るが出にくい状態)で患側肺が過膨張になる所見や、縦隔の健側への偏位が診断の手がかりになる。 ・高齢者: 義歯、歯冠、歯の詰め物、薬の包装シート(PTPシート)、食物塊などが多い。脳血管障害の後遺症、認知症、鎮静薬の使用などで嚥下機能や咳反射が低下していると、誤嚥したこと自体に本人も周囲も気づかないことがある。そのため、症状が慢性の咳や繰り返す肺炎だけで、誤嚥のエピソードがはっきりしないことも珍しくない。
右側に入りやすい理由
右主気管支は左主気管支と比べて太く短く、気管の長軸からの分岐角度が小さい(右約25度、左約45度)。そのため、誤嚥した異物は右側、特に重力方向にある右下葉支に入りやすい。
症状と画像
誤嚥直後は激しい咳込み(むせ)や喘鳴がみられるが、しばらくすると症状が軽くなる無症状期に入ることがある。その後、閉塞の程度や時間経過に応じて、慢性咳嗽、限局性の喘鳴(聴診で片側・局所に聞こえる)、閉塞性肺炎、無気肺などが現れる。 胸部エックス線写真では、金属・歯科材料などX線不透過性の異物はそのまま写るが、食物・プラスチックなど透過性の異物は写らない。透過性の異物が疑われるときは、吸気・呼気の撮影での過膨張や縦隔偏位の確認、胸部CT、気管支鏡を組み合わせて診断する。
治療
治療の基本は気管支鏡による摘出である。成人では軟性気管支鏡が第一に試みられ、摘出が困難な場合には硬性気管支鏡を用いる。小児は気道が細く、処置中の換気を確保する必要があるため、全身麻酔下で硬性気管支鏡を用いるのが一般的である。気管支鏡での摘出がどうしてもできない場合や、長期間の留置で末梢肺が気管支拡張や線維化など不可逆的に傷んでいる場合には、外科的切除(肺葉切除など)が検討される。
POINT
・咳嗽があり、胸部エックス線写真で気管支の走行に沿う金属様の不透過陰影をみたら、気管支異物を考える。 ・誤嚥した異物は右主気管支(右下葉支)に入りやすい。右主気管支は太く短く、分岐角度が小さいためである。 ・高齢者の異物は義歯・歯冠・歯の詰め物・PTPシートが多く、誤嚥のエピソードがはっきりしないことがある。乳幼児ではピーナッツなどの豆類が多い。 ・治療は気管支鏡による摘出であり、全身状態が良好でも放置せず速やかに行う。 ・胸腔鏡は胸膜・胸腔、縦隔鏡は縦隔リンパ節に対する手技であり、気道内の病変には用いない。
