片耳のつまりと首のしこり―上咽頭癌は「放射線+抗癌薬」で治す
第102回医師国家試験 A問題 第47問
国試問題にチャレンジ
66歳の女性。1か月前から続く左耳のつまるような違和感と左上頸部の母指頭大の腫瘤とを主訴に来院した。CRP 0.4mg/dL。頭部単純MRIの水抑制T2強調像〈FLAIR〉を別に示す。 治療法として適切なのはどれか。2つ選べ。

- a.手術
- b.放射線治療
- c.抗癌化学療法
- d.副腎皮質ステロイド薬投与
- e.非ステロイド性抗炎症薬投与
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
成人の片側性滲出性中耳炎と上頸部リンパ節腫脹の組み合わせは、耳管開口部近くのRosenmüller窩に好発する上咽頭癌を疑う重要なサインです。上咽頭は頭蓋底直下で内頸動脈や脳神経に囲まれ、根治的な切除が難しい一方、多くを占める非角化型癌は放射線と抗癌薬への感受性が高いため、治療の中心は放射線治療であり、リンパ節転移を伴う進行例ではシスプラチンを中心とした同時化学放射線療法が標準となります。手術は残存リンパ節への頸部郭清や再発時の救済手術に限られ、ステロイドやNSAIDsには腫瘍を治す効果はありません。EBウイルスとの関連、脳神経症状や遠隔転移をきたしやすい性質も合わせて押さえておくと、耳鼻咽喉科領域の腫瘍を部位と性質から治療選択へ結びつける考え方が身につきます。
解答・解説
正解はb, cです
所見の整理
・66歳女性。悪性腫瘍の頻度が高くなる年齢である。 ・1か月前から左耳のつまった感じ(耳閉感)が続いている。 ・左上頸部に母指頭大(直径2〜3cm程度)の腫瘤がある。 ・CRP 0.4mg/dLと、上昇はごく軽度にとどまる。 ・頭部単純MRI(FLAIR像):左の上咽頭側壁、耳管開口部から咽頭陥凹(Rosenmüller窩)付近に、辺縁不整で周囲へ浸潤する腫瘤を認める。
診断へのプロセス
1. 片側の耳閉感:上咽頭の側壁には耳管が開口している。ここに腫瘤があると耳管が閉塞し、中耳の換気が障害されて滲出性中耳炎(鼓室に液がたまる状態)が生じ、耳閉感や難聴となる。小児ではアデノイドによることが多いが、成人・高齢者で片側だけの滲出性中耳炎をみたら、上咽頭癌を必ず疑って上咽頭を観察する。 2. 上頸部の腫瘤:上咽頭癌はリンパ流が豊富で、早い時期から上頸部(上内深頸リンパ節)や咽頭後リンパ節に転移しやすい。頸部リンパ節の腫れが初発症状となることも多い。 3. 炎症の否定:上気道炎や咽頭炎でも滲出性中耳炎や頸部リンパ節腫脹は起こりうるが、1か月間持続し、CRPもほぼ正常であることから、急性の炎症性疾患としては説明しにくい。 4. 画像:MRIで上咽頭側壁に浸潤性の腫瘤を認める。 以上から、頸部リンパ節転移を伴う左上咽頭癌と考えられる。確定診断は内視鏡下の生検による病理診断で行う。
治療の考え方
上咽頭は頭蓋底に接する奥深い部位で、周囲に内頸動脈や脳神経が走っているため、根治的な手術で腫瘍を十分な余裕をもって切除することが難しい。一方、上咽頭癌の多くを占める非角化型(低分化〜未分化)癌は放射線と抗癌薬によく反応する。このため、上咽頭癌の根治治療は放射線治療が中心であり、頸部リンパ節転移を伴う進行例では、シスプラチンを中心とする抗癌化学療法を放射線治療と同時に併用する(化学放射線療法)のが標準である。
選択肢考察
- ×a. 手術
上咽頭は頭蓋底の直下にあり、内頸動脈や多数の脳神経に囲まれているため、腫瘍を安全域を確保して切除することが困難で、初回治療として手術は行わないのが原則である。さらに上咽頭癌は放射線・抗癌薬への感受性が高く、手術を選ぶ利点が乏しい。手術が検討されるのは、化学放射線療法後に頸部リンパ節に病変が残った場合の頸部郭清術や、局所再発に対する救済手術など、限られた場面である。
- ○b. 放射線治療
上咽頭癌の根治治療の中心は放射線治療である。多くを占める非角化型癌は放射線感受性が高く、上咽頭の原発巣とともに頸部リンパ節領域も照射範囲に含めて治療する。周囲の唾液腺や脳幹・視神経などの正常組織を守るため、現在は強度変調放射線治療(IMRT)が広く用いられている。早期例は放射線治療単独でも治療されるが、本例のような頸部リンパ節転移を伴う症例では化学療法と組み合わせる。
- ○c. 抗癌化学療法
上咽頭癌は抗癌薬への感受性も高い。局所進行例や頸部リンパ節転移を伴う例では、シスプラチンを中心とした化学療法を放射線治療と同時に行う化学放射線療法により、放射線単独より生存率が改善することが示されており、標準治療となっている。また、遠隔転移を起こしやすい腫瘍であるため、放射線治療の前後に化学療法を追加して全身の微小転移を抑える目的でも用いられる。遠隔転移例や再発例では化学療法が治療の中心となる。
- ×d. 副腎皮質ステロイド薬投与
副腎皮質ステロイド薬には上咽頭癌を治す効果はなく、根治治療の選択肢にはならない。悪性リンパ腫の化学療法の一部として用いられたり、放射線や化学療法の副作用(嘔気や浮腫など)の対策として補助的に使われたりすることはあるが、本例の治療法としては不適切である。
- ×e. 非ステロイド性抗炎症薬投与
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は炎症を抑え痛みや発熱を和らげる薬で、腫瘍そのものを治療する効果はない。頸部リンパ節炎などの炎症性疾患であれば用いられることがあるが、本例はCRPの上昇がごく軽度で症状が1か月続いており、画像で上咽頭に浸潤性腫瘤を認めることから炎症ではなく悪性腫瘍である。痛みに対する対症療法として使われることはあっても、治療法としては不適切である。
上咽頭癌の概要
・疫学:中国南部や東南アジアで多く、日本では比較的まれ。男性に多い。発症年齢の分布は幅広い。 ・危険因子:EBウイルス(Epstein-Barr virus)感染との関連が深い。ほかに塩蔵魚などの食習慣、遺伝的素因が指摘されている。 ・組織型:扁平上皮癌の一種で、WHO分類では角化型、非角化型(分化型・未分化型)などに分けられる。多くは非角化型(低分化〜未分化)で、EBウイルスとの関連が強く、放射線・化学療法への感受性が高い。 ・好発部位:上咽頭側壁の咽頭陥凹(Rosenmüller窩)。
症状の整理
・頸部症状:上頸部リンパ節腫脹(初発症状として最も多いものの一つ)。 ・耳症状:耳管閉塞による片側の滲出性中耳炎(耳閉感、難聴)。 ・鼻症状:鼻閉、鼻出血、血性鼻漏。 ・脳神経症状:頭蓋底への進展により、外転神経麻痺(複視)、三叉神経障害(顔面の痛みやしびれ)などが生じる。咽頭後リンパ節転移から舌咽・迷走・副・舌下神経の障害をきたすこともある。
検査
・内視鏡で上咽頭を観察し、生検で病理診断を確定する。 ・MRIで局所の広がり(頭蓋底浸潤、咽頭後リンパ節)を評価し、CTやPET-CTで頸部・遠隔転移を調べる。 ・EBウイルス関連の抗体や血漿中EBウイルスDNAが補助診断や経過観察に用いられる。
治療のまとめ
・早期例:放射線治療単独。 ・局所進行例、リンパ節転移例:シスプラチンを中心とする同時化学放射線療法。導入化学療法や補助化学療法を加えることがある。 ・遠隔転移例:化学療法が中心。 ・手術:残存頸部リンパ節に対する頸部郭清術、局所再発に対する救済手術など限られた場面で行う。 ・遠隔転移(骨、肺、肝)をきたしやすいことも特徴である。
頭頸部癌における位置づけ
口腔癌や喉頭癌などでは手術が治療の柱となることも多いが、上咽頭癌は部位と放射線感受性の点から「放射線(+化学療法)が主役」という点で他と異なる。
POINT
・成人の片側性滲出性中耳炎+上頸部リンパ節腫脹 → 上咽頭癌を疑う。 ・好発部位はRosenmüller窩(咽頭陥凹)、EBウイルスとの関連が深い。 ・治療の中心は放射線治療で、進行例はシスプラチン併用の化学放射線療法。 ・解剖学的に切除が困難なため、初回治療として手術は原則として行わない(残存・再発リンパ節の頸部郭清などに限る)。 ・脳神経症状(外転神経麻痺など)や遠隔転移をきたしやすい。
