ボールが当たって上が二重に見える―吹き抜け骨折を疑ったら、まず「目の動き」を確かめる
第102回医師国家試験 A問題 第48問
国試問題にチャレンジ
15歳の男子。上方を見たときの複視を主訴に来院した。サッカーの試合中にボールが右眼部に当たった後,症状が出現した。正面視で眼位の異常は認めない。視力は右1.2(矯正不能),左1.2(矯正不能)。両眼底に異常を認めない。 次に行うのはどれか。
- a.脳波
- b.網膜電図
- c.眼球運動検査
- d.外眼筋筋電図
- e.眼球超音波検査
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
ボールなど眼窩入口より大きい物体による鈍的外傷のあと上方視で複視が出る場合、眼窩下壁の吹き抜け骨折により下直筋や眼窩内組織が骨折部にはまり込み、上転が機械的に制限されている状態を疑います。複視の評価ではまず眼球運動検査(9方向眼位やHessチャート)で運動制限の方向と程度を客観的に確認し、続いて眼窩部CT冠状断で骨折と嵌頓を確かめるのが基本の流れです。視力・眼底が正常なら網膜電図や眼球超音波は不要で、侵襲的な外眼筋筋電図よりも、機械的制限の鑑別には牽引試験が有用です。若年者のtrapdoor型骨折は外見が軽くても嘔吐や徐脈を伴い緊急手術を要することがあるため、症状から病態を推定し、基本的な診察から順序立てて評価する姿勢が重要です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・15歳男子。サッカーボールが右眼部に当たった直後から、上を見たときに物が二重に見える(複視)。 ・正面を見ているときは眼位(両眼の向き)の異常がない。 ・視力は左右とも1.2で低下なし、眼底にも異常なし。
診断へのプロセス
1. 眼の周りへの鈍的外傷後に生じた複視である。ボールのように眼窩の入口より大きな物体が当たると、眼窩内の圧が急に高まり、眼窩の壁のうち最も薄い部分(眼窩下壁=上顎洞の天井、または内側壁=篩骨洞との境)が折れて骨片が副鼻腔側へ吹き抜ける。これが眼窩吹き抜け骨折(blowout fracture)である。 2. 眼窩下壁が折れると、骨折部に眼窩内の脂肪組織や下直筋、その周りの結合組織がはまり込む(嵌頓)。下直筋が引っかかって伸びなくなるため、眼球を上に向けられなくなり、上方視で複視が出る。正面視では眼位ずれが目立たないこともあり、本例の「上方を見たときだけの複視」はこの病態によく合う。 3. 視力と眼底が正常であることから、眼球そのもの(網膜、硝子体、視神経など)の損傷を示す所見はない。 以上から、右眼窩吹き抜け骨折(とくに眼窩下壁骨折)が最も疑われる。
次に行うべきこと
複視の訴えがあるときは、まずどの方向を見たときにどの眼の動きが制限されているかを確かめる必要がある。そのための基本的な検査が眼球運動検査であり、9方向の眼位を調べたり、Hess(ヘス)チャートで各外眼筋の動きの過不足を記録したりする。これにより、上転制限の有無と程度が客観的に評価でき、治療方針や経過観察の基準になる。続いて眼窩部CT(とくに冠状断)で骨折部位と組織の嵌頓を確認する、という流れが一般的である。
選択肢考察
- ×a. 脳波
脳波は大脳の電気活動を記録する検査で、てんかんや意識障害、脳症などの評価に用いる。本例は眼部の打撲後の上方視での複視のみで、意識障害やけいれんなど脳の機能異常を疑わせる所見はない。複視の原因となる眼球運動の障害を評価することはできず、次に行う検査としては適切でない。
- ×b. 網膜電図
網膜電図(ERG:electroretinogram)は、光の刺激に対する網膜の電気的反応を記録し、網膜の機能を評価する検査である。網膜色素変性などの網膜疾患や、眼底が見えない場合の網膜機能の推定に用いる。本例は視力も眼底も正常で網膜の障害を疑う所見はなく、複視の原因評価にも役立たないため不要である。
- ○c. 眼球運動検査
複視を訴える患者でまず行うべき基本的な検査である。眼球を上下左右・斜めの各方向に動かしてもらい、どの方向でどの眼の動きが制限されているかを調べる。Hessチャートを用いると、各外眼筋の働きの過不足を図として記録でき、左右差や経時的変化を比較できる。眼窩吹き抜け骨折では、患側眼の上転制限(下直筋の嵌頓による伸展障害)として異常が現れる。本例の病態を客観的に確かめ、手術適応の判断や経過観察に不可欠な情報を与えるため、次に行う検査として最も適切である。
- ×d. 外眼筋筋電図
外眼筋筋電図は、眼の周囲の筋肉に電極を刺して筋の電気活動を記録する検査で、神経麻痺や筋疾患による眼球運動障害を調べる目的で用いられることがある。侵襲を伴う特殊な検査であり、日常診療で行うことは少ない。まず非侵襲的な眼球運動検査で運動障害の方向と程度を確認するのが先であり、筋電図は必要があればその後に検討する検査である。なお、吹き抜け骨折のように筋が引っかかって動かない状態(機械的な運動制限)か、神経麻痺による運動障害かを見分けるには、眼球を鑷子でつまんで他動的に動かす牽引試験(forced duction test)が有用である。
- ×e. 眼球超音波検査
眼球超音波検査(Bモード)は、硝子体出血や白内障、角膜混濁などで眼底が透見できないときに、網膜剝離や眼内異物の有無などを調べるために行う。本例では視力が良好で眼底も観察でき、異常は認められていない。眼球内部を評価する必要はなく、複視の原因評価にも適さないため、次に行う検査ではない。
眼窩吹き抜け骨折(blowout fracture)の概要
・受傷機転:ボール、拳、肘など、眼窩の入口よりやや大きい物体が眼部に当たり、眼窩内圧が急激に上昇して、薄い眼窩壁が折れる。眼窩縁(眼窩の周りの厚い骨の縁)は保たれることが多い。 ・骨折部位:眼窩下壁(上顎洞の天井)と内側壁(篩骨洞との境で、紙様板と呼ばれる薄い骨)に多い。 ・症状: 上方視(下壁骨折)または側方視(内側壁骨折)での複視。 眼球陥凹(眼窩内容が副鼻腔へ逸脱するため)。 頬部から上口唇の感覚低下(眼窩下壁を走る眼窩下神経の障害)。 鼻出血、眼瞼の腫脹・皮下出血、鼻をかんだ後の眼瞼の気腫。 ・検査: 眼球運動検査(9方向眼位、Hessチャート)、両眼単一視野検査。 眼窩部CT(冠状断が骨折部位と組織の嵌頓の評価に有用)。 牽引試験(forced duction test)で機械的な運動制限を確認する。 眼球自体の損傷の除外(視力、細隙灯顕微鏡検査、眼底検査)。 ・治療: 軽度の運動制限で改善傾向があれば経過観察。 複視が持続する場合や眼球陥凹が大きい場合は、嵌頓した組織を整復し、骨折部を修復する手術を行う。 鼻を強くかむと眼窩気腫を起こすため、受傷後は控えるよう指導する。
小児の閉鎖型(trapdoor型)骨折に注意
小児や若年者では骨が柔らかいため、折れた骨片がすぐに元の位置に戻って筋肉を強く挟み込む「trapdoor型」骨折を起こしやすい。外見上の腫れや出血が軽い(white-eyed blowout fracture とも呼ばれる)一方で、著明な上転制限、眼球を動かしたときの痛み、嘔気・嘔吐、徐脈(眼球心臓反射)を伴うことがある。筋の虚血・壊死を防ぐため早期(できれば受傷後早い時期)の手術が必要であり、嘔吐を頭部外傷と誤って見逃さないことが重要である。本例も15歳であり、この型を念頭に置いて評価する。
POINT
・眼部への鈍的外傷後の上方視での複視 → 眼窩下壁の吹き抜け骨折(下直筋・眼窩内組織の嵌頓)を疑う。 ・複視の評価では、まず眼球運動検査(9方向眼位、Hessチャート)で運動制限の方向と程度を確認する。 ・骨折の確認には眼窩部CT(冠状断)が有用。 ・随伴所見:眼球陥凹、眼窩下神経領域の感覚低下、鼻出血、眼窩気腫。 ・小児のtrapdoor型骨折は外見の所見が軽くても、嘔吐や徐脈を伴い緊急手術を要することがある。
