前頸部正中にひそむ胎生期の名残―3年かけて育った正中頸嚢胞を見抜く
第102回医師国家試験 A問題 第45問
国試問題にチャレンジ
45歳の男性。3年前から自覚している頸部の腫瘤が徐々に増大してきたため来院した。頸部の写真(A)と頸部単純CT(B)とを別に示す。 考えられるのはどれか。

- a.粉瘤
- b.脂肪腫
- c.甲状腺腫
- d.正中頸嚢胞
- e.リンパ管腫
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
前頸部正中で舌骨から甲状軟骨前面にかけて、ゆっくり増大する境界明瞭・内部均一な嚢胞を認めたら、甲状舌管の遺残による正中頸嚢胞を考えます。甲状腺は輪状軟骨より下に位置するため、CTの断面の高さを確認することで甲状腺腫と区別でき、脂肪濃度なら脂肪腫、真皮内の浅い病変なら粉瘤、乳幼児の側頸部に多い多房性で境界不明瞭な病変ならリンパ管腫と鑑別します。正中頸嚢胞は嚥下や舌の突出で上方に動くのが特徴で、治療は舌骨体中央部を含めて甲状舌管ごと摘出するSistrunk法が標準であり、術前には正常甲状腺の存在を確認します。胸鎖乳突筋前縁にできる側頸嚢胞と対にして、発生学と部位を結びつけて理解しておくと、頸部腫瘤の鑑別全般に応用できます。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・45歳男性。頸部の腫瘤に3年前から気づいており、ゆっくり大きくなってきた。 ・写真(A)では、前頸部の正中付近に皮膚の隆起として腫瘤がみえる。 ・頸部単純CT(B)では、甲状軟骨の高さで、甲状軟骨のすぐ前面に、辺縁が明瞭で内部が均一な低吸収(液体に近い濃度)の腫瘤がある。
診断への考え方
1. 経過:3年という長い期間をかけて少しずつ大きくなっており、急速に増大する悪性腫瘍や急性炎症より、良性の腫瘤や嚢胞を考えるのが自然である。 2. 部位:病変は「前頸部の正中」かつ「甲状軟骨の前面」にある。この高さでは甲状腺そのものはまだ写らない(甲状腺は輪状軟骨より下、気管上部の前面にある)。この位置は、胎生期に甲状腺原基が舌根部(舌盲孔)から下降した通り道、すなわち甲状舌管の走行に一致する。 3. 性状:境界明瞭・内部均一な嚢胞様の像であり、脂肪濃度(脂肪腫)でも、皮膚直下の真皮内病変(粉瘤)でも、多房性で周囲に入り込むような病変(リンパ管腫)でもない。 以上から、甲状舌管の遺残が嚢胞化した正中頸嚢胞(甲状舌管嚢胞)と考えられる。正中頸嚢胞は小児期に見つかることが多いが、本例のように成人になってから気づかれることも少なくない。
臨床での確認
正中頸嚢胞は舌骨に付着していることが多いため、嚥下や舌を前に出す動作で腫瘤が上方へ動く。診察時にこの所見を確認すると、ほかの前頸部腫瘤との鑑別に役立つ。
選択肢考察
- ×a. 粉瘤
粉瘤(表皮嚢腫、アテローマ)は、表皮成分が真皮内に袋状に入り込み、角質がたまってできる嚢腫である。皮膚と一体化した浅い病変で、中央に黒い点状の開口(へそ)を認めることが多く、全身のどこにでも生じる。本例のCTでは病変が皮膚よりも深く、甲状軟骨の前面に接して存在しており、皮膚に限局する粉瘤の所見とは合わない。
- ×b. 脂肪腫
脂肪腫は成熟した脂肪細胞からなる良性腫瘍で、軟らかく可動性のある皮下腫瘤として触れる。CTでは周囲の皮下脂肪と同じく非常に低い吸収値(おおよそ−100 HU前後の脂肪濃度)を示すのが特徴である。本例の腫瘤は脂肪と同じ濃度を示す病変ではなく、液体を含む嚢胞として矛盾しない像であり、脂肪腫は考えにくい。
- ×c. 甲状腺腫
甲状腺腫は甲状腺そのものが腫大した状態で、病変は気管前面の甲状腺の位置(輪状軟骨より下方)にあり、嚥下で上下に動く。本例のCTは甲状軟骨のレベルの断面であり、甲状腺はこの高さには写っていない。病変は甲状腺とは別の、甲状軟骨前面に存在しているため、甲状腺腫とは判断できない。
- ○d. 正中頸嚢胞
正中頸嚢胞は、甲状腺が舌盲孔から下降する際の通り道である甲状舌管が消失せずに残り、嚢胞化したものである。舌骨付近から甲状腺峡部までの前頸部正中に生じ、とくに舌骨の周囲や甲状軟骨の前方に多い。長い経過でゆっくり増大する無痛性腫瘤として気づかれ、CTでは境界明瞭で内部が均一な低吸収の嚢胞として描出される。本例の経過、部位(前頸部正中・甲状軟骨前面)、画像所見のいずれにも合致する。
- ×e. リンパ管腫
リンパ管腫(リンパ管奇形)はリンパ管の形成異常による病変で、多くは乳幼児期(2歳ごろまで)に発見され、頸部では側頸部(後頸三角)に好発する。CTでは多房性の嚢胞として描出され、周囲の組織の間に入り込むように広がるため境界が不明瞭になりやすい。本例は45歳の成人で、正中に境界明瞭な単房性の嚢胞を認めることから、リンパ管腫は考えにくい。
正中頸嚢胞(甲状舌管嚢胞)の概要
・成因:胎生期に甲状腺原基は舌根部の舌盲孔から発生し、甲状舌管を通って舌骨の前方を下降し、頸部の最終位置に達する。通常この管は消失するが、遺残すると嚢胞や瘻孔となる。 ・部位:舌盲孔から甲状腺峡部までの正中線上。舌骨周囲が最も多い。 ・症状:前頸部正中の無痛性の球状腫瘤。嚥下や舌の突出で上方へ移動する。感染を起こすと発赤・疼痛を伴い、自壊して瘻孔を形成することがある。 ・検査:超音波検査、CT、MRIで嚢胞性病変として確認する。手術前には、正常な甲状腺が本来の位置にあることを確認しておく(異所性甲状腺を嚢胞と誤って摘出しないため)。 ・治療:Sistrunk(シストランク)法による摘出が標準である。甲状舌管が舌骨を貫いて走るため、舌骨体の中央部を合わせて切除し、管を舌盲孔方向まで追って取り除く。嚢胞だけを摘出すると再発しやすい。 ・まれに嚢胞壁から癌(多くは乳頭癌)が発生することがある。
側頸嚢胞との対比
・側頸嚢胞(鰓性嚢胞)は鰓裂・鰓嚢の遺残で、胸鎖乳突筋の前縁に沿った側頸部に生じる。 ・「正中なら正中頸嚢胞、胸鎖乳突筋前縁なら側頸嚢胞」と位置で整理しておく。
頸部の良性腫瘤の鑑別の要点
・粉瘤:真皮内、中央に開口部、感染で発赤・腫脹。 ・脂肪腫:軟らかい皮下腫瘤、CTで脂肪濃度。 ・甲状腺腫:甲状腺の位置(輪状軟骨より下、気管前面)、嚥下で移動。 ・リンパ管腫:乳幼児、側頸部に多い、多房性で境界不明瞭。 ・正中頸嚢胞:前頸部正中(舌骨〜甲状腺峡部)、境界明瞭な嚢胞、嚥下・舌突出で移動。
POINT
・前頸部正中の、舌骨〜甲状軟骨前面にある境界明瞭な嚢胞は正中頸嚢胞を考える。 ・甲状舌管の遺残が原因で、嚥下や舌の突出で上方に動く。 ・治療はSistrunk法(舌骨体中央部を含めて甲状舌管ごと摘出)。 ・側頸部(胸鎖乳突筋前縁)の嚢胞は側頸嚢胞で、正中頸嚢胞と区別する。 ・CTの高さ(甲状軟骨レベルか甲状腺レベルか)と濃度(脂肪か液体か)を読み取ることが鑑別の鍵である。
