8回洗わないと気が済まない―「思えてならない」が教える強迫の正体
第101回医師国家試験 H問題 第29問
国試問題にチャレンジ
15歳の女子。行動の異常に気付いた母親に連れられ来院した。1年前から,外出から帰ると手に細菌がついたように思えてならず,何度も繰り返し手を洗うようになった。最近では決まって8回は洗う。入浴の際も体を8回繰り返して洗うまでやめられず,途中で家族が止めると,抵抗して暴力をふるうこともある。 症状はどれか。
- a.幻覚
- b.妄想
- c.強迫
- d.常同症
- e.自我障害
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
「細菌がついたように思えてならない」という、不合理だと感じつつも振り払えない考えは強迫観念(不潔恐怖)であり、その不安を打ち消すために決まった回数手を洗い続ける行為は強迫行為(洗浄強迫)です。両者がそろう本例の症状は「強迫」で、強迫症(強迫性障害)と考えられます。訂正不能な確信である妄想、外界の刺激なしに生じる知覚である幻覚、考えが自分のものでなくなる自我障害、無目的な反復である常同症とは、本人の体験の仕方と行為の目的の有無で区別します。治療はSSRIと曝露反応妨害法を中心とする認知行動療法で、止められた際の攻撃性や家族の巻き込みにも配慮が必要です。精神症状を「どう体験されているか」で分類する視点は、精神科の症候学全体を理解する基本になります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・15歳女子。1年前から、外出から帰ると「手に細菌がついたように思えてならない」という考えが繰り返し浮かぶ。 ・その考えを打ち消すために手洗いを何度も繰り返し、最近では必ず8回洗う。入浴でも体を8回洗うまでやめられない。 ・行為を途中で家族に止められると抵抗し、暴力をふるうこともある。
症状の読み取り
「細菌がついたように思えてならない」は、本人の意思に反して繰り返し頭に浮かび、強い不安や不快感をもたらす考えであり、強迫観念(不潔恐怖・汚染恐怖)にあたる。これは「思えてならない」という表現が示すように、事実として確信している(妄想)のではなく、ばかげていると感じつつも振り払えない考えである。 その不安を和らげるための繰り返しの手洗い・洗体は強迫行為(洗浄強迫)であり、「8回」という決まった回数へのこだわりも、一定の手順どおりに行わないと気が済まない強迫行為の典型像である。止められると強い不安が生じるため、行為を中断させようとする家族に抵抗したり、家族を行為に巻き込んだりすることも少なくない。 強迫観念と強迫行為がそろい、1年にわたって生活に支障をきたしていることから、強迫性障害(強迫症)と考えられる。
設問の考え方
問われているのは診断名ではなく「症状」である。本例の中心となる精神症状は、強迫観念とそれに続く強迫行為、すなわち「強迫」である。他の選択肢はいずれも統合失調症などでみられる症状や、別の性質をもつ行動の異常であり、本例の記載とは合致しない。
選択肢考察
- ×a. 幻覚
該当しない。幻覚は、対応する外界の刺激がないのに知覚が生じるものである(例:誰もいないのに声が聞こえる幻聴)。本例は実際に細菌が見えたり感じたりしているわけではなく、「ついたように思えてならない」という考えの問題であり、知覚の異常ではない。
- ×b. 妄想
該当しない。妄想は、根拠のない誤った内容を訂正できないほど強く確信している思考内容の異常である。本例の「細菌がついたように思えてならない」は、事実として確信しているのではなく、頭から離れない考えに苦しめられている状態であり、強迫観念にあたる。強迫性障害では多くの場合、その考えや行為が過剰・不合理であることをある程度自覚している点が妄想と異なる。
- ○c. 強迫
本例の症状である。強迫とは、自分でもばかげている・過剰だと感じながら、ある考えや行為を繰り返さずにはいられない状態をいう。「手に細菌がついたように思えてならない」という不潔恐怖が強迫観念、それを打ち消すために決まった回数(8回)手や体を洗い続ける行為が強迫行為(洗浄強迫)にあたる。やめようとすると強い不安が生じるため、途中で止められると抵抗することもあり、本例の暴力もこれで説明できる。
- ×d. 常同症
該当しない。常同症は、目的や意味のわからない同じ動作・姿勢・言葉を長時間にわたって単調に繰り返すもので、統合失調症(特に緊張型)や自閉スペクトラム症、知的能力障害などでみられる。本例の手洗いは「細菌を落とす」という不安を打ち消すための目的をもった行為であり、強迫観念と結びついた強迫行為である点で常同症とは異なる。
- ×e. 自我障害
該当しない。自我障害は、自分の考えや行動が自分のものであるという感覚が損なわれる状態で、させられ体験(他者に操られていると感じる)、思考吹入、思考奪取、考想伝播などとして現れ、統合失調症に特徴的である。本例では、考えが繰り返し浮かぶことに苦しみながらも、それを自分自身の考えとして体験しており、自我障害はない。
強迫性障害(強迫症、OCD:obsessive-compulsive disorder)の概要
・強迫観念:本人の意思に反して繰り返し浮かび、強い不安や苦痛を引き起こす考え・イメージ・衝動。汚染への恐怖、戸締まりや火の元への疑念(確認)、対称性・順序へのこだわり、攻撃的・性的な内容などがある。 ・強迫行為:強迫観念による不安を打ち消したり和らげたりするために繰り返される行動や心の中の行為。洗浄、確認、数を数える、並べ替えなど。 ・多くは10代〜20代前半に発症し、小児期発症も珍しくない。 ・DSM-5(米国精神医学会の診断基準)では不安症群から独立した「強迫症および関連症群」に分類されている。病識(症状が不合理であるという認識)は保たれていることが多いが、DSM-5では病識が良好・不十分・欠如のいずれでも診断でき、その程度を特定用語で記載する。特に小児では病識が乏しいことがある。 ・家族を手洗いや確認に付き合わせる「巻き込み」がしばしばみられ、家族関係の悪化や、止められた際の攻撃的行動につながることがある。
治療
・薬物療法:選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI、フルボキサミン、パロキセチンなど)が第一選択。うつ病の治療より高用量・長期間を要することが多い。三環系抗うつ薬のクロミプラミンも有効である。 ・精神療法:認知行動療法、特に曝露反応妨害法(ERP:不安を起こす状況にあえて身を置き、強迫行為をしないで不安が自然に下がるのを体験する方法)が有効である。
主な精神症状の整理
・知覚の障害:幻覚(幻聴、幻視など)、錯覚 ・思考内容の障害:妄想、強迫観念、支配観念 ・自我意識の障害:させられ体験、思考吹入、思考奪取、考想伝播 ・行動の障害:常同症、強迫行為、緊張病症状(昏迷、拒絶症、カタレプシーなど)
POINT
・不潔恐怖(強迫観念)+繰り返しの手洗い(強迫行為)→ 強迫性障害。症状は「強迫」。 ・強迫観念は、多くの場合不合理だと自覚しつつも振り払えない考えであり、訂正不能な確信である妄想とは異なる。 ・強迫行為は不安を打ち消すという目的をもつ点で、無目的な反復である常同症とは異なる。 ・幻覚・妄想・自我障害は統合失調症を示唆する症状である。 ・治療はSSRIと認知行動療法(曝露反応妨害法)。
