裂けた大動脈に「穴をあける」な―Stanford A型解離の初期対応で避けるべき処置
第101回医師国家試験 G問題 第23問
国試問題にチャレンジ
56歳の男性。突然に発症した胸背部痛を主訴に来院した。意識は清明。顔貌は苦悶様で冷汗を伴う。呼吸数26/分。脈拍104/分,整。血圧:右上腕150/82mmHg,左上腕122/70mmHg。経皮的動脈血酸素飽和度〈SpO2〉92%。胸部造影CT(A,B)を示す。 処置として適切でないのはどれか。

- a.酸素投与
- b.緊急手術
- c.鎮痛薬投与
- d.降圧薬投与
- e.心囊ドレナージ
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
突然発症の激しい胸背部痛に上肢血圧の左右差を伴う場合は急性大動脈解離を強く疑い、造影CTで上行大動脈に解離が及んでいればStanford A型として原則緊急手術の適応となります。手術までの初期治療は、モルヒネなどによる十分な鎮痛と、β遮断薬を中心とした降圧・心拍数管理(収縮期血圧100〜120mmHg程度)、低酸素があれば酸素投与が柱です。心囊ドレナージは心タンポナーデに対する処置であり、心囊液貯留のない本例では適応がなく、解離による出血性タンポナーデでも急な減圧が出血を増悪させうるため手術が優先されます。また、急性冠症候群と誤って血栓溶解薬や抗凝固薬を使うと致命的になりうるため、胸痛診療では両上肢の血圧測定を含めて解離を常に鑑別に入れることが重要です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・56歳男性。突然発症の胸背部痛で来院した。苦悶様顔貌と冷汗があり、強い痛みと交感神経の緊張がうかがえる。 ・呼吸数26/分、脈拍104/分(整)、SpO2 92%と、頻呼吸・頻脈・軽度の低酸素血症がある。 ・上肢血圧に左右差がある(右150/82mmHg、左122/70mmHg、収縮期で28mmHgの差)。一般に上肢の収縮期血圧に20mmHg以上の左右差があれば有意とみなす。 ・胸部造影CT(A、B):上行大動脈と下行大動脈の両方で、内腔が剝離した内膜(フラップ)によって真腔と偽腔の2腔に分かれている。心囊内に液体の貯留はみられない。
診断へのプロセス
「突然発症」「移動しうる激しい胸背部痛」「上肢血圧の左右差」は急性大動脈解離を強く疑わせる組み合わせである。血圧の左右差は、解離が腕頭動脈や左鎖骨下動脈の分岐部に及んで、片側の上肢への血流が減ることで生じる。造影CTで上行大動脈に解離が及んでいることから、Stanford A型の急性大動脈解離と診断する。同じく突然の胸痛を来す急性冠症候群や肺血栓塞栓症との鑑別が重要で、特に血栓溶解薬・抗凝固薬の投与は解離では致命的になりうるため、見落としてはならない。
設問の考え方
Stanford A型は、心タンポナーデ(偽腔の破裂による心囊内出血)、大動脈弁閉鎖不全、冠動脈の閉塞(急性心筋梗塞)などを起こし、発症直後から時間とともに死亡率が上昇する。原則として緊急手術(人工血管置換術)の適応である。手術までの間は、解離の進展と破裂を防ぐために、鎮痛と降圧・心拍数の管理を徹底し、低酸素があれば酸素を投与する。したがって「適切でない」のは、本例で必要性がなく、かえって危険になりうる処置を選べばよい。
選択肢考察
- ×a. 酸素投与
適切な処置である。SpO2 92%と軽度の低酸素血症があり、呼吸数も26/分と増えている。痛みによる呼吸の変化や胸水などが関与しうるが、組織への酸素供給を保つため酸素投与を行う。急性大動脈解離に限らず、ショックや急性胸痛の初期対応として低酸素があれば酸素を投与するのが原則である。
- ×b. 緊急手術
適切な処置である。上行大動脈に解離が及ぶStanford A型は、心タンポナーデ・大動脈弁閉鎖不全・冠動脈閉塞・脳虚血などの致命的な合併症を起こしやすく、保存的治療の予後は極めて不良である。このため原則として緊急手術(上行大動脈の人工血管置換術など)の適応となる。一方、上行大動脈に解離が及ばないStanford B型は、臓器虚血や破裂がなければ降圧を中心とした内科治療が基本である。
- ×c. 鎮痛薬投与
適切な処置である。激しい痛みは交感神経を興奮させ、血圧と心拍数を上昇させる。これは大動脈壁にかかるずり応力を強め、解離の進展や破裂の危険を高める。モルヒネなどの麻薬性鎮痛薬で十分に痛みを抑えることは、降圧と並ぶ初期治療の柱である。
- ×d. 降圧薬投与
適切な処置である。解離の進展と破裂を防ぐため、収縮期血圧を100~120mmHg程度に下げ、心拍数も60/分前後に抑える。β遮断薬(エスモロール、ランジオロールなど)で心拍数と心収縮力を抑えたうえで、必要に応じてカルシウム拮抗薬(ニカルジピン)などの静注薬で降圧する。血管拡張薬を単独で使うと反射性頻脈で壁へのずり応力が増すため、β遮断薬を先行または併用するのが基本である。
- ○e. 心囊ドレナージ
適切でない処置であり、これが正解である。心囊ドレナージ(心囊穿刺)は、心囊内の液体貯留によって心臓の拡張が妨げられる心タンポナーデを解除する処置である。本例の造影CTでは心囊内に液体貯留を認めず、心タンポナーデの所見はないため適応がない。さらに、大動脈解離による出血性心タンポナーデであっても、ドレナージで心囊内圧が急に下がると偽腔からの出血が再開・増悪し、かえって血行動態が悪化するおそれがある。そのため解離に伴う心タンポナーデでは緊急手術が優先され、心停止寸前などでやむを得ない場合に限って少量ずつ慎重に排液する。
大動脈解離の分類
・Stanford分類(治療方針に直結):A型=上行大動脈に解離があるもの(原則緊急手術)、B型=上行大動脈に解離がないもの(合併症がなければ内科治療。臓器虚血・破裂・急速拡大などを伴う複雑型ではステントグラフト内挿術などを考慮)。 ・DeBakey分類(解離の範囲とエントリーの位置):Ⅰ型=上行大動脈にエントリーがあり弓部より末梢まで及ぶ、Ⅱ型=上行大動脈に限局、Ⅲ型=下行大動脈にエントリーがあり、Ⅲaは腹部大動脈に及ばず、Ⅲbは腹部大動脈に及ぶ。 ・偽腔の状態による分類:偽腔開存型、ULP(ulcer-like projection)型、偽腔閉塞型。
主な症状・所見
・突然の激しい胸背部痛で、解離の進展とともに痛みが移動することがある。 ・上下肢・左右上肢の血圧差や脈拍の減弱(分枝血管の灌流障害)。 ・大動脈弁閉鎖不全による拡張期雑音、心タンポナーデ(血圧低下、頸静脈怒張、心音減弱)、冠動脈(多くは右冠動脈)閉塞による心筋梗塞、脳虚血・脊髄虚血、腸管虚血・腎虚血、下肢虚血。 ・胸部エックス線で上縦隔の拡大、血液検査でD-ダイマーの上昇。 ・危険因子:高血圧(最も重要)、Marfan症候群などの結合組織疾患、二尖弁、妊娠、大動脈手術後など。
診断
造影CTが第一選択で、内膜フラップ・真腔と偽腔・エントリーの位置・分枝血管への進展・心囊液貯留などを評価する。ベッドサイドでは経胸壁心エコーで心囊液や大動脈弁逆流を素早く確認する。経食道心エコーも有用である。
初期治療の要点
安静、十分な鎮痛(モルヒネなど)、β遮断薬を中心とした降圧と心拍数管理(収縮期血圧100~120mmHg)、低酸素に対する酸素投与を行い、A型では速やかに心臓血管外科へつなぐ。抗凝固薬・血栓溶解薬は禁忌である。
POINT
・突然の胸背部痛+上肢血圧の左右差は急性大動脈解離を疑う。 ・上行大動脈に解離が及ぶStanford A型は原則緊急手術、B型は合併症がなければ降圧中心の内科治療。 ・初期治療は鎮痛と降圧・心拍数管理(β遮断薬を中心に収縮期血圧100~120mmHg)、低酸素があれば酸素投与。 ・心囊ドレナージは心タンポナーデの処置であり、心囊液貯留がなければ適応はない。解離に伴う心タンポナーデでも手術を優先し、穿刺は出血を悪化させうる。 ・解離を急性冠症候群と誤って血栓溶解薬・抗凝固薬を使わないよう注意する。
