「午前中だけやめましょう」はなぜダメか―アルコール依存症の初期対応は断酒と動機づけから
第101回医師国家試験 D問題 第27問
国試問題にチャレンジ
40歳の男性。飲酒量増加のため妻に説得されて来院した。建築会社で現場監督の仕事に従事している。以前から酒好きであったが,3,4年前から,休日の午前中も飲酒するようになった。最近は平日でも朝から飲酒し,仕事に支障をきたすようになった。 対応として適切でないのはどれか。
- a.午前中の禁酒を勧める。
- b.保健所への相談を勧める。
- c.専門医療機関の受診を勧める。
- d.本人の飲酒についての考えを聞く。
- e.多量飲酒の健康影響について説明する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
飲酒量の増加、朝からの飲酒、仕事に支障が出ても続く飲酒はアルコール依存症を強く疑わせる所見で、その治療目標は原則として断酒です。依存症では飲酒のコントロール能力が損なわれているため、「午前中だけ禁酒」のような部分的な制限は守りにくく、残りの時間の飲酒を容認することにもなるため適切ではありません。初期対応では、本人の飲酒への考えを聴いて動機づけ面接で変化への意欲を引き出し、健康や生活への影響を説明して気づきを促したうえで、専門医療機関や保健所・精神保健福祉センター、断酒会・AAなどの自助グループにつなぎます。薬物療法(断酒補助薬・抗酒薬・飲酒量低減薬)や離脱症状への対応も合わせて理解しておくことが、あらゆる診療科でアルコール問題を抱える患者に向き合う力になります。
解答・解説
正解はaです
症例の整理
・40歳男性。飲酒量が増え、妻に説得されて受診した(本人が自ら問題を感じて来院したわけではない)。 ・3〜4年前から休日の午前中にも飲むようになり、最近は平日も朝から飲酒している。 ・その結果、現場監督の仕事に支障が出ている。
診断の考え方
飲酒量の増加(耐性の形成を示唆)、時と場所を選ばない朝からの飲酒(飲酒行動の統制の喪失)、仕事に支障が出ても飲み続ける(有害な結果にもかかわらず飲酒を継続)といった特徴がそろっており、アルコール依存症が強く疑われる。朝の飲酒は、睡眠中に血中アルコール濃度が下がって生じる手のふるえ・発汗・不安などの離脱症状を、飲酒で抑えようとする「迎え酒」の可能性もある。
設問の考え方
アルコール依存症の治療目標は、原則として断酒(飲酒を完全にやめること)である。依存が形成された人は、いったん飲み始めると量を調節できないため、「時間帯を限って飲まない」「少しだけ飲む」といった部分的な制限は成り立ちにくい。 初診時の対応としては、本人の飲酒に対する認識を聴き取り、飲酒による健康・社会生活への影響を説明して問題への気づきと治療への動機を高め、専門医療機関や地域の相談窓口につなぐことが適切である。本人を責めたり、説教で一方的に断酒を迫ったりするより、動機づけ面接の手法で本人の変化への意欲を引き出す姿勢が推奨される。
選択肢考察
- ○a. 午前中の禁酒を勧める。
適切でない対応である。本例はアルコール依存症が強く疑われ、治療目標は断酒である。午前中だけ飲まないよう勧めることは、午後や夜の飲酒を医師が容認することになり、依存そのものの治療にならない。また依存症では飲酒量や飲む時間をコントロールする能力が損なわれているため、そのような部分的な制限を守ること自体が困難である。
- ×b. 保健所への相談を勧める。
保健所や精神保健福祉センターは、精神保健福祉相談の一環としてアルコール問題の相談に応じており、本人だけでなく家族からの相談も受け付けている。医療機関の紹介、自助グループ(断酒会、AA〈アルコホーリクス・アノニマス〉)の情報提供、家族への支援など、地域での継続的な支援につなげる窓口となるため、適切な対応である。
- ×c. 専門医療機関の受診を勧める。
アルコール依存症が強く疑われるため、依存症治療を専門に行う医療機関(精神科の専門病棟や専門外来)への受診を勧めるのは適切である。専門機関では、離脱症状の管理を含む解毒治療、アルコール依存症リハビリテーションプログラム(心理教育、認知行動療法、集団療法など)、断酒補助薬や抗酒薬による薬物療法、自助グループへの導入などが一体的に行われる。
- ×d. 本人の飲酒についての考えを聞く。
本例は妻に説得されての受診であり、本人がどの程度問題を自覚しているかは分からない。飲酒についての考え、飲酒欲求の強さ、やめたい気持ちとやめたくない気持ちの両面を聴き取ることは、依存の程度や治療への準備状態を評価するうえで欠かせない。本人の考えを尊重しつつ変化への動機を引き出す(動機づけ面接)ことが治療導入に有効であり、適切な対応である。
- ×e. 多量飲酒の健康影響について説明する。
アルコール依存症の治療は、本人が自分の飲酒に問題があり、病気であると認めることから始まる。多量飲酒が肝障害(脂肪肝、アルコール性肝炎、肝硬変)、膵炎、心筋症、高血圧、各種の癌、脳萎縮、ウェルニッケ脳症などを引き起こすことや、仕事・家庭への影響を正しく伝えることは、問題への気づきと治療動機を高めるために重要であり、適切な対応である。
アルコール依存症の診断
ICD-10では、次の6項目のうち3項目以上が過去1年間のある時期に同時に認められる場合に依存症候群と診断する。 1)飲酒したいという強い欲望または強迫感 2)飲酒の開始・終了・量の統制が困難 3)飲酒の中止・減量による離脱症状、または離脱症状を避けるための飲酒 4)耐性の形成(同じ効果を得るのにより多くの量が必要になる) 5)飲酒のために他の楽しみや興味を顧みなくなり、飲酒や酔いからの回復に費やす時間が増える 6)明らかに有害な結果が生じているにもかかわらず飲酒を続ける なお、DSM-5では「アルコール使用障害」として乱用と依存を一つの概念にまとめ、該当項目数で重症度を評価する。ICD-11でも、飲酒の制御障害、飲酒が生活の中で優先されること、耐性・離脱などの生理学的特徴を柱とする基準に改められている。
治療
・目標: 原則として断酒。軽症例や断酒を受け入れない例では、治療からの脱落を防ぐために飲酒量の低減を中間目標とすることもあるが、本例のように朝からの飲酒や社会生活上の障害がみられる場合は断酒を目指す。 ・心理社会的治療: 動機づけ面接、心理教育、認知行動療法、集団療法。 ・自助グループ: 断酒会、AA。断酒の継続に大きな役割を果たす。 ・薬物療法: 断酒補助薬(アカンプロサート。飲酒欲求を抑える)、抗酒薬(ジスルフィラム、シアナミド。アセトアルデヒドの分解を妨げ、飲酒すると顔面紅潮・動悸・悪心などの不快な反応を起こす)、飲酒量低減薬(ナルメフェン)。 ・離脱症状への対応: 最終飲酒から数時間〜数日で手指振戦、発汗、不眠、けいれんなどが、2〜3日後に振戦せん妄が出現しうる。ベンゾジアゼピン系薬で予防・治療し、ウェルニッケ脳症予防のためビタミンB1を補充する。
地域の相談窓口
保健所、精神保健福祉センターがアルコール問題の相談に応じる。家族のみの相談も可能で、家族教室などの支援も行われている。
POINT
・休日・平日の朝からの飲酒、飲酒量の増加、仕事への支障はアルコール依存症を強く疑わせる所見である。 ・アルコール依存症の治療目標は原則として断酒であり、時間帯や量を限った部分的な節酒の指導は適切でない。 ・初期対応では、本人の考えを聴き、飲酒の健康影響を説明して治療動機を高め、専門医療機関や保健所・精神保健福祉センター、自助グループにつなぐ。
