肝癌治療後の黒色便―出血源は「癌」ではなく「門脈圧亢進」にあった
第100回医師国家試験 H問題 第23問
国試問題にチャレンジ
61歳の男性。黒色便を主訴に来院した。1年前に肝細胞癌と診断され,ラジオ波焼灼を受けた。血液所見:赤血球220万,Hb 7.5g/dL,白血球2,800,血小板7万,プロトロンビン時間65%(基準80~120)。血液生化学所見:アルブミン3.3g/dL,総ビリルビン1.8mg/dL,AST 72U/L,ALT 65U/L。腹部造影CTを示す。 治療として適切なのはどれか。

- a.病変の穿刺ドレナージ
- b.肝動脈塞栓術
- c.バルーン閉塞下経静脈的静脈瘤閉塞〈BRTO〉
- d.胃瘻造設
- e.胃切除
対話形式の解説
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医学生まとめ
肝細胞癌の患者では背景に肝硬変があることが多く、血小板を中心とする血球減少、PT延長、低アルブミン血症は肝硬変と門脈圧亢進症を示唆します。黒色便と高度の貧血を伴う場合はまず静脈瘤出血を考え、造影CTで胃穹窿部に拡張蛇行した血管塊を認めれば胃静脈瘤と判断できます。孤立性胃穹窿部静脈瘤の多くは胃腎シャントを伴うため、これを経由して硬化剤を注入するBRTOがよい適応であり、肝動脈塞栓術は肝細胞癌の治療で静脈瘤出血には無効です。食道静脈瘤の緊急止血はEVL、胃静脈瘤の緊急止血は組織接着剤注入が中心で、BRTO後は食道静脈瘤の悪化や腹水増加に注意します。既往歴に引きずられず、病態の土台から出血源と治療を結びつける考え方は、肝硬変診療の基本となります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・主訴は黒色便(タール便)である。黒色便は血液が胃酸や腸内細菌の作用で変性して黒くなったもので、主にトライツ靱帯より口側の上部消化管(食道・胃・十二指腸)からの出血を示唆する。Hb 7.5g/dLと高度の貧血があり、出血量は少なくない。 ・1年前に肝細胞癌と診断され、ラジオ波焼灼療法(RFA)を受けている。日本の肝細胞癌の多くはB型・C型慢性肝炎や肝硬変を背景に発生するため、背景肝に肝硬変があることをまず想定する。 ・白血球2,800、血小板7万と汎血球減少がある。肝硬変では門脈圧亢進により脾腫・脾機能亢進症が起こり、血球が脾臓で破壊・貯留されるため、特に血小板が減少しやすい。 ・プロトロンビン時間65%(延長)、アルブミン3.3g/dL(低下)、総ビリルビン1.8mg/dL(軽度上昇)は、肝臓の合成能・排泄能の低下を示す。AST・ALTの軽度上昇(AST優位)も慢性肝障害に合致する。 以上から、肝細胞癌の治療歴を有する肝硬変患者と判断できる。腹水・肝性脳症の記載はないが、Child-Pugh分類ではおおむねB程度(7点前後)に相当する肝予備能と推定される。
診断へのプロセス
肝硬変では門脈圧亢進症により、門脈血が肝臓を迂回して体循環へ戻る側副血行路(シャント)が発達する。代表的なものが食道静脈瘤と胃静脈瘤である。腹部造影CTでは、胃穹窿部(胃底部)の胃壁に接して、あるいは胃内腔へ突出するように造影される蛇行・拡張した血管の塊が認められ、胃静脈瘤と診断できる。黒色便と高度貧血は、この胃静脈瘤からの出血によるものと考えるのが自然である。
設問の考え方
孤立性の胃穹窿部静脈瘤は、多くの場合、左胃静脈や後胃静脈・短胃静脈から流入し、胃腎シャント(胃静脈瘤から左腎静脈へ流出する短絡路)を通って体循環へ流出する。この流出路である胃腎シャントを利用して行うのがバルーン閉塞下経静脈的静脈瘤閉塞術(BRTO)であり、胃静脈瘤に対する代表的な治療法である。その他の選択肢は、肝細胞癌の治療や、栄養投与経路の確保、腫瘍・膿瘍の治療を目的とした処置であり、静脈瘤出血の治療にはならない。
選択肢考察
- ×a. 病変の穿刺ドレナージ
穿刺ドレナージは膿瘍や嚢胞、液体貯留などを体外へ排出する処置である。胃静脈瘤は高い圧のかかった拡張静脈であり、これを穿刺すると大出血を招く。適応がないばかりか禁忌である。
- ×b. 肝動脈塞栓術
肝動脈(化学)塞栓術(TAE/TACE)は、肝細胞癌が主に肝動脈から栄養されることを利用し、腫瘍の栄養動脈を塞栓して壊死させる治療である。本例は肝細胞癌の既往があるが、今回の問題は門脈圧亢進症による胃静脈瘤からの出血であり、肝動脈を塞栓しても静脈瘤の血流は減らない。むしろ肝予備能の低下した肝硬変では肝機能をさらに悪化させるおそれがある。
- ○c. バルーン閉塞下経静脈的静脈瘤閉塞〈BRTO〉
BRTO(balloon-occluded retrograde transvenous obliteration)は、大腿静脈や内頸静脈からカテーテルを挿入し、左腎静脈を経て胃腎シャントに到達させ、バルーンでシャントを閉塞して血流を止めたうえで、硬化剤(オレイン酸エタノールアミンなど)を逆行性に注入して胃静脈瘤を血栓化・閉塞させる治療である。胃腎シャントを伴う孤立性胃穹窿部静脈瘤によい適応があり、再発が少ない。本例は肝硬変に伴う胃静脈瘤からの出血と考えられ、選択肢の中で唯一静脈瘤そのものを治療できる方法である。なお、活動性出血の緊急止血には内視鏡的なシアノアクリレート系組織接着剤注入などが行われ、止血後の根治・再出血予防としてBRTOが行われることが多い。
- ×d. 胃瘻造設
胃瘻造設(経皮内視鏡的胃瘻造設術:PEGなど)は、脳血管障害後の嚥下障害などで経口摂取が困難な患者に対し、長期の経腸栄養ルートを確保するための処置である。本例は経口摂取困難の状況ではなく、静脈瘤の治療にもならない。むしろ門脈圧亢進と出血傾向のある患者の胃壁穿刺は出血の危険が高い。
- ×e. 胃切除
胃切除は主に胃癌や、保存的治療で制御できない潰瘍出血・穿孔などに対して行われる外科手術である。肝予備能が低下し、血小板減少・凝固能低下のある肝硬変患者では手術侵襲が大きく、術後肝不全や出血のリスクが高い。胃静脈瘤にはBRTOや内視鏡治療など低侵襲な治療法があり、胃切除は第一選択とならない。
門脈圧亢進症と側副血行路
肝硬変では肝内の線維化により門脈血流の抵抗が増し、門脈圧が上昇する(門脈圧亢進症)。すると門脈血は肝を迂回して体循環へ流れる側副血行路を形成する。 ・食道静脈瘤:主に左胃静脈から食道の粘膜下静脈を経て奇静脈系へ流れる経路。 ・胃静脈瘤:食道静脈瘤から連続する噴門部静脈瘤と、食道静脈瘤と連続しない孤立性の胃穹窿部静脈瘤がある。後者は後胃静脈・短胃静脈から供血され、胃腎シャントを介して左腎静脈へ流出することが多い。 ・その他:臍傍静脈を介するメデューサの頭、直腸静脈叢の拡張など。 門脈圧亢進に伴う脾腫は脾機能亢進症を起こし、血小板減少・白血球減少・貧血(汎血球減少)の原因となる。
静脈瘤の主な治療法
・内視鏡的静脈瘤結紮術(EVL):ゴムバンドで静脈瘤を結紮する。食道静脈瘤出血の緊急止血の第一選択。 ・内視鏡的硬化療法(EIS):硬化剤を静脈瘤内や周囲に注入する。 ・内視鏡的組織接着剤注入療法:シアノアクリレート系薬剤を注入して瞬時に固め、止血する。胃静脈瘤出血の緊急止血に用いられる。 ・BRTO:胃腎シャントを経由し、バルーン閉塞下に硬化剤を逆行性に注入する。胃腎シャントを伴う胃静脈瘤に適応。治療後、シャントが閉塞するため門脈血流が肝へ向かい、食道静脈瘤の増悪や腹水増加がみられることがある点に注意する。 ・経皮経肝的塞栓術(PTO):経皮的に肝内門脈を穿刺し、供血路(左胃静脈など)を塞栓する。 ・経頸静脈的肝内門脈大循環シャント術(TIPS):肝内に門脈と肝静脈をつなぐ短絡路を作って門脈圧を下げる。 ・バルーンタンポナーデ(S-Bチューブなど):内視鏡治療までの一時的止血。 ・薬物療法:非選択的β遮断薬による門脈圧低下(予防)、バソプレシンやソマトスタチン類似薬など。
Child-Pugh分類
肝予備能を、総ビリルビン、アルブミン、プロトロンビン時間、腹水、肝性脳症の5項目で点数化する(各1〜3点、合計5〜6点A、7〜9点B、10〜15点C)。治療法選択(肝細胞癌の治療を含む)の重要な指標である。
POINT
・肝硬変+黒色便+高度貧血では、まず静脈瘤出血を考える。 ・肝細胞癌の患者では背景に肝硬変がある場合が多く、汎血球減少(特に血小板減少)・PT延長・低アルブミン血症は肝硬変と門脈圧亢進症を示唆する。 ・孤立性胃穹窿部静脈瘤の多くは胃腎シャントを伴い、これを利用するBRTOがよい適応となる。 ・食道静脈瘤の緊急止血はEVL、胃静脈瘤の緊急止血は組織接着剤注入が中心。 ・肝動脈塞栓術は肝細胞癌の治療であり、静脈瘤の治療ではない。
