汗とともに失われたもの―熱けいれんに必要なのは「水」ではなく「塩」
第100回医師国家試験 H問題 第22問
国試問題にチャレンジ
21歳の男性。大量の発汗があり,突然無口になってうずくまったため,友人に伴われて来院した。生来健康である。ラグビー部の副主将として,早朝から部員の先頭に立って合宿練習を指揮していた。天気は快晴であり,午後2時の来院時,気温33℃,湿度65%,無風。意識は清明。嘔気と嘔吐とはない。身長170cm,体重70kg。体温37.4℃。呼吸数24/分。脈拍92/分,整。血圧128/72mmHg。下腿,大腿および腹部に軽度の筋攣縮が認められる。 対応として最も適切なのはどれか。
- a.頭部冷却
- b.酸素吸入
- c.冷水投与
- d.電解質液投与
- e.抗けいれん薬投与
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
高温多湿の環境での激しい運動中に、大量発汗の後で有痛性の筋攣縮が起こり、意識清明で高体温を伴わない場合は熱けいれん(熱中症I度)と考えます。原因は発汗によるナトリウムなどの電解質喪失と脱水であり、涼しい場所で安静にさせたうえで、経口補水液や細胞外液などの電解質液を補うのが最も適切な対応です。真水だけの大量補給は低ナトリウム血症を悪化させ、抗けいれん薬は中枢性の発作ではない筋攣縮には効かず、高体温のない例では冷却も治療の主役になりません。熱失神・熱疲労・熱射病と病型ごとに病態が異なり、熱射病では頸部・腋窩・鼠径部の冷却や蒸散冷却による迅速な全身冷却が救命の鍵となります。病態に即して水と塩分のどちらが不足しているかを考える姿勢は、現場での熱中症対応と予防指導に直結します。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・状況:生来健康な21歳男性が、快晴・気温33℃・湿度65%・無風という、体熱を逃がしにくい高温多湿環境で、早朝から午後まで長時間ラグビーの練習を続けていた。 ・症状:大量の発汗の後、突然無口になってうずくまった。下腿・大腿・腹部に軽度の筋攣縮(筋肉のつり・こむら返り)がある。 ・意識は清明で、嘔気・嘔吐はない。 ・バイタルサイン:体温37.4℃(深部体温の著しい上昇はない)、呼吸数24/分(やや速い)、脈拍92/分、血圧128/72mmHgと循環動態は保たれている。
診断
暑熱環境下での運動・作業中に生じた体調不良であり、熱中症と考えられる。そのうち、大量発汗で水分とともにナトリウム(塩分)が失われ、水分だけが補給されたり補給が不十分であったりすることで、よく使う骨格筋に有痛性の攣縮が起こる病型を熱けいれん(heat cramps)という。本例は意識障害・高体温・循環不全がなく、筋攣縮が主体であることから熱けいれんであり、日本救急医学会の熱中症分類ではI度(軽症)に相当する。
設問の考え方
熱けいれんの本態は、発汗によるナトリウムなどの電解質喪失と脱水である。したがって治療の中心は、涼しい場所で安静にさせたうえで、失われた水分と電解質(特にナトリウム)を補うことである。経口摂取が可能ならスポーツドリンクや経口補水液、食塩水などを飲ませ、飲めない場合や症状が強い場合は生理食塩液などの細胞外液を点滴する。真水だけを与えると血液がさらに薄まって低ナトリウム血症が進み、症状を悪化させうる。高体温や意識障害はないため、積極的な冷却や呼吸・中枢神経に対する治療は主役ではない。
選択肢考察
- ×a. 頭部冷却
本例の体温は37.4℃で高体温はなく、冷却は治療の中心ではない。また筋攣縮の原因は電解質喪失と脱水であり、冷却では改善しない。高体温を伴う熱中症(熱疲労・熱射病)で体を冷やす場合も、頭部だけを冷やすのでは効率が悪い。太い血管が体表近くを通る頸部・腋窩部・鼠径部を氷嚢で冷やす方法や、体表に水を噴霧して送風し気化熱で冷やす方法、冷水への浸漬など、全身を効率よく冷却する方法をとる。
- ×b. 酸素吸入
呼吸数は24/分とやや速いが、意識は清明で循環動態も安定しており、呼吸不全や低酸素血症を示す所見はない。酸素吸入によって電解質喪失や脱水が改善するわけではなく、本例に必要な対応ではない。
- ×c. 冷水投与
大量発汗では水とともにナトリウムも失われている。ここに塩分を含まない水だけを大量に補うと、体液がさらに薄まって低ナトリウム血症が進行し、筋攣縮が悪化したり、重症では意識障害やけいれん(低ナトリウム血症による脳浮腫)を来したりする危険がある。熱けいれんは、まさに水分のみを補給したことで誘発されやすい病型である。水分補給には塩分を含むもの(経口補水液、0.1〜0.2%程度の食塩水、スポーツドリンクなど)を用いる。
- ○d. 電解質液投与
熱けいれんは、大量発汗によるナトリウムなどの電解質喪失と脱水が原因であり、それを直接補う電解質液の投与が最も理にかなった対応である。意識が清明で嘔気・嘔吐がなく自力で飲めれば、経口補水液やスポーツドリンク、食塩水などの経口投与でよい。経口摂取が難しい場合や症状が強い場合は、生理食塩液や乳酸(酢酸)リンゲル液などの細胞外液を点滴静注する。同時に、風通しのよい涼しい場所へ移し、安静にさせる。電解質・水分が補われれば筋攣縮は速やかに改善する。
- ×e. 抗けいれん薬投与
熱けいれんの「けいれん」は、てんかん発作のような脳(中枢神経)の異常な興奮による全身性けいれんではなく、電解質喪失によって末梢の骨格筋に起こる有痛性の筋攣縮(こむら返り)である。原因は中枢神経にはないため、ジアゼパムなどの抗けいれん薬は根本的な治療にならない。原因である電解質と水分の補充で対応する。
熱中症とは
高温・多湿の環境下で、体内の水分・塩分のバランスが崩れたり、体温調節機能がうまく働かなくなったりして生じる障害の総称である。発症には、気温だけでなく湿度(高いと汗が蒸発せず放熱できない)、風の有無、日射、運動強度、体調、暑さへの慣れ(暑熱順化)などが関与する。本例のような高温多湿・無風・長時間の激しい運動は典型的な危険状況である。
日本救急医学会の熱中症重症度分類
・I度(軽症、現場で対応可能):めまい、立ちくらみ(熱失神)、生あくび、大量の発汗、筋肉痛・筋肉の硬直(こむら返り、熱けいれん)。意識障害はない。 ・II度(中等症、医療機関への搬送が必要):頭痛、嘔吐、倦怠感、虚脱感、集中力や判断力の低下(熱疲労)。 ・III度(重症、入院加療が必要):中枢神経症状(意識障害、小脳症状、けいれん発作)、肝・腎機能障害、血液凝固異常(DIC)のいずれかを伴う(熱射病)。 ・2024年の改訂では、III度のうち特に重篤な例(深部体温40℃以上かつ意識障害が高度など)を「IV度」とする分類が提唱されている。
従来の病型分類
・熱失神:皮膚血管の拡張と脱水で血圧が低下し、脳血流が一時的に減少して起こる立ちくらみ・失神。 ・熱けいれん:大量発汗後に水分のみを補給して生じる低ナトリウム状態による有痛性筋攣縮。 ・熱疲労:脱水と塩分喪失による全身倦怠感、頭痛、嘔吐などの症状。 ・熱射病:体温調節機能が破綻し、深部体温が40℃以上に上昇して中枢神経障害や多臓器不全を来す。死亡率が高く、迅速な全身冷却と集中治療が必要。
対応の原則
・涼しい場所へ移し、衣服をゆるめて安静にする。 ・水分と塩分を補給する(経口可能なら経口補水液など、困難なら細胞外液の点滴)。 ・高体温があれば、頸部・腋窩・鼠径部の冷却、蒸散冷却(霧吹き+送風)、冷水浸漬などで速やかに冷やす。 ・意識障害がある、自力で飲めない、症状が改善しない場合は医療機関へ搬送する。
予防
暑さ指数(WBGT:気温・湿度・輻射熱を加味した指標)を参考に運動を制限し、こまめな休憩と塩分を含む水分補給、暑熱順化を行う。
POINT
・高温多湿下での運動+大量発汗+有痛性の筋攣縮、意識清明・高体温なし → 熱けいれん(熱中症I度)。 ・原因は発汗によるNa喪失と脱水 → 治療は電解質(塩分)を含む水分の補給(経口または細胞外液の点滴)。 ・真水だけの大量補給は低Na血症を悪化させるため不適切。 ・熱けいれんの「けいれん」は骨格筋の攣縮であり、抗けいれん薬の適応ではない。 ・高体温を伴う場合の冷却は頭部ではなく、頸部・腋窩・鼠径部や全身の蒸散冷却で行う。
