貧血の心臓は「速く・薄く」流れる―鉄欠乏性貧血で聞こえる収縮期雑音の正体
第100回医師国家試験 E問題 第34問
国試問題にチャレンジ
鉄欠乏性貧血でみられるのはどれか。
- a.黄疸
- b.脾腫
- c.鼻出血
- d.チアノーゼ
- e.収縮期雑音
対話形式の解説
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ドクターまとめ
鉄欠乏性貧血の身体所見は、蒼白・頻脈・機能性収縮期雑音といった貧血一般の所見と、スプーン状爪・舌炎・嚥下障害・異食症といった鉄欠乏特有の所見に分けて整理できます。収縮期雑音は、酸素供給を保つための高拍出状態と血液粘稠度の低下によって生じる乱流が原因で、貧血が改善すれば消失します。黄疸や脾腫は溶血、鼻出血は血小板・凝固・血管の異常を示唆する所見で、鉄欠乏性貧血では原則みられず、チアノーゼはヘモグロビン総量が少ないためむしろ出にくくなります。診断ではフェリチン低下が決め手となり、治療では鉄剤投与とともに消化管出血などの原因検索が欠かせません。所見を病態生理から説明できるようにしておくと、貧血の鑑別を論理的に進められるようになります。
解答・解説
正解はeです
鉄欠乏性貧血(iron deficiency anemia; IDA)でみられる身体所見を問う一般問題である。 鉄欠乏性貧血は、ヘモグロビン合成に必要な鉄が不足して起こる小球性低色素性貧血で、日本で最も多い貧血である。原因は、月経過多・消化管出血(消化性潰瘍、大腸癌など)といった慢性的な失血、成長期や妊娠による需要増大、胃切除後などの吸収障害、偏食による摂取不足である。 身体所見は大きく二つに分けて考えるとよい。 ・貧血そのものによる所見(どの貧血にも共通): 眼瞼結膜や皮膚の蒼白、動悸・息切れ・易疲労感、頻脈、心雑音(機能性収縮期雑音)。 ・鉄欠乏に特有の所見(上皮組織の鉄含有酵素の障害): スプーン状爪(匙状爪)、舌炎・口角炎、嚥下障害(Plummer-Vinson症候群)、異食症(氷食症など)。 一方、鉄欠乏性貧血は赤血球が壊れる病態(溶血)でも、血小板や凝固因子が減る病態でもない。そのため、溶血や脾機能亢進を示す所見(黄疸、脾腫)や出血傾向(鼻出血)は原則として伴わない。また、ヘモグロビン自体が減っているため、チアノーゼは出にくい。 このように「貧血に共通する所見」と「鉄欠乏に特有の所見」を押さえ、他の病態に由来する所見を除外すると、正解は収縮期雑音となる。
選択肢考察
- ×a. 黄疸
黄疸は血中の間接ビリルビンが増加して生じる。貧血では、赤血球が血管内外で壊される溶血性貧血や、骨髄内で赤芽球が成熟前に壊れる無効造血(巨赤芽球性貧血など)で間接ビリルビンが上昇し、黄疸を呈する。鉄欠乏性貧血は赤血球の産生低下が主体で、溶血も目立った無効造血もないため黄疸はみられない。
- ×b. 脾腫
脾腫は、赤血球が脾臓で破壊される溶血性貧血(遺伝性球状赤血球症など)、門脈圧亢進を伴う肝硬変、白血病・骨髄線維症などの造血器腫瘍、感染症などでみられる。鉄欠乏性貧血では脾臓での赤血球処理の亢進や髄外造血は起こらず、脾腫は典型的な所見ではない(重症・長期例でごく軽度の脾腫が報告されることはあるが、特徴的所見とはいえない)。
- ×c. 鼻出血
鼻出血などの出血傾向は、血小板減少(再生不良性貧血、白血病、ITPなど)、血小板機能異常、凝固因子異常(von Willebrand病など)、血管の異常(遺伝性出血性毛細血管拡張症〈Osler病〉など)で起こる。鉄欠乏性貧血では血小板や凝固因子は減少しない(むしろ反応性に血小板が増加することがある)ため、貧血の結果として鼻出血が起こることはない。なお、Osler病のように反復する鼻出血が原因となって鉄欠乏性貧血になることはあり、因果の向きを混同しないようにする。
- ×d. チアノーゼ
チアノーゼは、毛細血管内の還元ヘモグロビン(酸素と結合していないヘモグロビン)がおよそ5g/dL以上になると皮膚や粘膜が青紫色に見える現象である。貧血ではヘモグロビンの総量が少ないため、還元ヘモグロビンがこの量に達しにくく、チアノーゼは出現しにくい。鉄欠乏性貧血ではヘモグロビンの質(構造)にも異常はなく、メトヘモグロビン血症のような異常ヘモグロビンによるチアノーゼも起こらない。
- ○e. 収縮期雑音
貧血では血液の酸素運搬能が低下するため、組織への酸素供給を保とうとして心拍出量が増加する(高拍出状態)。さらに血液粘稠度も低下するため、心臓の弁口や大血管を通る血流が速くなり乱流が生じ、収縮期に駆出性の雑音が聴取される。弁自体に異常のないこの雑音は機能性(無害性)収縮期雑音と呼ばれ、心尖部や胸骨左縁に聴かれることが多い。鉄欠乏性貧血は慢性に経過して高度の貧血に至ることが多く、この所見がみられる。貧血が改善すれば雑音は消失する。
鉄欠乏性貧血の検査所見
・小球性低色素性貧血: MCV(平均赤血球容積)80fL未満、MCHC低下。 ・血清鉄低下、総鉄結合能(TIBC)上昇、不飽和鉄結合能(UIBC)上昇。 ・血清フェリチン低下(貯蔵鉄の減少を反映し、最も鋭敏な指標)。 ・末梢血塗抹で菲薄赤血球(中央の淡い部分が広い)。 ・反応性に血小板が増加することがある。
小球性貧血の鑑別
・慢性疾患に伴う貧血: 血清鉄低下だがTIBCは正常〜低下、フェリチンは正常〜上昇。 ・サラセミア: フェリチン正常、標的赤血球。 ・鉄芽球性貧血: 血清鉄・フェリチン上昇、骨髄で環状鉄芽球。
貧血の種類と身体所見の対応
・黄疸、脾腫: 溶血性貧血(遺伝性球状赤血球症など)。 ・出血傾向、感染: 再生不良性貧血、白血病(汎血球減少)。 ・Hunter舌炎、神経症状(亜急性連合性脊髄変性症)、軽度黄疸: ビタミンB12欠乏による巨赤芽球性貧血。 ・スプーン状爪、舌炎、嚥下障害、異食症: 鉄欠乏性貧血。
治療
原因(出血源など)の検索と治療が最優先である。成人では消化管の悪性腫瘍の検索を忘れない。鉄剤は経口投与が原則で、Hbが正常化した後も貯蔵鉄(フェリチン)が回復するまで数か月継続する。
POINT
・鉄欠乏性貧血では、貧血一般の所見(蒼白、頻脈、機能性収縮期雑音)と鉄欠乏特有の所見(スプーン状爪、舌炎、嚥下障害、異食症)がみられる。 ・機能性収縮期雑音は高拍出状態と血液粘稠度の低下による乱流で生じる。 ・黄疸・脾腫は溶血、出血傾向は血小板・凝固の異常を示唆し、鉄欠乏性貧血ではみられない。 ・貧血ではヘモグロビン総量が少ないため、チアノーゼは出にくい。
