失われたアセチルコリンを守れ―Alzheimer型認知症の薬物療法の基本
第100回医師国家試験 C問題 第12問(連問)
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連問の共通文
次の文を読み,10~12の問いに答えよ。 59歳の女性。言動の変化を心配した夫に付き添われ来院した。 現病歴:夫は「妻は元来料理が得意であったが,最近献立が毎日同じで味付けもまずくなった。しかも料理を焦がすことが多い」と訴える。市場に買い物に出て迷子になり,隣人に連れられ帰宅したこともあった。 既往歴:特記すべきことはない。 生活歴:25歳で現在の夫と結婚。専業主婦で一男二女をもうけた。元来明るく家事育児も問題なくこなした。 現症:意識は清明。身だしなみは整っている。本人はニコニコ笑って「ちょっと体の調子が悪いんです」と答える。
治療薬として適切なのはどれか。
- a.β受容体遮断薬
- b.ドパミン遮断薬
- c.ベンゾジアゼピン系薬
- d.コリンエステラーゼ阻害薬
- e.モノアミン再取り込み阻害薬
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
Alzheimer型認知症では、Meynert基底核から大脳皮質・海馬へ投射するアセチルコリン作動性神経が早期から障害されるため、アセチルコリンの分解を抑えるコリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン)が認知機能障害に対する基本薬となります。効果は症状の一時的改善と進行の遅延であり、主な副作用は消化器症状と徐脈・房室ブロックです。抗精神病薬、ベンゾジアゼピン系薬、抗うつ薬はBPSDや合併する精神症状に限って慎重に用いる薬で、認知機能は改善せず、三環系抗うつ薬など抗コリン作用の強い薬はむしろ悪化させます。中等度以上ではメマンチンの併用、アミロイド蓄積を確認した早期例では抗アミロイドβ抗体薬も選択肢となりました。病態と薬理を結びつけて理解することが、薬の選択だけでなく避けるべき薬を見抜く力にもつながります。
解答・解説
正解はdです
症例の整理
59歳の女性。鍋を火にかけたことを忘れて料理を焦がす近時記憶障害、献立を組み立てられず味付けも悪くなった遂行機能障害、市場で迷子になる場所の見当識障害(視空間認知の障害)を認める。意識は清明で身だしなみは保たれ、本人は失敗を自覚せず「ちょっと体の調子が悪い」とニコニコ取り繕っている。記憶障害を中核とする緩徐進行性の認知機能低下で、礼節が保たれ病識を欠くことから、Alzheimer型認知症(若年性)と考えられる。妄想・興奮・抑うつ・不眠といった行動・心理症状(BPSD)の記載はない。
治療の考え方
Alzheimer型認知症では、記憶や学習に関わるアセチルコリン作動性神経(前脳基底部のMeynert基底核から大脳皮質・海馬へ投射する)が早期から障害され、脳内のアセチルコリンが減少している(コリン仮説)。そこで、アセチルコリンを分解する酵素であるコリンエステラーゼを阻害してシナプス間隙のアセチルコリン濃度を高める薬が、認知機能障害に対する基本的な薬物療法となる。これらの薬は神経細胞の脱落そのものを止めるものではなく、症状を一時的に改善し進行を緩やかにする対症的な治療である。 一方、本例にはBPSDがみられないため、抗精神病薬・抗不安薬・抗うつ薬のようにBPSDや合併する精神症状に用いる薬は必要ない。設問は中核症状(認知機能障害)に対する治療薬を選ばせるもので、コリンエステラーゼ阻害薬が正解となる。
選択肢考察
- ×a. β受容体遮断薬
β受容体遮断薬は、高血圧、狭心症、頻脈性不整脈、心不全などの循環器疾患のほか、本態性振戦や片頭痛の予防などに用いられる薬剤で、認知機能を改善する効果はない。なお、コリンエステラーゼ阻害薬は迷走神経刺激作用により徐脈を起こしうるため、β遮断薬との併用時には徐脈や房室ブロックに注意が必要である。
- ×b. ドパミン遮断薬
ドパミンD2受容体を遮断する抗精神病薬で、統合失調症の幻覚・妄想などに用いる。認知症では、妄想・幻覚・興奮・攻撃性などのBPSDが強く、環境調整などの非薬物療法で対応できない場合に、少量を短期間に限って用いることがある。しかし認知機能障害そのものは改善せず、高齢認知症患者では錐体外路症状、過鎮静、転倒、誤嚥性肺炎、死亡率の上昇などの副作用が問題となる。Lewy小体型認知症では薬剤への過敏性が強く、特に慎重を要する。本例には妄想も興奮もなく、使用する理由はない。
- ×c. ベンゾジアゼピン系薬
GABAA受容体の働きを増強して抗不安・催眠・筋弛緩・抗けいれん作用を示す薬剤で、不安や不眠に用いられる。認知機能を改善する作用はなく、むしろ高齢者や認知症患者では、記憶の低下、日中の眠気、ふらつきによる転倒、せん妄の誘発、依存などの副作用を起こしやすいため、なるべく避けるべき薬剤とされる。本例に不安や不眠の訴えはない。
- ○d. コリンエステラーゼ阻害薬
アセチルコリンの分解を抑えて脳内のアセチルコリン濃度を高め、低下したコリン作動性神経の機能を補う。Alzheimer型認知症の認知機能障害に対する中心的な治療薬で、我が国ではドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン(貼付剤)が用いられる。ドネペジルは軽度から高度まですべての病期に適応がある。効果は症状の一時的な改善や進行の遅延であり、病気の進行そのものを止めるものではない。主な副作用は悪心・嘔吐・下痢・食欲不振などの消化器症状と、徐脈・房室ブロックなどの迷走神経刺激症状である。少量から開始して漸増する。
- ×e. モノアミン再取り込み阻害薬
セロトニンやノルアドレナリンなどのモノアミンのシナプス前終末への再取り込みを阻害してその濃度を高める薬で、抗うつ薬に相当する(三環系抗うつ薬、選択的セロトニン再取り込み阻害薬〈SSRI〉、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬〈SNRI〉など)。うつ病の治療に用いるもので、認知症の認知機能障害を改善する効果はない。認知症にうつ状態を合併した場合には用いることがあるが、本例に抑うつ症状はない。なお、三環系抗うつ薬は抗コリン作用が強く、認知機能を悪化させたりせん妄を誘発したりするため、認知症患者には避ける。Parkinson病の治療に用いるモノアミン酸化酵素B(MAO-B)阻害薬は、モノアミンの分解を抑える薬であり、再取り込み阻害薬とは別物である。
Alzheimer型認知症の抗認知症薬
1. コリンエステラーゼ阻害薬 ・ドネペジル:軽度~高度に適応。1日1回経口投与。 ・ガランタミン:軽度~中等度に適応。ニコチン性アセチルコリン受容体の作用を増強する作用も併せもつ。 ・リバスチグミン:軽度~中等度に適応。貼付剤で、ブチリルコリンエステラーゼも阻害する。 ・共通の副作用:消化器症状、徐脈・房室ブロック。気管支喘息や消化性潰瘍の既往がある患者では慎重に用いる。 2. NMDA受容体拮抗薬 ・メマンチン:中等度~高度に適応。グルタミン酸による過剰なNMDA受容体刺激を抑え、神経細胞を保護するとされる。作用機序が異なるため、コリンエステラーゼ阻害薬との併用が可能。副作用はめまい、傾眠など。腎機能低下時は減量する。 3. 抗アミロイドβ抗体薬 ・レカネマブ(2023年承認)、ドナネマブ(2024年承認)。脳に蓄積したアミロイドβを除去し、病気の進行を遅らせることを目的とする疾患修飾薬。対象は、アミロイドPETまたは髄液検査でアミロイドβの蓄積が確認された、Alzheimer病による軽度認知障害(MCI)および軽度の認知症に限られる。点滴静注で投与し、脳浮腫や微小出血などのアミロイド関連画像異常(ARIA)の監視のため定期的なMRIが必要である。
BPSDへの対応
まず身体疾患(便秘、疼痛、感染症、脱水など)や薬剤の影響を確認し、環境調整やケアの工夫などの非薬物療法を優先する。薬物を使う場合も、少量から短期間にとどめる。抗精神病薬、ベンゾジアゼピン系薬、抗コリン作用の強い薬は、転倒・せん妄・認知機能悪化の原因となりやすい。
非薬物療法・社会的支援
回想法、運動療法、デイサービスなどの利用、介護者への支援が重要である。若年性認知症(65歳未満発症)では、介護保険(第2号被保険者として特定疾病の初老期認知症で利用可能)、自立支援医療、障害年金などの制度の活用も検討する。
POINT
・Alzheimer型認知症ではアセチルコリン作動性神経が障害される→コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン)が基本。 ・NMDA受容体拮抗薬(メマンチン)は中等度以上に用い、コリンエステラーゼ阻害薬と併用可能。 ・抗アミロイドβ抗体薬(レカネマブ、ドナネマブ)はアミロイド蓄積を確認したMCI~軽度認知症が対象。ARIAに注意。 ・コリンエステラーゼ阻害薬の副作用:消化器症状、徐脈。 ・抗精神病薬・ベンゾジアゼピン系薬・抗うつ薬はBPSDや合併症状に対する薬で、認知機能障害は改善しない。三環系抗うつ薬など抗コリン作用の強い薬は認知機能を悪化させる。
