焦げた鍋と迷子の市場―「形」と「血流」で見抜くAlzheimer型認知症
第100回医師国家試験 C問題 第11問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,10~12の問いに答えよ。 59歳の女性。言動の変化を心配した夫に付き添われ来院した。 現病歴:夫は「妻は元来料理が得意であったが,最近献立が毎日同じで味付けもまずくなった。しかも料理を焦がすことが多い」と訴える。市場に買い物に出て迷子になり,隣人に連れられ帰宅したこともあった。 既往歴:特記すべきことはない。 生活歴:25歳で現在の夫と結婚。専業主婦で一男二女をもうけた。元来明るく家事育児も問題なくこなした。 現症:意識は清明。身だしなみは整っている。本人はニコニコ笑って「ちょっと体の調子が悪いんです」と答える。
有用な検査はどれか。2つ選べ。
- a.脳脊髄液検査
- b.脳波
- c.脳血管造影
- d.頭部単純MRI
- e.脳シングルフォトンエミッションCT〈SPECT〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
近時記憶障害、遂行機能障害、見当識障害が緩徐に進み、礼節が保たれて取り繕いがみられる場合は、Alzheimer型認知症を第一に考えます。認知症の検査は「治療可能な認知症の除外」と「病型診断」の二本立てで、頭部単純MRIは海馬を含む側頭葉内側の萎縮を評価しつつ硬膜下血腫や正常圧水頭症などを除外でき、脳血流SPECTは後部帯状回・楔前部・側頭頭頂葉の血流低下を捉えて早期診断や他の病型との鑑別に役立ちます。脳波は特異的所見に乏しくCreutzfeldt-Jakob病やせん妄の鑑別向き、脳血管造影は認知症診断の目的では行わず、髄液バイオマーカーは侵襲を伴うため目的を絞って用います。形態画像と機能画像を組み合わせる考え方は、認知症の病型診断全般の基本となります。
解答・解説
正解はd, eです
症例の整理
59歳の女性。料理を焦がす(鍋を火にかけたことを忘れる)という近時記憶障害、献立が毎日同じで味付けが悪くなったという遂行機能障害(前日の献立を覚えていないことも関与)、市場で迷子になるという場所の見当識障害(視空間認知の障害)がみられる。意識は清明で身だしなみは整い、本人は生活上の失敗を自覚せずニコニコと「ちょっと体の調子が悪い」と取り繕っている。記憶障害を中心とした緩徐な認知機能低下で、礼節が保たれ病識が乏しいことから、Alzheimer型認知症(65歳未満発症の若年性)が最も疑われる。
設問の考え方
認知症が疑われる患者の検査には二つの目的がある。 1. 治療可能な認知症(二次性の認知機能障害)を除外すること:慢性硬膜下血腫、正常圧水頭症、脳腫瘍、甲状腺機能低下症、ビタミンB12欠乏症、神経梅毒など。頭部画像検査と血液検査で調べる。 2. 変性疾患のうちどの病型かを見極めること:脳の萎縮の分布をみる形態画像(CT・MRI)と、血流や代謝の低下部位をみる機能画像(SPECT・PET)が中心となる。 Alzheimer型認知症では、MRIで海馬を含む側頭葉内側の萎縮と頭頂葉の萎縮、SPECTで後部帯状回・楔前部から側頭頭頂葉にかけての血流低下という特徴的な所見がみられ、診断を支持する。どちらも非侵襲的で日常診療で広く行われる検査であり、本例で有用な検査として選ぶべきはこの2つである。一方、脳血管造影や脳波は本例の診断に直接結びつく情報を与えず、脳脊髄液検査は侵襲を伴い、初期評価として一般的に行う検査ではない。
選択肢考察
- ×a. 脳脊髄液検査
腰椎穿刺を要する侵襲的な検査であり、認知症の初期評価として全例に行うものではない。Alzheimer型認知症では髄液の一般所見(細胞数・蛋白・糖)に特記すべき異常はない。髄液中のアミロイドβ42(Aβ42)の低下やリン酸化タウ・総タウの上昇がAlzheimer病の生物学的指標(バイオマーカー)となることは知られていたが、本問の出題当時は研究段階で一般的な検査ではなかった。現在では、抗アミロイドβ抗体薬の適応を判断する際など、脳へのアミロイド蓄積を確認する目的で髄液バイオマーカー(Aβ42/40比など)やアミロイドPETが臨床で用いられるようになっている。それでも侵襲があり、目的を限定して行う検査であることから、本例の診断にまず行う有用な検査としては画像検査を優先する。なお、髄膜炎・脳炎や神経梅毒などが疑われる場合には髄液検査が必要となる。
- ×b. 脳波
Alzheimer型認知症では、進行に伴いα波(後頭部優位の8~13Hzの基礎律動)の徐波化やθ波・δ波の混入がみられることがあるが、非特異的な所見であり、診断に直接結びつく特徴的な脳波所見はない。脳波が診断に大きく役立つのは、周期性同期性放電(PSD)を示すCreutzfeldt-Jakob病、意識障害を背景とするせん妄や代謝性脳症、てんかん(非けいれん性てんかん重積を含む)などの鑑別が問題となる場合である。本例にはそれらを疑わせる経過はない。
- ×c. 脳血管造影
脳血管造影はカテーテルを用いて造影剤を注入する侵襲的な検査で、脳動脈瘤、脳動静脈奇形、脳動脈の狭窄・閉塞などの評価に用いる。本例に脳血管の異常を疑わせる所見はない。また、血管性認知症を疑う場合でも、原因となるのは多発性のラクナ梗塞や白質病変など造影ではとらえられない小血管病変が主であり、MRIで評価するのが適切である。認知症の診断目的に行う検査ではない。
- ○d. 頭部単純MRI
認知症の評価に欠かせない形態画像検査である。Alzheimer型認知症では、海馬・海馬傍回(嗅内皮質を含む)などの側頭葉内側の萎縮が早期から目立ち、進行とともに側頭葉・頭頂葉の萎縮が両側性に広がる。側脳室下角の拡大も海馬萎縮を反映する所見である。海馬付近の萎縮の程度を健常者データベースと統計的に比較する解析ソフト(VSRADなど)も診断の補助に用いられる。同時に、慢性硬膜下血腫、正常圧水頭症、脳腫瘍、多発性脳梗塞などの治療可能な、あるいは別の病型の認知症の原因を除外できる点でも有用である。造影剤を用いない単純撮影で十分な情報が得られる。
- ○e. 脳シングルフォトンエミッションCT〈SPECT〉
SPECTは放射性医薬品を静注し、局所脳血流の分布を画像化する機能画像検査である。Alzheimer型認知症では、早期から後部帯状回と楔前部の血流低下がみられ、進行とともに両側の側頭頭頂葉皮質へ血流低下が広がる。形態上の萎縮がまだ軽い段階でも血流低下が検出できることがあり、早期診断に役立つ。統計画像解析(eZIS、3D-SSPなど)を用いると判定しやすい。また、前頭葉・側頭葉前部の血流低下を示す前頭側頭型認知症や、後頭葉の血流低下を示すLewy小体型認知症との鑑別にも有用である。
認知症診療で行う主な検査
・神経心理検査:改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R、30点満点で20点以下を認知症の疑いとする)、Mini-Mental State Examination(MMSE、30点満点で23点以下を認知症の疑いとする目安)など。 ・血液検査:甲状腺機能、ビタミンB1・B12、電解質、血糖、肝・腎機能、梅毒血清反応など、治療可能な原因の除外に用いる。 ・形態画像:頭部CT・MRI。萎縮の分布の評価と、硬膜下血腫・正常圧水頭症・腫瘍・脳血管障害の除外。 ・機能画像:脳血流SPECT、FDG-PET(ブドウ糖代謝の低下部位をみる)。 ・アミロイド・タウの評価:アミロイドPET、髄液バイオマーカー(Aβ42の低下またはAβ42/40比の低下、リン酸化タウの上昇)。現在は抗アミロイドβ抗体薬の投与対象の確認などに用いられる。 ・その他:Lewy小体型認知症が疑われる場合は、ドパミントランスポーターSPECT(線条体への集積低下)や、MIBG心筋シンチグラフィ(心臓への集積低下)を行う。
病型ごとの画像所見の要点
・Alzheimer型認知症:MRIで海馬・側頭葉内側の萎縮、頭頂葉の萎縮。SPECT/PETで後部帯状回・楔前部・側頭頭頂葉の血流・代謝低下。 ・前頭側頭型認知症:前頭葉・側頭葉前部の限局性萎縮(ナイフの刃様萎縮)と同部位の血流低下。 ・Lewy小体型認知症:側頭葉内側の萎縮は比較的軽い。後頭葉(視覚野)の血流・代謝低下。 ・血管性認知症:多発性の脳梗塞、広範な白質病変。 ・正常圧水頭症:脳室拡大、高位円蓋部の脳溝の狭小化、シルビウス裂の開大(DESH)。
POINT
・認知症の検査は「治療可能な認知症の除外」と「病型診断」の二本立て。 ・Alzheimer型認知症の画像:MRIで海馬(側頭葉内側)の萎縮、SPECTで後部帯状回・楔前部・側頭頭頂葉の血流低下。 ・脳波はAlzheimer型認知症に特異的所見がない。PSDを示すCreutzfeldt-Jakob病やせん妄の鑑別に有用。 ・脳血管造影は認知症の診断目的では行わない。 ・髄液Aβ42低下・リン酸化タウ上昇はバイオマーカーだが、侵襲的で目的を絞って行う。
