人名の術式に惑わされない―僧帽弁閉鎖不全症は「弁を直す」が第一選択
第100回医師国家試験 B問題 第26問
国試問題にチャレンジ
僧帽弁閉鎖不全症に対する手術はどれか。
- a.Ross手術
- b.Bentall手術
- c.Rastelli手術
- d.弁形成術
- e.左室縫縮術
対話形式の解説
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ドクターまとめ
僧帽弁閉鎖不全症は収縮期に左室から左房へ血液が逆流する病態で、外科治療の柱は弁形成術と弁置換術であり、自己弁を温存でき抗凝固療法の負担や感染・血栓塞栓のリスクを減らせる弁形成術が、特に僧帽弁逸脱症による一次性の逆流で優先されます。Ross手術は自己肺動脈弁を大動脈弁位へ移植する大動脈弁疾患の手術、Bentall手術は複合グラフトによる大動脈基部置換、Rastelli手術は心室中隔欠損と肺動脈狭窄を伴う完全大血管転位症などに対する心内修復術、左室縫縮術は左室瘤や拡張型心筋症で拡大した左室を縮小する手術で、いずれも僧帽弁の逆流を直接治す術式ではありません。手術適応は症状の有無と左室機能障害の徴候を中心に判断し、外科手術が高リスクの症例ではカテーテルによる修復術も選択肢となります。人名の付いた術式は「どの構造物に手を加えるか」と対にして整理しておくと、心臓血管外科や小児循環器の問題全般に応用が利きます。
解答・解説
正解はdです
心臓血管外科で用いられる代表的な術式の名称と、その対象疾患・手術部位を対応づけられるかを問う問題である。 僧帽弁閉鎖不全症(mitral regurgitation:MR)は、収縮期に左室から左房へ血液が逆流する病態である。外科治療の対象は僧帽弁そのものであり、選択肢は大きく「弁を修復して温存する弁形成術(mitral valve plasty/repair:MVP)」と「弁を人工弁に取り替える弁置換術(mitral valve replacement:MVR)」の2つになる。 選択肢に並ぶ人名の付いた術式は、Ross手術・Bentall手術がいずれも大動脈弁・大動脈基部の手術、Rastelli手術は先天性心疾患(完全大血管転位症など)の修復術、左室縫縮術は拡大した左室の容積を減らす手術である。いずれも僧帽弁の逆流を直接治療する術式ではない。したがって、僧帽弁閉鎖不全症に対する手術として適切なのは弁形成術である。 解き方のコツは「その術式がどの構造物に手を加えるのか」を押さえることである。僧帽弁の病気であれば僧帽弁に手を加える術式を選べばよい。
選択肢考察
- ×a. Ross手術
Ross手術は、患者自身の肺動脈弁(自己肺動脈弁:pulmonary autograft)を切除して大動脈弁の位置へ移植し、空いた肺動脈弁の位置には同種弁(ホモグラフト)などを植え込む手術である。対象は大動脈弁狭窄症や大動脈弁閉鎖不全症などの大動脈弁疾患であり、特に成長が見込まれる小児や、抗凝固療法を避けたい若年者・妊娠希望女性で選択肢となる。自己組織のため抗凝固薬が不要で成長も期待できる一方、肺動脈弁位の再手術が必要になりうる。僧帽弁の手術ではないため誤りである。
- ×b. Bentall手術
Bentall手術は大動脈基部置換術の一つで、人工弁と人工血管を一体化した複合グラフト(composite graft)を用いて、大動脈弁・大動脈基部(Valsalva洞)・上行大動脈をまとめて置換し、左右の冠動脈をグラフトに再建(再吻合)する手術である。対象は大動脈弁輪拡張症(Marfan症候群などに伴うことが多い)で大動脈弁閉鎖不全症を伴うもの、大動脈基部に及ぶ大動脈解離や大動脈瘤などである。僧帽弁は対象としないため誤りである。
- ×c. Rastelli手術
Rastelli手術は先天性心疾患に対する心内修復術である。代表的な対象は心室中隔欠損(VSD)と肺動脈狭窄を伴う完全大血管転位症(TGA III型)であり、心室内に作ったトンネル(心内パッチ)で左室の血液をVSD経由で大動脈へ導き、右室と肺動脈の間は心外導管(人工血管など)で接続する。両大血管右室起始症や総動脈幹症などにも応用される。僧帽弁閉鎖不全症の手術ではないため誤りである。
- ○d. 弁形成術
僧帽弁閉鎖不全症の外科治療は弁形成術と弁置換術の2つが柱である。弁形成術は患者自身の弁を温存したまま、逸脱・断裂した弁尖の切除や縫合、人工腱索の再建、拡大した弁輪を縮小・固定する人工弁輪(リング)の縫着(弁輪形成術)などを組み合わせて逆流を止める。自己弁を残すため、機械弁で必要となる生涯のワルファリン内服を避けられ、左室機能の温存や感染性心内膜炎・血栓塞栓症のリスク低減の面でも有利であり、特に僧帽弁逸脱症による一次性(器質性)MRでは可能な限り弁形成術が第一選択とされる。したがって正解である。
- ×e. 左室縫縮術
左室縫縮術は、著しく拡大した左室の一部を切除・縫縮して内腔を小さくし、Laplaceの法則に基づいて壁応力を減らし心機能の改善を図る手術である。陳旧性心筋梗塞後の左室瘤や高度の心拡大を来した虚血性心筋症(左室形成術、Dor手術など)、拡張型心筋症(部分左室切除術、Batista手術)が対象となる。これらの症例では二次性MRを合併して僧帽弁手術を同時に行うことはあるが、左室縫縮術そのものは僧帽弁閉鎖不全症に対する術式ではないため誤りである。
僧帽弁閉鎖不全症の分類
・一次性(器質性)MR:弁そのものの異常による。僧帽弁逸脱症(腱索断裂を含む)、リウマチ性、感染性心内膜炎による弁破壊など。 ・二次性(機能性)MR:弁自体は正常だが、左室拡大や心筋梗塞による乳頭筋の位置異常、弁輪拡大により弁が閉じなくなるもの。拡張型心筋症や虚血性心疾患で生じる。
手術適応の目安
高度の一次性MRで症状がある場合、または無症状でも左室駆出率(LVEF)の低下や左室収縮末期径の拡大など左室機能障害の徴候がある場合に手術が考慮される。心房細動の新規出現や肺高血圧も手術を考慮する要素となる。
術式の選択
・弁形成術:弁尖切除・縫合、人工腱索、人工弁輪による弁輪形成など。自己弁温存のため長期成績が良好で、形成可能であれば優先される。 ・弁置換術:弁の破壊や石灰化が高度で形成困難な場合に行う。機械弁は耐久性に優れるが生涯のワルファリンが必要で、生体弁は抗凝固療法の負担が少ないが構造的劣化により再手術が必要となりうる。 ・近年は、外科手術の危険性が高い症例に対してカテーテルで前尖と後尖をクリップで留める経皮的僧帽弁接合不全修復術(MitraClip などによる経カテーテル的僧帽弁edge-to-edge修復術)も行われている。
人名の付いた主な心臓手術の整理
・Ross手術:自己肺動脈弁を大動脈弁位に移植(大動脈弁疾患) ・Bentall手術:複合グラフトによる大動脈基部置換+冠動脈再建(大動脈弁輪拡張症など) ・David手術/Yacoub手術:自己大動脈弁を温存する大動脈基部置換 ・Rastelli手術:心内トンネル+右室–肺動脈心外導管(VSD・肺動脈狭窄を伴う完全大血管転位症など) ・Jatene手術(動脈スイッチ手術):大血管の付け替え(VSDのない完全大血管転位症など) ・Fontan手術:体静脈血を直接肺動脈へ流す(機能的単心室) ・Blalock-Taussig短絡術:鎖骨下動脈–肺動脈短絡(肺血流減少型の先天性心疾患) ・Batista手術(部分左室切除術)、Dor手術(左室形成術):拡大した左室の縮小
POINT
・僧帽弁閉鎖不全症の外科治療は弁形成術または弁置換術であり、可能なら弁形成術を優先する。 ・Ross手術とBentall手術は大動脈弁・大動脈基部の手術である。 ・Rastelli手術は完全大血管転位症(VSD+肺動脈狭窄合併)などの先天性心疾患の手術である。 ・左室縫縮術は左室瘤や拡張型心筋症など高度に拡大した左室に対する手術である。
