「砂をかむような味」の正体―身体症状の陰に隠れたうつ病を一問で見抜く
第100回医師国家試験 A問題 第4問
国試問題にチャレンジ
45歳の男性。数か月前から始まった食思不振と倦怠感とを主訴に来院した。「食べ物が砂をかむような味しかしない。食欲がでない」と言う。身長170cm。最近2か月で,67kgだった体重が63kgに減少した。先週会社の健康診断で受けた上部消化管造影は正常で,胸部エックス線撮影,血液検査および生化学検査に異常所見はなかった。健胃薬を処方したが2週たっても症状は改善しなかった。さらに患者は,最近では「朝方早く目が覚めて再び眠れないので,睡眠薬を処方して欲しい」と言う。 診断に最も重要な質問はどれか。
- a.「週末には眠れますか」
- b.「家系に癌が多いですか」
- c.「物忘れはありませんか」
- d.「楽しく過ごす時間はありますか」
- e.「職場でストレスはありませんか」
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
検査で異常のない食欲不振・体重減少・倦怠感に早朝覚醒が加わった中年男性では、身体症状を前面に訴えるうつ病を強く疑います。DSM-5では9症状のうち5つ以上が2週間以上続き、そのうち少なくとも1つが「抑うつ気分」か「興味・喜びの著しい減退」であることが必要で、本例では身体症状と睡眠障害がそろっているため、中核症状の確認が診断の鍵になります。「楽しく過ごす時間はありますか」はアンヘドニアを答えやすい形で確かめる質問であり、ストレスの有無や睡眠の状況、家族歴、物忘れの質問では診断は確定しません。うつ病を疑ったら希死念慮を必ず確認し、日内変動、躁病エピソードの既往、身体疾患や薬剤による抑うつの除外も行います。身体症状の裏に潜むうつ病に気づく力は、どの診療科に進んでも求められる基本的な臨床能力です。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・45歳の男性で、数か月前から食欲不振と倦怠感が続いている。 ・「食べ物が砂をかむような味しかしない」と話しており、味わいが感じられない状態である。これは単なる胃腸症状ではなく、うつ病でよくみられる訴えである。 ・2か月で体重が67kgから63kgへ4kg(約6%)減っている。 ・上部消化管造影、胸部エックス線、血液・生化学検査はすべて正常で、食欲不振や体重減少を説明できる身体疾患は見つかっていない。健胃薬も効いていない。 ・朝早く目が覚めて、その後眠れない(早朝覚醒)。
診断への考え方
身体の検査で異常がないのに、食欲低下、体重減少、倦怠感(気力の低下)、早朝覚醒が続いている。うつ病でよくみられる身体症状と睡眠障害の組み合わせであり、うつ病(大うつ病性障害)が最も疑われる。中年男性では、気分の落ち込みを自分から話さず、食欲不振やだるさ、不眠などの身体症状を訴えて内科を受診することが多い。そのため内科医がうつ病に気づけるかが重要になる。 うつ病の診断(DSM-5)には、2つの中核症状のうち少なくとも1つが必要である。 1) 抑うつ気分(ほぼ一日中、ほぼ毎日続く気分の落ち込み) 2) 興味または喜びの著しい減退(以前楽しめていたことが楽しめない、何にも関心が持てない) 本例では身体症状と睡眠障害はそろっているが、中核症状がまだ確かめられていない。したがって、診断に最も重要なのは中核症状の有無を確かめる質問である。「楽しく過ごす時間はありますか」は、2つ目の中核症状である興味・喜びの喪失を直接確かめる質問である。
選択肢考察
- ×a. 「週末には眠れますか」
平日と週末で眠れ方が違うかを尋ねる質問である。職場のストレスによる不眠なら、休日に眠れるようになるなど状況によって症状が変わることがあり、状況要因を探る手がかりにはなる。しかし、うつ病の早朝覚醒は曜日や状況に関係なく続くことが多い。この質問で分かるのは睡眠の状況だけで、うつ病の中核症状は確かめられないため、診断に最も重要な質問とはいえない。
- ×b. 「家系に癌が多いですか」
悪性腫瘍の家族歴を尋ねる質問である。体重減少があるため悪性腫瘍を考えることは大切だが、本例ではすでに上部消化管造影や血液検査で異常がない。また、検査が正常なのに重い病気ではないかと強く心配し続ける患者(心気症状が中心の場合)には、その不安の背景を知る質問として意味がある。しかし本例の症状の組み合わせからうつ病を診断するための質問ではない。
- ×c. 「物忘れはありませんか」
記憶障害を尋ねる質問で、認知症などの認知機能障害を考えるときに用いる。うつ病でも集中力や思考力が落ちて物忘れを訴えることがある(高齢者ではうつ病による仮性認知症が問題になる)。しかし物忘れはうつ病に特有ではなく、45歳で記憶障害の訴えもない本例では、診断の決め手にならない。
- ○d. 「楽しく過ごす時間はありますか」
以前は楽しめていたことを今も楽しめているか、つまり興味・喜びの喪失(アンヘドニア)を確かめる質問である。興味・喜びの喪失は抑うつ気分と並ぶうつ病の2つの中核症状の一つで、DSM-5ではどちらか1つがなければうつ病と診断できない。本例ではすでに食欲低下・体重減少、早朝覚醒、倦怠感が確認されており、中核症状があれば診断がほぼ固まる。「気分が落ち込んでいますか」のような直接の質問に比べて答えやすく、病識の乏しい患者や気分の変化を言葉にしにくい患者からも情報を得やすい。また、朝に症状が重く夕方に軽くなる日内変動がないかを聞き出すきっかけにもなる。
- ×e. 「職場でストレスはありませんか」
発症のきっかけとなる心理社会的要因を探る質問である。適応障害を疑う場合や、治療・環境調整を考える場合には大切な情報である。しかしうつ病はストレス要因の有無で診断するものではなく、症状がそろっているかで診断する。ストレスがなくてもうつ病は起こる。また、この質問は直接的すぎて、ストレスがあっても患者が答えにくいことが少なくない。
うつ病(大うつ病性障害)の診断基準(DSM-5の概要)
以下の9症状のうち5つ以上が同じ2週間の間に存在し、そのうち少なくとも1つは①または②である。 ①抑うつ気分 ②興味または喜びの著しい減退 ③食欲の減退・増加、または著しい体重の減少・増加(1か月で5%以上が目安) ④不眠(特に早朝覚醒)または過眠 ⑤精神運動焦燥または制止(動きや考えがいらいらと落ち着かない、または遅くなる) ⑥疲労感、または気力の減退 ⑦無価値感、または過剰・不適切な罪責感 ⑧思考力・集中力の減退、決断困難 ⑨死についての反復思考、自殺念慮・自殺企図 さらに、これらの症状で強い苦痛や社会的・職業的な機能障害が生じていることと、物質や他の医学的疾患によるものでないことが必要である。 本例では③食欲低下・体重減少、④早朝覚醒、⑥倦怠感がすでにそろっており、中核症状(①または②)を確認することが診断の鍵となる。
うつ病でよくみられる特徴
・日内変動:朝に最も調子が悪く、夕方になると少し楽になる。 ・睡眠障害:早朝覚醒が典型的である。入眠困難や中途覚醒もみられる。 ・身体症状:食欲不振、体重減少、全身倦怠感、便秘、頭痛、肩こり、性欲低下など。身体症状が前面に出て抑うつ気分が目立たないものを「仮面うつ病」と呼ぶことがある(現在の正式な診断名ではない)。 ・自殺の危険:うつ病を疑ったら必ず希死念慮を確認する。治療の始まりや回復してくる時期にも自殺の危険が高まることに注意する。
スクリーニングの工夫
プライマリケアでは「この1か月、気分が沈んだり憂うつな気持ちになったりすることがよくありましたか」「この1か月、どうも物事に対して興味がわかない、あるいは心から楽しめない感じがよくありましたか」という2つの質問(二質問法)が広く用いられている。どちらかに当てはまれば、うつ病の可能性を考えて詳しく評価する。PHQ-9などの質問紙も用いられる。
鑑別すべき状態
甲状腺機能低下症、悪性腫瘍、副腎皮質機能低下症などの身体疾患、薬剤(インターフェロン、副腎皮質ステロイド、β遮断薬など)による抑うつ、アルコール使用障害、双極性障害(過去に躁病・軽躁病のエピソードがなかったかを確認する)、適応障害、認知症などを鑑別する。
POINT
・身体の検査で異常がない食欲不振・体重減少・倦怠感・早朝覚醒はうつ病を強く疑わせる。 ・うつ病の中核症状は「抑うつ気分」と「興味・喜びの喪失」の2つで、DSM-5ではどちらか1つが必須である。 ・「楽しく過ごす時間はありますか」は興味・喜びの喪失を確かめる質問であり、身体症状がそろった患者の診断に最も役立つ。 ・中年男性のうつ病は身体症状で内科を受診することが多い。 ・うつ病を疑ったら希死念慮を必ず確認する。
