「持続する痛み」と「消えた腸雑音」―絞扼性腸閉塞は待ってはいけない
第99回医師国家試験 G問題 第31問
国試問題にチャレンジ
64歳の男性。突然,腹痛と嘔吐とが出現し,増強してきたため来院した。腹痛は持続性である。8年前,胃癌のため幽門側胃切除術を受けている。顔面は蒼白である。腸雑音は消失し,腹部に筋性防御を認める。血液所見:赤血球382万,Hb 11.6g/dL,Ht 34%,白血球16,000。血液生化学所見:尿素窒素30mg/dL,LD 1,000U/L(基準176~353),CK 230U/L(基準10~40)。腹部エックス線単純写真を示す。 治療として適切なのはどれか。

- a.抗コリン薬投与
- b.緩下薬投与
- c.高圧浣腸
- d.内視鏡的整復
- e.開腹手術
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
開腹手術歴のある患者の腹痛・嘔吐と小腸拡張像では、まず癒着性腸閉塞を考えます。そのうえで、突然発症の持続痛、腸雑音の消失、筋性防御などの腹膜刺激症状、白血球・CK・LDの上昇、ショック徴候があれば、腸管の血流が途絶した絞扼性腸閉塞と判断します。絞扼性腸閉塞は壊死・穿孔・敗血症性ショックへ進行するため、全身管理と並行した緊急開腹手術で絞扼を解除し、壊死腸管を切除するのが原則です。緩下薬や高圧浣腸は機械的閉塞では禁忌で、内視鏡的整復の対象は壊死のないS状結腸軸捻転に限られます。単純性と絞扼性を見分ける視点は、急性腹症で手術のタイミングを逃さないための基本となります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・64歳男性、突然発症し増強する腹痛と嘔吐 ・腹痛は持続性(間欠的な疝痛ではない) ・8年前に幽門側胃切除術(開腹手術歴 → 腹腔内癒着の素地) ・顔面蒼白(循環不全・ショックへの移行を示唆) ・腸雑音の消失、筋性防御(腹膜刺激症状) ・白血球16,000と上昇(強い炎症) ・尿素窒素30mg/dLと上昇(嘔吐や腸管内・腹腔内への体液移動による脱水) ・LD 1,000U/L、CK 230U/Lと上昇(腸管壁を含む組織の虚血・壊死を示唆) ・腹部エックス線単純写真で、Kerckring皺襞(小腸の輪状ひだ)を伴う拡張した小腸ガス像
診断へのプロセス
開腹手術歴のある患者の腹痛・嘔吐と小腸拡張像から、まず癒着による機械的な腸閉塞を考える。単純な閉塞(腸管の血流が保たれている単純性腸閉塞)であれば、腹痛は蠕動に一致した間欠的な疝痛で、腸雑音はむしろ亢進(金属音)し、腹膜刺激症状は乏しい。 本例では、痛みが突然始まり持続性であること、腸雑音が消失していること、筋性防御があること、白血球・LD・CKが上昇していること、顔面蒼白で全身状態が悪いことから、腸管の血流が途絶して虚血・壊死が進行している絞扼性腸閉塞(絞扼性イレウス)と、それに伴う腹膜炎が強く疑われる。癒着によって生じた索状物(バンド)に腸管が腸間膜ごと締め付けられるのが典型的な機序である。
設問の考え方
絞扼性腸閉塞では、時間とともに腸管壊死、穿孔、汎発性腹膜炎、敗血症性ショックへと進行し、致死的となる。保存的治療で待つべきではなく、全身管理(輸液・抗菌薬など)と並行して緊急開腹手術を行い、絞扼を解除し、壊死した腸管を切除することが唯一の根本治療である。診断の確認には造影CTが有用だが、本例のように腹膜刺激症状がはっきりしている場合は手術を遅らせてはならない。
選択肢考察
- ×a. 抗コリン薬投与
抗コリン薬は腸管の平滑筋の攣縮を抑え、蠕動亢進による疝痛や下痢を和らげる薬である。絞扼性腸閉塞の原因である腸管の締め付けや血流障害は改善せず、鎮痛によって腹部所見が隠れ、手術のタイミングを逃すおそれもある。本例では治療として不適切である。
- ×b. 緩下薬投与
緩下薬は腸管の蠕動を促し排便を促す薬である。機械的な腸閉塞では閉塞部より口側の腸管内圧をさらに高め、症状を悪化させるうえ、虚血に陥った脆弱な腸管の穿孔を誘発する危険があるため禁忌である。
- ×c. 高圧浣腸
高圧浣腸は大腸内に液体を注入して排便・排ガスを促す、あるいは腸重積の整復に用いる手技である。本例の閉塞は小腸で届かず無効であり、腸管内圧を上げて虚血腸管の穿孔を招くおそれがあるため禁忌である。
- ×d. 内視鏡的整復
腸閉塞に対して内視鏡的整復が行われるのは、主にS状結腸軸捻転で腸管壊死の所見がない場合である。本例は癒着を原因とする小腸の絞扼で、内視鏡で整復できる病態ではない。また腹膜刺激症状や逸脱酵素の上昇から腸管壊死が疑われる状況では、S状結腸軸捻転であっても内視鏡的整復は行わず手術を選択する。
- ○e. 開腹手術
絞扼性腸閉塞は、腸管の血流が途絶して壊死・穿孔・腹膜炎・敗血症性ショックに至る危険が高い緊急疾患であり、緊急手術の絶対適応である。輸液による脱水・電解質異常の補正や抗菌薬投与などの全身管理を行いながら速やかに開腹し、原因となる癒着・索状物を切離して絞扼を解除する。解除後に腸管の色調や蠕動、血流の回復を確認し、回復しない壊死腸管は切除して吻合する。
腸閉塞(イレウス)の分類
・機械的腸閉塞:腸管内腔が物理的に閉塞したもの 単純性(閉塞性):血流障害を伴わない。原因は術後癒着、腫瘍、糞便、胆石など。 複雑性(絞扼性):血流障害を伴う。原因は癒着による索状物、内ヘルニア、腸軸捻転、腸重積、ヘルニア嵌頓など。 ・機能的イレウス:腸管の運動が障害されたもの 麻痺性:腹膜炎、開腹術後、電解質異常(低カリウム血症)、薬剤など 痙攣性:鉛中毒、腸管の局所刺激など(まれ) なお、わが国の急性腹症診療ガイドライン(2015年)では、機械的な閉塞を「腸閉塞」、腸管運動の麻痺を「イレウス」と呼び分けることが提唱されており、本例は「絞扼性腸閉塞」と表現される。
単純性と絞扼性の鑑別点
・腹痛:単純性は間欠的な疝痛、絞扼性は急激に発症する持続性の激痛 ・腸雑音:単純性は亢進(金属音)、絞扼性は進行すると減弱・消失 ・腹膜刺激症状(筋性防御、反跳痛):絞扼性で出現 ・全身状態:絞扼性では頻脈、発熱、ショック ・検査:絞扼性では白血球増多、CK・LD・乳酸の上昇、代謝性アシドーシス ・画像:造影CTで腸管壁の造影不良、腸間膜の浮腫や血管の収束・渦巻き像(whirl sign)、腹水、閉鎖腸管ループなど
治療の原則
・単純性腸閉塞:絶飲食、輸液、胃管やイレウス管による減圧を中心とした保存的治療。改善しなければ手術を考慮する。 ・絞扼性腸閉塞:診断がつき次第、緊急手術。
腹部エックス線所見
小腸はKerckring皺襞(腸管全周を横切る細かいひだ)を示し、比較的中央に分布する。大腸はハウストラ(腸管壁を部分的に横切るひだ)を示し、辺縁に分布する。立位では拡張腸管内に鏡面像(ニボー)を形成する。絞扼性では、閉鎖されたループ内が液体で満たされ、ガス像が乏しくなることがあり、単純写真のみで重症度を判断するのは危険である。
POINT
・開腹歴+腹痛・嘔吐+小腸拡張 → 癒着性腸閉塞をまず考える ・持続痛、腸雑音消失、筋性防御、白血球・CK・LD上昇、ショック徴候 → 絞扼性(血流障害あり) ・絞扼性腸閉塞 → 全身管理と並行して緊急開腹手術(絞扼解除±壊死腸管切除) ・機械的腸閉塞に緩下薬・高圧浣腸は禁忌 ・内視鏡的整復の対象は壊死のないS状結腸軸捻転
