側面像が教える腫瘤の住所―前縦隔に「いない」腫瘍を見抜く
第99回医師国家試験 G問題 第16問
国試問題にチャレンジ
74歳の男性。健康診査で胸部エックス線写真上の異常陰影を指摘された。呼吸数22/分。脈拍88/分,整。血圧136/88mmHg。顔面と頸部とに異常を認めない。胸部の打診と聴診とでは異常を認めない。胸部エックス線写真正面像(A)と側面像(B)とを示す。 可能性が低いのはどれか。

- a.奇形腫
- b.胸腺腫
- c.悪性リンパ腫
- d.神経原性腫瘍
- e.異所性甲状腺腫
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
縦隔腫瘍の鑑別は、まず腫瘤の位置を決めることから始まります。正面像で腫瘤越しに肺門血管が追えれば(hilum overlay sign)肺門とは前後にずれた位置にあり、側面像で胸骨背側にあれば前縦隔と判断できます。前縦隔には胸腺腫、奇形腫などの胚細胞性腫瘍、胸骨下・異所性甲状腺腫、悪性リンパ腫が好発し、交感神経幹や肋間神経から生じる神経原性腫瘍は後縦隔に好発するため、前縦隔腫瘤としては考えにくくなります。中縦隔ではリンパ節腫大や気管支原性嚢胞が代表的で、最終的な性状評価にはCTやMRIを用います。発生母地の解剖と好発部位を結びつける考え方は、画像診断と鑑別診断の両方の基礎になります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
74歳の男性で、自覚症状はなく健康診査の胸部エックス線写真で異常陰影を指摘された。バイタルサインに大きな異常はなく、顔面・頸部にも所見がない。顔面や頸部の浮腫、頸静脈の怒張がないことから、上大静脈症候群(縦隔腫瘍などで上大静脈が圧迫され、上半身の静脈還流が障害される状態)は起きていないと読み取れる。胸部の打診・聴診も正常である。
画像の読み方
正面像(A)では肺門部付近に腫瘤影がみられるが、腫瘤に重なった部分でも心陰影の辺縁や肺門部の血管影が消えずに追える。これは肺門重畳徴候(hilum overlay sign)と呼ばれ、腫瘤が肺門そのもの(中縦隔)ではなく、その前方または後方に位置することを示す。どちらかを決めるのが側面像(B)であり、腫瘤は胸骨の裏側、心臓の前方の領域、すなわち前縦隔に存在している。
考え方
したがって本問は「前縦隔腫瘍として可能性の低いものを選ぶ」問題となる。縦隔腫瘍は発生部位ごとに好発する腫瘍がおおむね決まっているため、部位の特定が鑑別診断の出発点になる。前縦隔には胸腺・甲状腺(胸骨下への進展や異所性組織)・胚細胞由来の組織・リンパ節があり、胸腺腫、胚細胞性腫瘍(奇形腫など)、甲状腺腫、悪性リンパ腫が代表的である。一方、後縦隔は交感神経幹や肋間神経が走行する場であり、そこに好発する神経原性腫瘍が前縦隔の腫瘤として現れることはまれである。
選択肢考察
- ×a. 奇形腫
奇形腫は胚細胞性腫瘍の一つで、縦隔では前縦隔が好発部位である。胚発生の過程で生殖細胞が正中線上を移動する途中に遺残したものが起源と考えられている。成熟奇形腫では内部に脂肪や石灰化(歯牙・骨)を含むことがあり、CTで診断の手がかりになる。前縦隔腫瘤として十分考えられる。
- ×b. 胸腺腫
胸腺は前縦隔に位置するため、胸腺由来の上皮性腫瘍である胸腺腫は前縦隔腫瘍の代表であり、成人の前縦隔腫瘍で最も頻度が高い。40歳以降の中高年に多く、本例のように無症状で健診時に発見されることもまれではない。重症筋無力症、赤芽球癆、低γグロブリン血症などを合併することがある。前縦隔腫瘤として可能性は高い。
- ×c. 悪性リンパ腫
悪性リンパ腫は縦隔リンパ節や胸腺から発生し、中縦隔だけでなく前縦隔にも好発する。特にHodgkinリンパ腫(結節硬化型)や縦隔原発大細胞型B細胞リンパ腫、T細胞性リンパ芽球性リンパ腫は前縦隔の腫瘤として発見されることが多い。前縦隔腫瘤の鑑別に含めるべき疾患である。
- ○d. 神経原性腫瘍
神経鞘腫、神経線維腫、神経節細胞腫、神経芽腫などの神経原性腫瘍は、脊椎の近くを走る交感神経幹や肋間神経から発生するため、後縦隔(脊柱傍領域)に好発し、後縦隔腫瘍の大部分を占める。側面像で胸骨背側の前縦隔にある本例の腫瘤とは発生部位が合わないため、選択肢の中で最も可能性が低い。
- ×e. 異所性甲状腺腫
甲状腺の組織が胸骨の裏側に進展あるいは異所性に存在して腫大したもの(胸骨下甲状腺腫・縦隔内甲状腺腫)は、前上縦隔に腫瘤を形成する。気管を偏位・圧排することがあり、甲状腺シンチグラフィで取り込みを確認できれば診断に役立つ。前縦隔腫瘤の鑑別に入る。
縦隔の区分と好発腫瘍
・前縦隔(胸骨の背側から心臓・大血管の前面まで):胸腺腫・胸腺癌、胚細胞性腫瘍(奇形腫、セミノーマ、非セミノーマ性胚細胞腫瘍)、胸骨下甲状腺腫・異所性甲状腺腫、悪性リンパ腫、副甲状腺腫瘍。語呂として「4つのT」(Thymoma、Teratoma、Thyroid、Terrible lymphoma)が知られる。 ・中縦隔(心臓・気管・主気管支・肺門の領域):悪性リンパ腫、リンパ節転移、サルコイドーシスなどのリンパ節腫大、気管支原性嚢胞、心膜嚢胞。 ・後縦隔(脊柱傍領域):神経原性腫瘍(成人では神経鞘腫・神経線維腫、小児では神経芽腫・神経節芽腫・神経節細胞腫)、食道腫瘍、食道嚢胞。
胸部エックス線写真での位置診断のサイン
・シルエットサイン:腫瘤が心臓や大動脈と接していると、その境界線が消える。 ・肺門重畳徴候(hilum overlay sign):腫瘤が肺門部に重なって見えても肺門血管の影が追える場合、腫瘤は肺門より前方か後方にある。 ・頸胸徴候(cervicothoracic sign):上縦隔の腫瘤の上縁が鎖骨より上まで明瞭に見えれば後方(後縦隔)、鎖骨の高さで不明瞭になれば前方(前縦隔)に位置する。 最終的な部位の確認と性状評価には胸部CTやMRIを用いる。
前縦隔腫瘍の鑑別のヒント
・胸腺腫:中高年、重症筋無力症の合併。 ・胚細胞性腫瘍:若年男性に多い。セミノーマではhCGやLDH、非セミノーマ性ではAFP・hCGの上昇がみられることがある。 ・悪性リンパ腫:可溶性IL-2受容体やLDHの上昇、発熱・盗汗・体重減少(B症状)。 ・甲状腺腫:頸部甲状腺との連続性、シンチグラフィでの集積。
POINT
・側面像で胸骨背側に腫瘤があれば前縦隔腫瘍と判断する。正面像で肺門血管が腫瘤越しに追えれば肺門とは別の前後位置にある(hilum overlay sign)。 ・前縦隔:胸腺腫、奇形腫などの胚細胞性腫瘍、甲状腺腫、悪性リンパ腫。 ・中縦隔:悪性リンパ腫、リンパ節腫大、気管支原性嚢胞。 ・後縦隔:神経原性腫瘍(最多)。 ・前縦隔腫瘤の鑑別で神経原性腫瘍は考えにくい。
