エコーの途中で妊婦が苦しみ出したら―最初の一手は「左に向けること」
第99回医師国家試験 G問題 第1問
国試問題にチャレンジ
34歳の初妊婦。妊娠34週の妊婦健康診査のため来院した。現在までの妊娠経過に異常を認めない。身長160cm,体重65kg(非妊時55kg)。血圧120/84mmHg。子宮底長30cm。下肢に軽度の浮腫を認める。尿所見:蛋白(-),糖(-)。超音波検査所見:羊水量正常,第1骨盤位,胎児推定体重2,300g。超音波検査が終了するころに,患者は次第に息苦しさと嘔気とを訴えるようになった。 まず行うのはどれか。
- a.左側臥位
- b.胸部聴診
- c.酸素投与
- d.静脈路確保
- e.ノンストレステスト
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
経過が正常な妊娠後期の妊婦が、超音波検査などで仰臥位を続けた後に気分不快・嘔気・息苦しさを訴えた場合は、仰臥位低血圧症候群をまず考えます。増大した子宮が脊椎右前方の下大静脈を圧迫して静脈還流が減り、心拍出量と血圧が低下する病態で、最初に行うべきは左側臥位による圧迫解除です。胸部聴診、酸素投与、静脈路確保は体位変換で改善しない場合に他疾患の検索とあわせて行い、NSTなどの胎児評価も仰臥位を避けて母体の安定後に実施します。帝王切開時の左傾斜や妊婦の心肺蘇生での子宮左方圧排も同じ原理に基づいており、妊娠による解剖と循環の変化を理解することが妊婦の安全な診療につながります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・34歳初妊婦、妊娠34週。これまでの妊娠経過に異常はない。 ・体重増加は非妊時55kgから65kgへの10kg。非妊時BMIは約21.5で普通体型であり、この時期の増加として過剰ではない。 ・血圧120/84mmHgで妊娠高血圧症候群の基準(140/90mmHg以上)は満たさず、尿蛋白・尿糖も陰性である。下肢の軽度浮腫は妊娠後期によくみられる生理的な変化の範囲である。 ・子宮底長30cm、胎児推定体重2,300g、羊水量正常で、胎児の発育に明らかな問題はない。第1骨盤位(骨盤位=逆子で、児背が母体の左側にある)であるが、今回の症状とは直接関係しない。 ・超音波検査の終わりごろ、つまり検査のために仰向けの姿勢をしばらく続けた後に、息苦しさと嘔気が徐々に出現した。
診断へのプロセス
経過が正常な妊娠後期の妊婦が、仰臥位を続けているうちに息苦しさや嘔気を訴えた場合、まず仰臥位低血圧症候群を考える。増大した妊娠子宮が脊椎の右前方を走る下大静脈を圧迫し、下半身から心臓へ戻る血液(静脈還流)が減少して心拍出量が低下し、血圧が下がる病態である。症状は、気分不快、嘔気、息苦しさ、冷汗、顔面蒼白、めまいなどで、重症では意識消失に至る。腹部大動脈も圧迫されると子宮への血流が減り、胎児心拍の低下(胎児機能不全)をきたすこともある。
設問の考え方
「まず行う」べきことは、原因である子宮による下大静脈の圧迫を解除することである。体位を左側臥位に変えるだけで、多くの場合数分以内に血圧と症状が回復する。簡便で侵襲がなく、診断を兼ねた治療にもなる。体位変換後も症状が改善しない場合には、ほかの原因(肺塞栓症、心疾患、妊娠高血圧症候群関連の病態など)を考えて、診察や検査、処置を進める。
選択肢考察
- ○a. 左側臥位
下大静脈は脊椎の右前方を走行しており、また妊娠子宮は右方へ回旋していることが多いため、仰臥位では子宮の重みが下大静脈にかかりやすい。左側臥位にすると子宮が左へ移動して下大静脈の圧迫が解除され、静脈還流と心拍出量が回復し、血圧低下による息苦しさや嘔気が速やかに改善する。子宮胎盤血流も回復するため胎児にとっても有益である。原因に直接対処でき、道具も要らずすぐに実行できるため、最初に行う対応として最も適切である。側臥位がとれない状況では、右腰の下にタオルなどを入れて体を左に傾けたり、子宮を用手的に左方へ圧排したりする方法もある。
- ×b. 胸部聴診
息苦しさの原因として心疾患や肺疾患(心不全、肺塞栓症など)を鑑別するうえで胸部聴診は必要な診察である。しかし本例は、経過正常の妊娠後期に、仰臥位を続けた後に症状が出たという典型的な状況であり、まず体位を変えて子宮による圧迫を解除することが優先される。聴診は左側臥位にした後でも行え、体位変換で改善しない場合にはより重要になる。
- ×c. 酸素投与
本例の症状は、肺での酸素の取り込みが障害されているためではなく、静脈還流の減少による心拍出量・血圧の低下によるものである。仰臥位のまま酸素を投与しても原因は解決しない。左側臥位で改善しない場合や、低酸素血症が確認された場合に考慮すべき処置である。
- ×d. 静脈路確保
静脈路確保は、ショックや急変に備えて輸液・薬剤投与を行うための処置である。仰臥位低血圧症候群の多くは体位変換だけで速やかに回復するため、最初に行う必要はない。左側臥位にしても血圧低下や症状が続く場合に、原因検索とともに行う。
- ×e. ノンストレステスト
ノンストレステスト(NST)は、子宮収縮などのストレスがない状態で胎児心拍数を連続記録し、胎児が元気かどうか(胎児の健常性)を評価する検査である。母体の症状への対処にはならず、まず母体の状態を立て直すことが先決である。また、NSTを仰臥位で行うと同じく下大静脈の圧迫を招くため、状態が落ち着いてからセミファウラー位(上半身を少し起こした姿勢)や側臥位で行う。
仰臥位低血圧症候群
・妊娠後期(特に妊娠28週以降)の妊婦が仰臥位をとったときに、増大した子宮が下大静脈を圧迫して静脈還流が減少し、心拍出量低下と血圧低下をきたす病態。妊娠末期の妊婦の約10%前後にみられるとされる。 ・症状:気分不快、嘔気・嘔吐、息苦しさ、冷汗、顔面蒼白、めまい、頻脈または徐脈、重症例では意識消失。 ・起こりやすい場面:妊婦健康診査での超音波検査や内診、分娩時、帝王切開時の脊髄くも膜下麻酔(交感神経遮断による血管拡張が加わり血圧低下が増強する)。 ・胎児への影響:大動脈の圧迫や母体の血圧低下により子宮胎盤血流が減少し、胎児心拍数の低下をきたすことがある。 ・対応:まず左側臥位(または左半側臥位)。多くは数分で回復する。改善しなければ酸素投与、静脈路確保、輸液などを行い、他疾患を検索する。 ・予防:妊娠後期の検査や処置は、長時間の仰臥位を避け、左に傾けた体位で行う。帝王切開では手術台を左に傾ける、右腰の下に枕を入れるなどの工夫をする。 ・妊婦の心肺蘇生でも、子宮による大動静脈の圧迫を解除するために子宮を用手的に左方へ圧排しながら胸骨圧迫を行う。
妊娠後期の母体の生理的変化
・循環血液量は妊娠32週前後で非妊時の約40〜50%増加し、心拍出量も増える。 ・血漿量の増加が赤血球量の増加を上回るため、希釈による生理的な貧血をきたす。 ・静脈圧の上昇により、下肢の浮腫や静脈瘤がみられやすい。
POINT
・経過正常の妊娠後期妊婦が、超音波検査などで仰臥位を続けた後に気分不快・息苦しさ・嘔気を訴えたら、仰臥位低血圧症候群を考える。 ・機序は、妊娠子宮による下大静脈の圧迫→静脈還流減少→心拍出量低下→血圧低下。 ・まず行うのは左側臥位(下大静脈は脊椎の右前方にある)。 ・酸素投与、静脈路確保、胸部聴診などは、体位変換で改善しない場合に考える。 ・NSTや妊娠後期の診察は、仰臥位を避け、セミファウラー位や側臥位で行う。
