顔が腫れる肺癌―上大静脈症候群と「小さな細胞」が教える治療戦略
第99回医師国家試験 F問題 第46問
国試問題にチャレンジ
60歳の男性。呼吸困難を主訴に来院した。身体所見では,顔面,頸部および右上肢に腫脹が認められる。胸部エックス線写真(A)と喀痰細胞診Papanicolaou染色標本(B)とを別に示す。 適切な治療はどれか。2つ選べ。

- a.保存療法
- b.手術療法
- c.化学療法
- d.放射線療法
- e.レーザー治療
対話形式の解説
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ドクターまとめ
顔面・頸部・上肢の腫脹は上大静脈症候群を示し、原因として肺癌、特に肺門部に生じて縦隔リンパ節へ早期に広がる小細胞癌と悪性リンパ腫が重要です。細胞診で細胞質に乏しくN/C比の高い小型細胞を認めれば小細胞癌を考え、上大静脈を巻き込む時点で少なくともIII期の局所進行癌となるため手術適応はありません。小細胞癌は化学療法・放射線療法への感受性が高く、限局型ではシスプラチン+エトポシドと胸部放射線療法の同時併用が標準で、完全奏効例には予防的全脳照射を加えます。腫瘍が縮小すれば上大静脈症候群も改善が期待できる一方、組織診断前の照射は診断を困難にしうるため注意が必要です。組織型が治療方針を大きく左右するという視点は、肺癌診療全体を理解する土台になります。
解答・解説
正解はc, dです
所見の整理
・60歳男性、主訴は呼吸困難。 ・顔面、頸部、右上肢の腫脹:これらはいずれも上大静脈(SVC)へ還流する領域である。左上肢も本来SVC領域だが、右側優位の腫脹は右腕頭静脈〜SVCの閉塞でよく見られる。上大静脈症候群(SVC症候群)を考える。 ・胸部エックス線写真(A):右肺門部から縦隔にかけて腫瘤影がみられる。肺門部(中枢側)に発生する腫瘍であることが示唆される。 ・喀痰細胞診Papanicolaou染色(B):細胞質がごく乏しく、核/細胞質比(N/C比)の非常に高い小型の腫瘍細胞が、散在性ないし緩い集塊として認められる。核は裸核様で、互いに押し合うように並ぶ(nuclear molding:核の圧排像)こともある。
診断へのプロセス
肺門部の腫瘤影と、N/C比の高い小型細胞の組み合わせから、肺小細胞癌が最も考えられる。腺癌は末梢肺野に発生することが多く、細胞診では細胞質が比較的豊富で、乳頭状・腺腔状の重積性集塊をつくりやすい。扁平上皮癌も中枢型が多いが、細胞質が豊かで角化(Papanicolaou染色でオレンジ色)を示す点で区別できる。 SVC症候群は、腫瘍そのもの、あるいは腫大した縦隔リンパ節(右気管傍リンパ節など)がSVCを外から圧迫・浸潤して静脈還流が妨げられる病態である。原因の大部分は悪性腫瘍で、なかでも肺癌、とくに急速に増大し縦隔リンパ節転移をきたしやすい小細胞癌が代表的である。
病期の考え方
腫瘍がSVCに直接浸潤していればT4(大血管浸潤)、縦隔リンパ節転移が原因であればN2以上となり、いずれにしても少なくともⅢ期の局所進行癌である。小細胞癌では臨床的に、病変が一側胸郭内(対側縦隔・両側鎖骨上窩リンパ節を含む)にとどまり、根治的放射線照射野に収まる「限局型(LD:limited disease)」と、それを超える「進展型(ED:extensive disease)」に分けて治療方針を決める。本例は提示された情報の範囲で遠隔転移を示す所見はなく、限局型として扱うのが妥当である。
設問の考え方
小細胞癌は増殖が速く早期から転移しやすい一方、化学療法と放射線療法への感受性が非常に高い。限局型では、プラチナ製剤(シスプラチン)とエトポシドの併用化学療法に胸部放射線療法を同時に行う化学放射線療法が標準治療となる。手術の適応は、リンパ節転移のないごく早期(Ⅰ期)に限られる。SVC症候群も、小細胞癌であれば化学療法・放射線療法で腫瘍が縮小することで改善が期待できる。
選択肢考察
- ×a. 保存療法
ここでいう保存療法は、腫瘍そのものに対する治療を行わず、症状緩和のみを行う対症療法を指すと考えられる。60歳と比較的若く、呼吸困難はあるものの積極的治療を検討できる状態であり、しかも小細胞癌は化学療法・放射線療法によく反応する。SVC症候群も腫瘍の縮小によって改善が見込めるため、抗腫瘍治療を行わずに経過を見るのは適切でない。頭部挙上、酸素投与、ステロイドなどの支持療法は、あくまで抗腫瘍治療と並行して行う補助的な手段である。
- ×b. 手術療法
SVC症候群を伴うことは、腫瘍がSVCへ浸潤している(T4)か、縦隔リンパ節転移が存在する(N2以上)ことを意味し、少なくともⅢ期の局所進行癌である。小細胞癌で外科切除が検討されるのは、リンパ節転移のないⅠ期(T1〜2N0)に限られ、その場合でも術後に化学療法を追加する。本例のように縦隔へ広がった小細胞癌は手術適応とならない。
- ○c. 化学療法
小細胞癌は診断時にすでに微小な遠隔転移を伴っている可能性が高い全身性の疾患と考えられ、全身療法である化学療法が治療の柱となる。また抗癌薬への感受性が高く、奏効率も高い。標準的なレジメンはシスプラチン+エトポシド(PE療法)で、高齢者や腎機能低下例ではカルボプラチンを用いる。進展型ではカルボプラチン+エトポシドに免疫チェックポイント阻害薬(アテゾリズマブやデュルバルマブ)を併用する治療が標準となっている。化学療法で腫瘍が縮小すれば、SVC症候群による顔面・上肢の腫脹や呼吸困難も改善が期待できる。
- ○d. 放射線療法
小細胞癌は放射線感受性も高い。限局型では胸部放射線療法を化学療法と同時に行う(同時化学放射線療法)ことで、化学療法単独より局所制御と生存が改善することが示されており、1日2回照射する加速過分割照射(45Gy/30回/3週)が推奨される。さらに、治療で完全奏効(CR)が得られた限局型では、脳転移の予防と生存期間延長を目的に予防的全脳照射(PCI)が推奨される。SVC症候群に対しても、放射線照射による腫瘍縮小は症状緩和に有効である。
- ×e. レーザー治療
気管支鏡下のレーザー治療には、主に2つの使い方がある。1つは、胸部エックス線で異常を示さない中枢気道のごく早期の癌(多くは扁平上皮癌)に対する光線力学的療法(PDT)などの根治目的の治療、もう1つは、腫瘍による中枢気道の狭窄・閉塞を焼灼して開通させる症状緩和目的の治療である。本例は縦隔に進展した局所進行小細胞癌であり、いずれの適応にも当てはまらない。気管支内の病変だけを焼灼しても縦隔の病変やSVC症候群は改善せず、全身療法である化学療法と放射線療法が優先される。
肺小細胞癌の特徴
・肺癌全体の約10〜15%を占める。喫煙との関連が非常に強い。 ・肺門部(中枢側)に好発し、縦隔リンパ節へ早期に広がる。増殖が速く、脳・肝・骨・副腎などへ早期に遠隔転移する。 ・神経内分泌細胞由来で、免疫染色ではクロモグラニンA、シナプトフィジン、CD56などが陽性となる。 ・腫瘍マーカー:NSE(神経特異エノラーゼ)、ProGRP(ガストリン放出ペプチド前駆体)。 ・腫瘍随伴症候群:抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(SIADH)による低ナトリウム血症、異所性ACTH産生によるCushing症候群、Lambert-Eaton筋無力症候群(LEMS)など。
病期と治療
・限局型(LD):病変が一側胸郭内(同側肺門、両側縦隔、両側鎖骨上窩リンパ節まで)にとどまり、一つの照射野に含められるもの。化学療法(シスプラチン+エトポシド)と胸部放射線療法の同時併用が標準。CR例には予防的全脳照射(PCI)。 ・進展型(ED):LDの範囲を超えるもの(遠隔転移、悪性胸水など)。化学療法(プラチナ製剤+エトポシド、あるいはシスプラチン+イリノテカン)が中心で、現在は免疫チェックポイント阻害薬の併用が標準的である。 ・Ⅰ期(T1〜2N0)の場合のみ手術+術後化学療法が選択肢となる。 ・化学療法の初回奏効率は高いが、再発しやすく、再発後は治療抵抗性になりやすい。
上大静脈症候群(SVC症候群)
・原因:悪性腫瘍が大半を占め、肺癌(特に小細胞癌)と悪性リンパ腫が代表的。ほかに胸腺腫、縦隔胚細胞腫瘍、カテーテル留置に伴う血栓など。 ・症状:顔面・頸部・上肢の浮腫、頸静脈怒張、前胸部の表在静脈怒張(側副血行路)、呼吸困難、頭痛、臥位での症状増悪。重症では喉頭浮腫による気道閉塞や脳浮腫をきたす。 ・治療:原疾患の治療が基本。小細胞癌や悪性リンパ腫など化学療法・放射線療法に感受性の高い腫瘍では、それらによる腫瘍縮小で改善が期待できる。重篤な症状があり急いで解除が必要な場合は、血管内ステント留置が行われる。組織診断前に放射線照射を行うと診断が困難になることがあるため、可能な限り先に組織診断をつける。
POINT
・肺門部腫瘤+N/C比の高い小型細胞(細胞質に乏しい)→肺小細胞癌。 ・顔面・頸部・上肢の腫脹→上大静脈症候群。原因として肺癌(特に小細胞癌)と悪性リンパ腫が重要。 ・小細胞癌は化学療法・放射線療法への感受性が高い。限局型はシスプラチン+エトポシドと胸部放射線療法の同時併用が標準、CR例には予防的全脳照射。 ・小細胞癌の手術適応はⅠ期(T1〜2N0)のみ。縦隔浸潤・縦隔リンパ節転移例は手術適応外。 ・レーザー治療(PDT)の適応は、胸部エックス線で異常を示さない中枢気道の早期癌。
