舌は患側へ、カーテンは健側へ―下位脳神経障害は「筋の働き」で向きが決まる
第99回医師国家試験 D問題 第48問
国試問題にチャレンジ
組合せで正しいのはどれか。
- a.右三叉神経運動枝障害 ―― 下顎の左への偏位
- b.右顔面神経障害 ―― 左口角の下垂
- c.右舌下神経障害 ―― 舌の挺出時左への偏位
- d.右舌咽神経障害 ―― 右へ引かれるカーテン徴候
- e.右副神経障害 ―― 頸の左への回旋筋力の低下
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
脳神経の一側末梢性障害では、所見の向きを「麻痺した筋の作用」と「残った健側の筋の牽引」から導けます。舌下神経障害では挺舌時に舌が、三叉神経運動枝障害では開口時に下顎が、それぞれ押し出す筋の麻痺により患側へ偏位し、舌咽・迷走神経障害ではカーテン徴候で咽頭後壁が、また口蓋垂が健側へ引かれます。顔面神経の末梢性障害では患側の口角が下垂し額のしわ寄せもできなくなる一方、中枢性障害では額が保たれ病変の反対側の顔面下部が麻痺します。副神経障害では胸鎖乳突筋の麻痺により健側への頸部回旋力が低下し、僧帽筋の麻痺で患側の肩が下垂します。こうした理屈に基づく理解は、Vernet症候群のような複数の脳神経障害から病変部位を推定する神経診察の基礎となります。
解答・解説
正解はeです
本問は、脳神経(特に三叉神経運動枝、顔面神経、舌咽神経、副神経、舌下神経)が片側で障害されたとき、所見が「患側(障害側)」と「健側(反対側)」のどちらに現れるかを問う問題である。
考え方の基本
脳神経の末梢性障害では、障害された側の筋が麻痺する。そのため、所見の向きは「麻痺した筋がどの方向に力を出す筋か」と「残った健側の筋がどちらへ引っ張るか」から決まる。 ・押し出す筋が麻痺する場合(外側翼突筋、オトガイ舌筋): 健側の筋だけが押し出すので、下顎や舌は患側へ偏位する。 ・引っ張る筋が麻痺する場合(咽頭収縮筋): 健側の筋だけが引っ張るので、咽頭後壁は健側へ引かれる。 ・顔面神経麻痺: 麻痺した側の表情筋が緩むので、患側の口角が下がる。 ・胸鎖乳突筋: 一側の胸鎖乳突筋は顔を反対側へ向ける。したがって患側の麻痺では、健側(反対側)へ向く力が弱くなる。 この原則に照らすと、右副神経障害で右胸鎖乳突筋が麻痺し、頸を左へ回旋する力が低下するという組合せ(e)だけが正しい。
選択肢考察
- ×a. 右三叉神経運動枝障害 ―― 下顎の左への偏位
三叉神経の運動枝(第3枝である下顎神経に含まれる)は、咬筋・側頭筋・内側翼突筋・外側翼突筋といった咀嚼筋を支配する。このうち外側翼突筋は下顎頭を前方へ引き出し、口を開く動きを助ける。両側の外側翼突筋が同時に働けば下顎はまっすぐ前下方へ動くが、右が麻痺すると左の外側翼突筋だけが左の下顎頭を前へ押し出す。その結果、開口時に下顎は患側である右へ偏位する。左への偏位ではないため誤りである。なお、患側の咬筋・側頭筋の萎縮や、噛みしめたときの筋収縮の減弱もみられる。
- ×b. 右顔面神経障害 ―― 左口角の下垂
顔面神経は同じ側の表情筋を支配する。右顔面神経が障害されると右の口輪筋・頬筋などが麻痺し、右口角が下垂する。また、口角が健側(左)へ引かれて見える。左口角が下垂するのではないので誤りである。末梢性顔面神経麻痺(例: Bell麻痺)では、額のしわ寄せや閉眼も含めて患側の顔面全体が麻痺する。これに対して中枢性(核上性)障害では、額の筋は両側の大脳から支配を受けるため保たれ、病変と反対側の顔面下部だけが麻痺する。左口角が下垂するのは、右大脳の病変による中枢性顔面麻痺の場合である。
- ×c. 右舌下神経障害 ―― 舌の挺出時左への偏位
舌下神経は舌筋を支配する。舌を前に突き出すのは主にオトガイ舌筋で、一側のオトガイ舌筋は舌を前方かつ反対側へ押し出す。右舌下神経が障害されると右のオトガイ舌筋が働かず、左のオトガイ舌筋だけが舌を押し出す。そのため挺舌時(舌を突き出したとき)、舌は患側である右へ偏位する。左への偏位ではないため誤りである。末梢性の障害では、患側の舌の萎縮や線維束性収縮(筋線維がぴくぴく動くこと)を伴うことがある。
- ×d. 右舌咽神経障害 ―― 右へ引かれるカーテン徴候
カーテン徴候とは、一側の咽頭収縮筋が麻痺した状態で「アー」と発声させたり咽頭反射を誘発させたりすると、咽頭後壁が健側へ引かれる現象である。カーテンを横に引くような動きに見えることから、この名がある。麻痺していない健側の収縮筋だけが収縮するため、引かれる方向は健側である。したがって右側の障害では、咽頭後壁は左へ引かれる。右へ引かれるとしている本選択肢は誤りである。なお、咽頭収縮筋の運動は主に迷走神経(咽頭神経叢を介する)が担う。臨床的には舌咽神経と迷走神経は頸静脈孔などで一緒に障害されることが多く、カーテン徴候は両神経の障害でみられる所見として扱われる。同じ理屈で、軟口蓋の片側麻痺では口蓋垂も健側へ偏位する。
- ○e. 右副神経障害 ―― 頸の左への回旋筋力の低下
副神経(第XI脳神経)は胸鎖乳突筋と僧帽筋を支配する。胸鎖乳突筋は乳様突起から胸骨・鎖骨へ走る筋で、一側が収縮すると乳様突起が同側の胸骨側へ引き寄せられる。その結果、顔は反対側を向く。つまり右の胸鎖乳突筋は、頸を左へ回旋する(顔を左へ向ける)ときに働く。右副神経が障害されると右胸鎖乳突筋が麻痺するため、頸を左へ回旋する筋力が低下する。よってこの組合せは正しい。また、右僧帽筋の麻痺により右肩の挙上(肩をすくめる動作)が弱くなり、右肩が下垂する。診察では、検者が患者の顎に手を当てて回旋に抵抗を加え、反対側の胸鎖乳突筋の収縮と筋力を確認する。
下位脳神経の運動機能と一側障害時の所見
・三叉神経運動枝(V3): 咀嚼筋(咬筋・側頭筋・内側/外側翼突筋)を支配する。障害されると開口時に下顎が患側へ偏位し、患側の咬筋・側頭筋が萎縮する。 ・顔面神経(VII): 表情筋を支配する。末梢性障害では患側の顔面全体が麻痺し、額のしわ寄せができない、閉眼できない(兎眼)、患側の口角が下垂する、といった所見がみられる。中枢性障害では額の筋は保たれ、病変の反対側の顔面下部が麻痺する。 ・舌咽神経(IX)・迷走神経(X): 咽頭・軟口蓋・喉頭の筋を支配する(運動は主に迷走神経)。障害されるとカーテン徴候(咽頭後壁が健側へ引かれる)、口蓋垂の健側偏位、嚥下障害、嗄声(反回神経麻痺による声帯麻痺)がみられる。舌咽神経は咽頭反射の感覚路(求心路)であり、舌の後ろ1/3の味覚・一般感覚も担う。 ・副神経(XI): 胸鎖乳突筋・僧帽筋を支配する。障害されると健側への頸部回旋力の低下、患側の肩の挙上力の低下と肩の下垂がみられる。 ・舌下神経(XII): 舌筋を支配する。障害されると挺舌時に舌が患側へ偏位し、患側の舌萎縮・線維束性収縮がみられる。
覚え方
・「押し出す筋」(外側翼突筋、オトガイ舌筋)の麻痺 → 患側へ偏位する(下顎、舌)。 ・「引っ張る筋」(咽頭収縮筋、口蓋帆挙筋)の麻痺 → 健側へ引かれる(咽頭後壁、口蓋垂)。 ・胸鎖乳突筋は顔を反対側へ向ける → 麻痺すると健側を向く力が低下する。
関連する症候群
頸静脈孔症候群(Vernet症候群)では、頸静脈孔を通るIX・X・XIが同時に障害される。そのため、カーテン徴候、嚥下障害、嗄声、胸鎖乳突筋・僧帽筋の麻痺が同じ側にそろってみられる。
POINT
・一側障害で患側へ偏位するもの: 開口時の下顎(三叉神経運動枝)、挺舌時の舌(舌下神経)。 ・一側障害で健側へ引かれるもの: カーテン徴候の咽頭後壁、口蓋垂(舌咽・迷走神経)。 ・末梢性顔面神経麻痺: 患側の口角が下垂する。 ・副神経障害: 胸鎖乳突筋の麻痺により健側への頸部回旋力が低下する。僧帽筋の麻痺により患側の肩が下垂し、挙上力も低下する。
