二重に見えるのは「目がずれる」から―複視を起こす経路、起こさない経路
第118回医師国家試験 F問題 第32問
国試問題にチャレンジ
複視をきたす疾患はどれか。2つ選べ。
- a.視神経炎
- b.甲状腺眼症
- c.滑車神経麻痺
- d.顔面神経麻痺
- e.Horner症候群
対話形式の解説
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医学生
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ドクターまとめ
両眼性複視は左右の眼位のずれによって生じ、動眼・滑車・外転神経、神経筋接合部、外眼筋、眼窩という眼球運動の経路の障害で起こります。滑車神経麻痺では上斜筋が働かず患眼が上斜視・外方回旋となり、下方視や健側視で複視が強まり、頭を健側に傾ける代償頭位をとります。甲状腺眼症では外眼筋(特に下直筋、次いで内直筋)の肥大・線維化で運動が制限され、上方視で複視が目立ちます。一方、視神経炎は視力低下や中心暗点、顔面神経麻痺は閉瞼不全、Horner症候群は縮瞳・軽度眼瞼下垂・発汗低下をきたしますが、眼球運動は保たれるため複視は起こしません。「見る経路」と「動かす経路」を区別して考える習慣は、動脈瘤による動眼神経麻痺や重症筋無力症など、見逃してはならない疾患を拾い上げる臨床推論の基本になります。
解答・解説
正解はb, cです
複視とは、一つの物が二つに見える症状である。両眼で見たときにだけ生じ片眼を閉じると消える「両眼性複視」と、片眼だけでも二重に見える「単眼性複視」に分けられる。神経・眼科領域で問題になるのは主に両眼性複視で、その本質は左右の眼の視線(眼位)がずれることにある。左右の網膜の対応しない部位に同じ像が映るため、脳が二つの像として認識してしまう。 したがって両眼性複視をきたす疾患は、眼球運動の経路のどこかが障害されるものである。経路を上流から並べると、①眼球運動をつかさどる脳神経(動眼神経・滑車神経・外転神経)とその核・核上性経路、②神経筋接合部(重症筋無力症など)、③外眼筋そのもの(甲状腺眼症、外眼筋炎など)、④眼窩内の機械的要因(眼窩吹き抜け骨折での筋の嵌頓、眼窩腫瘍など)となる。 本問では各選択肢を「眼球運動の経路に関わるかどうか」で判断すればよい。視力・視野の経路(視神経)、顔面の表情筋や閉瞼(顔面神経)、瞳孔と瞼板筋(交感神経)の障害は、いずれも眼位のずれを起こさないので、原則として複視は生じない。
選択肢考察
- ×a. 視神経炎
視神経炎は視神経の炎症性・脱髄性疾患で、障害されるのは視覚情報の伝導路である。急性〜亜急性の視力低下、中心暗点などの視野障害、色覚異常(特に赤色が褪せて見える)、眼球運動時の眼球後部痛、相対的瞳孔求心路障害(RAPD:患眼にペンライトを当てると縮瞳が弱く見える現象)を生じる。眼球を動かす神経や筋は障害されないため眼位はずれず、複視はきたさない。多発性硬化症や視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)の初発症状となることがある。
- ○b. 甲状腺眼症
甲状腺眼症は、Basedow病(Graves病)などの自己免疫性甲状腺疾患に伴う眼窩組織の自己免疫性炎症である。TSH受容体抗体などが眼窩の線維芽細胞に作用し、外眼筋の肥大や眼窩脂肪の増生を起こす。肥大・線維化した外眼筋は伸展しにくくなるため眼球運動が制限され、眼位がずれて複視が生じる。障害されやすい筋は下直筋が最も多く、次いで内直筋である。下直筋が硬くなると上方視が制限され、上方を見たときに複視が強くなる。その他の症状として眼球突出、上眼瞼後退(瞼裂開大)、眼瞼腫脹、結膜充血などがある。評価には眼窩MRIやCTでの外眼筋肥大の確認が有用である。
- ○c. 滑車神経麻痺
滑車神経(第IV脳神経)は上斜筋のみを支配する。上斜筋は眼球を内方回旋(眼球の上端を鼻側へ傾ける回旋)させ、内転位にある眼球を下転させる働きをもつ。麻痺すると患眼は上斜視となり、外方回旋も伴う。このため上下方向にずれた像や傾いた像が見える垂直・回旋性の複視が生じ、特に下方視(階段を降りる、読書をする)や健側を見たときに強くなる。患者は複視を軽くするために、頭を健側へ傾ける代償的な頭位をとることが多い。患側へ頭を傾けると上斜視が増強する所見(Bielschowsky頭部傾斜試験陽性)が診断に役立つ。原因としては頭部外傷、先天性、微小血管障害(糖尿病など)が多い。
- ×d. 顔面神経麻痺
顔面神経(第VII脳神経)は表情筋の運動、涙腺・顎下腺・舌下腺の分泌、舌前2/3の味覚、アブミ骨筋などを担う。眼の周囲で障害されるのは眼輪筋で、閉瞼不全(兎眼)が起こり、角膜乾燥や兎眼性角膜炎の原因となる。しかし外眼筋は動眼・滑車・外転神経の支配であり、顔面神経は関与しないため、眼球運動障害や複視は起こらない。
- ×e. Horner症候群
Horner症候群は、視床下部から脳幹・頸髄・上部胸髄を経て交感神経幹・頸動脈周囲を通り眼に至る眼交感神経路のどこかが障害されて生じる。古典的三徴は縮瞳、軽度の眼瞼下垂(Müller筋=瞼板筋の麻痺による)、病側顔面の発汗低下である。眼瞼下垂と下眼瞼の挙上で瞼裂が狭くなるため、眼球が奥に引っ込んだように見える(見かけ上の眼球陥凹)。瞳孔不同は散瞳が遅れる暗所でより目立つ。外眼筋の運動は障害されないため、複視はきたさない。動眼神経麻痺では眼瞼下垂に複視と散瞳を伴うのに対し、Horner症候群では眼瞼下垂が軽く、縮瞳を伴い、複視がない点で鑑別できる。
眼球運動にかかわる脳神経と外眼筋
・動眼神経(III):上直筋、下直筋、内直筋、下斜筋、上眼瞼挙筋。副交感神経線維として瞳孔括約筋・毛様体筋も支配する。麻痺すると眼球は外下方へ偏位し、高度の眼瞼下垂、散瞳を伴う。散瞳を伴う急性の動眼神経麻痺では内頸動脈-後交通動脈分岐部動脈瘤による圧迫を疑い、緊急に精査する。瞳孔障害を伴わない場合は糖尿病などの微小血管障害が多い。 ・滑車神経(IV):上斜筋。麻痺すると患眼は上斜視となり、外方回旋を伴う。 ・外転神経(VI):外直筋。麻痺すると内斜視となり、患側を見たときに水平方向の複視が強くなる。頭蓋内圧亢進で偽局在徴候として生じることがある。
両眼性複視をきたす主な原因
・脳神経麻痺:動眼・滑車・外転神経麻痺(動脈瘤、微小血管障害、外傷、腫瘍、海綿静脈洞病変など) ・核上性・核間性障害:内側縦束症候群(MLF症候群)など ・神経筋接合部:重症筋無力症(症状が夕方や疲労時に増悪する日内変動・易疲労性が特徴) ・外眼筋:甲状腺眼症、眼窩筋炎 ・機械的要因:眼窩吹き抜け骨折(下直筋の嵌頓による上転障害など)、眼窩腫瘍 ・その他:加齢に伴い外眼筋の走行を支える眼窩プリー(眼窩内の結合組織性の滑車構造)がゆるんで生じるサギングアイ症候群、スマートフォンなどの近見作業の過剰に関連した急性後天共同性内斜視など
単眼性複視
片眼でも二重に見える場合は、白内障、乱視、角膜不整、水晶体偏位など眼球内部の光学的異常を考え、神経疾患とは区別する。
POINT
・両眼性複視は眼位のずれによって生じ、眼球運動の経路(III・IV・VI脳神経、神経筋接合部、外眼筋、眼窩)の障害で起こる。 ・甲状腺眼症:外眼筋肥大(下直筋>内直筋)による運動制限で複視をきたす。 ・滑車神経麻痺:上斜筋麻痺で患眼が上斜視・外方回旋となり、下方視や健側視で複視が強い。頭を健側に傾ける。 ・視神経炎は視力低下・中心暗点・RAPD、顔面神経麻痺は閉瞼不全、Horner症候群は縮瞳・軽度眼瞼下垂・発汗低下で、いずれも複視は起こさない。
