妊娠しても血圧は上がらない―「誤り」を見抜くための妊娠の生理学
第99回医師国家試験 D問題 第102問
国試問題にチャレンジ
正常妊娠で誤っているのはどれか。
- a.妊娠反応は尿中hCGを検出する検査である。
- b.超音波検査で受精4週後に胎囊が観察できる。
- c.血圧は上昇する。
- d.空腹時血糖値は低下する。
- e.妊娠34週のノンストレステスト〈NST〉で一過性頻脈を認める。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
正常妊娠では循環血液量や心拍出量が大きく増えますが、プロゲステロンや一酸化窒素などによる血管拡張と低抵抗の胎盤循環により末梢血管抵抗が下がるため、血圧は上昇せず、妊娠中期にむしろ軽く低下します。妊娠20週以降に140/90mmHg以上となれば妊娠高血圧症候群を考えます。妊娠反応は尿中hCGを検出する検査で妊娠4週ごろに陽性となり、胎囊は経腟超音波で妊娠5週ごろに確認でき、受精後4週は妊娠6週に相当します。糖代謝では胎児へのブドウ糖供給により空腹時血糖は低下し、hPLなどによるインスリン抵抗性で食後血糖は上がりやすくなります。NSTで一過性頻脈を認めれば胎児の状態は良好と判断でき、こうした妊娠特有の生理的変化を理解しておくことは、妊婦の検査値や異常を正しく評価する土台になります。
解答・解説
正解はcです
本問は、正常妊娠で起こる母体の生理的変化と、妊娠の診断・胎児評価に使う検査についての基本知識を問う「誤っているもの」を選ぶ問題である。
考え方
選択肢は大きく次の3つに分けられる。 (1) 妊娠の診断に関するもの: 尿中hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)による妊娠反応と、超音波検査で胎囊(gestational sac: GS)が見えてくる時期。 (2) 母体の生理的変化: 血圧と糖代謝。 (3) 胎児の健康状態(well-being)の評価: ノンストレステスト(NST)。 妊娠週数は最終月経の初日を0週0日として数え、排卵・受精はおよそ妊娠2週0日ごろに起こる。したがって「受精後○週」は「妊娠(○+2)週」に相当する。この換算を押さえておくと、超音波所見の時期を判断しやすい。 母体の循環は、循環血液量や心拍出量が大きく増える一方で、プロゲステロンなどによる血管平滑筋の弛緩で末梢血管抵抗が大きく低下する。そのため正常妊娠では血圧は上がらず、むしろ妊娠中期に軽く下がる。正常妊娠で「血圧が上昇する」とするのは誤りであり、妊娠20週以降に高血圧が現れた場合は妊娠高血圧症候群を疑う。 糖代謝では、胎児へのブドウ糖供給が続くため空腹時血糖は低めになり、胎盤ホルモンによるインスリン抵抗性のため食後血糖は上がりやすい。この二面性を理解しておくことが大切である。
選択肢考察
- ×a. 妊娠反応は尿中hCGを検出する検査である。
記述は正しい。受精卵は妊娠3週ごろに子宮内膜へ着床し、着床とほぼ同時に絨毛の合胞体栄養膜細胞がhCGを分泌し始める。hCGは血中に入った後、尿中にも排泄される。この尿中hCGを免疫学的に検出するのが妊娠反応である。市販の検査薬の多くは感度がおおむね25〜50 IU/L程度であり、妊娠4週(次の月経予定日ごろ)にはほぼ確実に陽性になる。hCGは妊娠黄体を維持して、プロゲステロンの分泌を続けさせる働きをもつ。
- ×b. 超音波検査で受精4週後に胎囊が観察できる。
記述は正しい。経腟超音波では、胎囊は妊娠4週後半〜5週ごろから子宮内に描出され、妊娠5週にはほぼ全例で確認できる。受精は妊娠2週ごろに起こるので、受精後4週は妊娠6週に相当する。この時期の胎囊は直径約2cm前後まで大きくなり、明瞭に観察できる。さらに妊娠6週ごろには胎芽と胎児心拍も確認できるようになる。「受精後」と「妊娠週数」の違いを見落とすと判断を誤るので注意する。
- ○c. 血圧は上昇する。
記述が誤りなので、本問の正解である。妊娠中は循環血液量が非妊時より約40〜50%増え、心拍出量も30〜50%増える。しかし、プロゲステロンやエストロゲン、一酸化窒素(NO)、プロスタサイクリンなどによる血管拡張作用で全身の血管抵抗が下がり、さらに低抵抗の胎盤循環が加わる。その結果、血圧は上昇しない。拡張期血圧を中心に妊娠中期(おおむね妊娠16〜24週ごろ)に最も低くなり、妊娠末期にかけて非妊時の値に戻っていく。妊娠末期にわずかに上昇傾向を示すが、あくまで非妊時レベルへ戻る程度である。妊娠20週以降に収縮期血圧140mmHg以上または拡張期血圧90mmHg以上となった場合は、妊娠高血圧症候群として扱う。
- ×d. 空腹時血糖値は低下する。
記述は正しい。胎児は母体から胎盤を通るブドウ糖を主なエネルギー源としており、ブドウ糖は妊娠中ずっと胎児へ運ばれ続ける。そのため母体の空腹時血糖は非妊時より10〜20mg/dL程度低くなり、空腹時にはケトン体もできやすい(飢餓の促進)。一方、妊娠中期以降は胎盤から出るhPL(ヒト胎盤性ラクトーゲン)、プロゲステロン、コルチゾールなどによりインスリン抵抗性が強まり、食後血糖は上がりやすくなる。膵β細胞が十分にインスリンを増やせない妊婦では、妊娠糖尿病(GDM)が起こる。
- ×e. 妊娠34週のノンストレステスト〈NST〉で一過性頻脈を認める。
記述は正しい。NSTは子宮収縮のない状態で胎児心拍数を記録し、胎動に伴う一過性頻脈(心拍数が一時的に上がること)の有無を見る検査である。一過性頻脈は、胎動や外からの刺激で胎児の交感神経が一時的に強く働くことで起こる。自律神経による心拍調節は妊娠後期に成熟し、妊娠32週以降では「基線から15bpm以上上昇し、15秒以上続く」一過性頻脈がはっきり見られるようになる。一過性頻脈が20分間に2回以上あればreactive(反応性)と判定し、胎児の状態が良好と評価する。したがって、正常な妊娠34週の胎児では一過性頻脈を認めるのが普通である。低酸素状態などの胎児機能不全では、この反応が乏しくなる。
妊娠による主な母体の生理的変化
・循環: 循環血液量は約40〜50%増え、妊娠32週前後で最大になる。心拍出量は約30〜50%増え、心拍数は10〜15/分ほど増える。末梢血管抵抗は下がり、血圧は妊娠中期に最も低くなる。仰臥位では増大した子宮が下大静脈を圧迫し、仰臥位低血圧症候群を起こすことがある。 ・血液: 血漿量の増え方が赤血球量の増え方を上回るため、ヘモグロビン濃度が下がる(生理的な水血症・希釈性貧血)。凝固因子(フィブリノゲンなど)は増え、血栓ができやすい状態になる。 ・呼吸: プロゲステロンが呼吸中枢を刺激して1回換気量と分時換気量が増え、PaCO2は30mmHg前後まで下がる(代償された呼吸性アルカローシス)。 ・腎: 腎血漿流量と糸球体濾過量(GFR)は約50%増え、血清クレアチニンや尿素窒素(BUN)は低めになる。 ・糖代謝: 空腹時血糖は下がり、食後血糖は上がりやすく、インスリン抵抗性が強まる。
妊娠初期の診断の目安
・尿中hCG陽性: 妊娠4週ごろ ・胎囊: 経腟超音波で妊娠4週後半〜5週 ・胎児心拍: 妊娠6週ごろ(遅くとも妊娠7〜8週までに確認) ・頭殿長(CRL): 妊娠8〜11週ごろに測定し、分娩予定日の修正に用いる
NSTの判定
・reactive(反応性): 20分間に2回以上の一過性頻脈がある。胎児の状態は良好と判断する。 ・non-reactive(非反応性): 40分以上観察しても基準を満たさない。胎児の睡眠周期(約20〜40分)の影響もありうるため、音響刺激や延長観察、BPS(biophysical profile score)などで再評価する。 ・妊娠32週未満では、10bpm以上・10秒以上の上昇を一過性頻脈とする基準も用いられる。
POINT
・正常妊娠では末梢血管抵抗が下がるため、血圧は上昇せず、妊娠中期にむしろ軽く下がる。妊娠20週以降に140/90mmHg以上なら妊娠高血圧症候群を考える。 ・空腹時血糖は下がり、食後血糖は上がりやすい(hPLなどによるインスリン抵抗性)。 ・妊娠反応は尿中hCGを検出する検査で、妊娠4週ごろに陽性になる。 ・胎囊は妊娠5週ごろに見える。受精後4週=妊娠6週と換算する。 ・NSTで一過性頻脈が見られれば、胎児の状態は良好(reactive)と判断する。
