StudyMed医師国家試験

妊娠末期に「下がる」のはどれ?―プロゲステロンが呼吸を変える母体の生理

第120回医師国家試験 C問題 第3問

国試問題にチャレンジ

第120回 C問題 第3問

健常な妊婦において,妊娠初期に比し妊娠末期で生理的に低下するのはどれか。

  1. a.PaCO2
  2. b.心拍出量
  3. c.腎血流量
  4. d.インスリン抵抗性
  5. e.血漿フィブリノゲン

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、妊娠に伴う母体の生理的変化を問う問題だ。妊娠中は呼吸・循環・腎・代謝・凝固のあらゆる系統が変化するけれど、その多くは「増える」方向に動く。その中で「下がる」ものを見抜けるかがポイントになる。まず、それぞれの項目が妊娠でどちらに動くか、ざっと考えてみよう。
医学生医学生
心拍出量や腎血流量は増えるイメージがあります。でも妊娠末期には子宮が大きくなって圧迫されるので、どこかで下がるものもありそうで迷います。
ドクタードクター
いいところに気づいたね。その「圧迫」のイメージが今回のひっかけになりやすい。まず正解から言うと、生理的に低下するのはPaCO2だ。なぜ下がるか分かるかな。
医学生医学生
呼吸が速くなるからでしょうか。子宮で横隔膜が押し上げられて息苦しくなるので、呼吸数が増えるのかと思いました。
ドクタードクター
惜しい。実は呼吸数はあまり変わらず、増えるのは主に1回換気量なんだ。黄体や胎盤から出るプロゲステロンが呼吸中枢のCO2に対する感受性を高めるため、分時換気量が非妊娠時の3〜5割ほど増える。その結果CO2が多めに吐き出され、PaCO2は非妊娠時の約40mmHgから、妊娠末期には30mmHg前後まで下がる。
医学生医学生
換気が増えてCO2が下がるなら、呼吸性アルカローシスになりますよね。生理学の酸塩基平衡の講義を思い出しました。
ドクタードクター
その通り。ただ腎臓が重炭酸イオンの排泄を増やして代償するから、pHは7.40〜7.45程度の軽いアルカリ側にとどまる。代償性の呼吸性アルカローシスだね。しかも母体のPaCO2が低いと、胎盤で胎児側から母体側へCO2が移動しやすくなる。胎児のCO2排出を助ける合目的な変化なんだ。
医学生医学生
なるほど、赤ちゃんのためでもあるんですね。では、横隔膜の挙上は何に影響するんですか。
ドクタードクター
機能的残気量や残気量が減るんだ。肺の容量そのものは押されて小さくなるけれど、1回換気量が増えるから換気は保たれる。肺活量はほぼ不変と覚えておこう。では次に、心拍出量はどうかな。
医学生医学生
循環血液量が増えるので心拍出量も増えるはずです。でも臨床実習の産婦人科で、仰臥位で妊婦さんが気分不良になるのを見ました。あれは心拍出量が落ちているんですよね。
ドクタードクター
よく覚えていたね。あれは仰臥位低血圧症候群で、大きくなった子宮が下大静脈を圧迫して静脈還流が減り、一時的に心拍出量が落ちる現象だ。でもそれは体位による変化で、「生理的に低下する」とは言わない。基本的には循環血液量が4〜5割増え、心拍数も上がるので、心拍出量は妊娠28〜32週ごろに最大となり、その後も高値を保つ。
医学生医学生
腎血流量はどうでしょう。末期にはピークよりやや下がると聞いたことがあって、そこで迷いました。
ドクタードクター
鋭いね。確かに腎血漿流量は妊娠中期にピークを迎え、末期にはやや減るとされる。でも非妊娠時よりは明らかに高く、増加した状態が続いている。GFRも約5割増えるから、血清クレアチニンや尿素窒素はむしろ低めになる。妊婦でクレアチニンが非妊娠時の基準値上限に近いと、腎機能低下を疑うきっかけになるんだ。
医学生医学生
インスリン抵抗性は、妊娠糖尿病の原因になるくらいなので上がる方向ですね。
ドクタードクター
そう。胎盤から出るヒト胎盤性ラクトーゲンやプロゲステロン、コルチゾールなどの影響で、妊娠中期以降にインスリン抵抗性が強まり、末期に最も強くなる。母体の糖利用を抑えて胎児にブドウ糖を回すための変化だけど、膵β細胞の代償が追いつかないと妊娠糖尿病になる。妊娠中期に糖負荷試験でスクリーニングするのはこのためだね。
医学生医学生
フィブリノゲンも、分娩時の出血に備えて増えるんでしたっけ。
ドクタードクター
正解。エストロゲンの作用で肝臓での凝固因子産生が増え、フィブリノゲンは妊娠末期に400〜600mg/dL程度まで上がる。出血への備えになる一方で、凝固亢進は深部静脈血栓症や肺血栓塞栓症のリスクにもなる。逆に、分娩時の大量出血でフィブリノゲンが低いと、産科DICの重要なサインになる。
医学生医学生
結局、選択肢の中で下がるのはPaCO2だけで、他は全部増える方向なんですね。
ドクタードクター
そのとおり。臨床的な注意点も押さえておこう。妊婦の血液ガスではPaCO2 30mmHg前後が正常なので、非妊娠時の感覚で40mmHgを「正常」と判断すると危ない。喘息発作の妊婦でPaCO2が40mmHgなら、相対的なCO2貯留、つまり呼吸不全が迫っている可能性を考えるべきなんだ。
医学生医学生
基準値自体が変わっているから、妊婦さんの検査値は妊娠中の正常を基準に読まないといけないんですね。Hbが下がる水血症も同じ発想ですか。
ドクタードクター
まさにそう。血漿量の増加が赤血球の増加を上回るのでHbやHtは希釈で下がる。血清クレアチニンも低めになる。妊婦の検査値は「妊娠でどちらに動くか」を知ったうえで解釈することが、救急や内科で妊婦を診るときにも役立つよ。

まとめ

妊娠中はプロゲステロンが呼吸中枢のCO2感受性を高め、主に1回換気量の増加によって分時換気量が増えるため、PaCO2は妊娠末期に30mmHg前後まで低下し、腎性代償を伴う軽度の呼吸性アルカローシスとなります。一方、心拍出量は循環血液量と心拍数の増加により妊娠28〜32週ごろ最大となり、腎血流量・GFRも非妊娠時より高値を保ち、インスリン抵抗性はhPLなどの胎盤ホルモンで中期以降に増大し、フィブリノゲンはエストロゲンの作用で増加します。仰臥位低血圧症候群のような体位による一時的な心拍出量低下と、生理的変化を区別することが大切です。妊婦ではPaCO2 40mmHgが相対的なCO2貯留を意味しうるなど、検査値を妊娠中の基準で読む必要があり、これらの生理的変化の理解は妊婦の救急・内科診療の基盤となります。

解答・解説

正解はaです

テーマ

妊娠中の母体は、胎児・胎盤への酸素と栄養の供給、分娩時の出血への備えなどのため、呼吸・循環・腎・代謝・凝固の各系統で大きく変化する。これらの変化の多くは妊娠初期から始まり、妊娠の進行に伴って強まる。本問では、妊娠初期と比べて妊娠末期に「生理的に低下する」ものを選ぶ。

考え方

選択肢のうち、心拍出量・腎血流量・インスリン抵抗性・血漿フィブリノゲンは、いずれも妊娠によって増加または亢進する方向に変化する項目である。 一方、呼吸器系では、プロゲステロンが呼吸中枢のCO2に対する感受性を高めるため、主に1回換気量が増えて分時換気量が増加する(非妊娠時の約30~50%増)。換気が亢進するとCO2が過剰に排出され、PaCO2は低下する。この変化は妊娠初期から始まり、妊娠の進行とともに換気量が増えるため、妊娠末期にはPaCO2が30mmHg前後まで下がる。腎臓が重炭酸イオン(HCO3-)の排泄を増やして代償するため、pHは軽度アルカリ側(7.40~7.45程度)にとどまる代償性の呼吸性アルカローシスとなる。 したがって、妊娠末期に生理的に低下するのはPaCO2である。

選択肢考察

  1. ○a.  PaCO2

    プロゲステロンの呼吸中枢刺激作用により分時換気量が増加し、PaCO2は非妊娠時の約40mmHgから妊娠末期には30mmHg前後に低下する。母体のPaCO2が低いことで胎児側から母体側へCO2が移動しやすくなり、胎児のCO2排出に有利に働く。増大した子宮により横隔膜が挙上して機能的残気量(FRC)や残気量は減少するが、1回換気量の増加によって換気は保たれる。

  2. ×b.  心拍出量

    循環血液量の増加(非妊娠時の約40~50%増、血漿量の増加が主体)による前負荷の増大と、心拍数の増加(約10~20/分増)により、心拍出量は妊娠初期から増加する。妊娠中期~28~32週ごろに最大となり、非妊娠時の30~50%増に達し、その後も高値が保たれる。末梢血管抵抗が低下するため、血圧は妊娠中期にやや下がる。なお、妊娠末期に仰臥位をとると増大した子宮が下大静脈を圧迫して静脈還流が減り、心拍出量が低下して仰臥位低血圧症候群を起こすことがあるが、これは体位による一時的な変化である。

  3. ×c.  腎血流量

    腎血漿流量は妊娠初期から急速に増加し、妊娠中期には非妊娠時の50~80%増に達する。妊娠末期にはピーク時よりやや減少するとされるが、非妊娠時よりも明らかに高値を保っており、生理的に低下する項目とはいえない。糸球体濾過量(GFR)も約50%増加するため、血清クレアチニンや尿素窒素は非妊娠時より低値となる。

  4. ×d.  インスリン抵抗性

    妊娠中期以降、胎盤から分泌されるヒト胎盤性ラクトーゲン(hPL)、プロゲステロン、エストロゲン、コルチゾール、プロラクチンなどの作用によりインスリン抵抗性が増大し、妊娠末期に最も強くなる。母体の糖利用を抑えて胎児へのブドウ糖供給を確保する合目的な変化だが、膵β細胞のインスリン分泌増加で代償しきれないと妊娠糖尿病を発症する。妊娠初期はむしろインスリン感受性が保たれ、つわりも重なって低血糖傾向となることがある。

  5. ×e.  血漿フィブリノゲン

    妊娠中はエストロゲンの作用で肝臓での凝固因子の産生が増え、フィブリノゲンや第Ⅶ・Ⅷ・Ⅹ因子などが増加する。フィブリノゲンは非妊娠時の約200~400mg/dLから妊娠末期には400~600mg/dL程度に上昇する。分娩時の出血に備える変化であるが、凝固能亢進は妊娠中・産褥期の深部静脈血栓症や肺血栓塞栓症の一因となる。逆に分娩時大量出血の際にフィブリノゲンが低値であることは、産科DIC(播種性血管内凝固)の重要な徴候となる。

妊娠に伴う主な生理的変化(非妊娠時との比較)

呼吸器系:分時換気量↑(主に1回換気量↑)、機能的残気量↓、残気量↓、肺活量はほぼ不変、PaCO2↓、PaO2はやや↑、HCO3-↓(代償性呼吸性アルカローシス)、酸素消費量↑ 循環器系:循環血液量↑(約40~50%)、心拍数↑、1回拍出量↑、心拍出量↑、末梢血管抵抗↓、血圧は中期に軽度↓ 血液系:血漿量の増加が赤血球量の増加を上回るためHb・Htは低下する(水血症、妊娠性貧血)。白血球数は増加する。 腎・泌尿器系:腎血漿流量↑、GFR↑、血清クレアチニン↓、尿素窒素↓、尿糖が出やすくなる(糖の再吸収閾値低下)、プロゲステロンの平滑筋弛緩作用と子宮の圧迫で尿管・腎盂が拡張する(特に右側) 代謝系:インスリン抵抗性↑(中期以降)、空腹時血糖はやや低め、食後血糖は上昇しやすい、総コレステロール・中性脂肪↑ 凝固系:フィブリノゲン↑、多くの凝固因子↑、プロテインS↓、線溶能↓(凝固亢進状態)、血小板数は不変~軽度↓

妊娠中の血液ガスの目安

PaCO2は30mmHg前後が正常範囲であり、非妊娠時の基準値(35~45mmHg)を当てはめると、妊婦のPaCO2 40mmHgは相対的なCO2貯留を意味しうる。喘息発作など呼吸器疾患の妊婦を評価する際に注意が必要である。

POINT

・妊娠ではプロゲステロンにより分時換気量が増加し、PaCO2は低下する(代償性呼吸性アルカローシス) ・循環血液量・心拍出量・心拍数は増加し、心拍出量は妊娠28~32週ごろに最大となる ・腎血流量・GFRは増加し、血清クレアチニンは低下する ・インスリン抵抗性は胎盤ホルモン(hPLなど)により妊娠中期以降に増大し、妊娠糖尿病の原因となる ・フィブリノゲンなど凝固因子は増加し、血栓症のリスクが高まる ・Hb・Htは希釈により低下する

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。