StudyMed医師国家試験

増えるものばかりの妊娠末期―ただ一つ「薄まって下がる」値を見抜け

第118回医師国家試験 C問題 第3問

国試問題にチャレンジ

第118回 C問題 第3問

妊娠末期に非妊娠時と比較し低下するのはどれか。

  1. a.心拍数
  2. b.白血球数
  3. c.糸球体濾過量
  4. d.インスリン抵抗性
  5. e.ヘマトクリット値

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、妊娠による母体の生理的変化を問う問題だ。妊娠中の体は、胎児と胎盤に血液や栄養を届け、分娩時の出血にも備えるために大きく作り変えられる。着眼点は「ほとんどの指標は増える方向に動く中で、何が下がるのか」という一点だよ。
医学生医学生
産婦人科の講義で「妊娠すると循環血液量が増える」とは習いました。血液が増えるなら、だいたいの値は上がりそうな気がします。
ドクタードクター
いい出発点だね。妊娠末期には循環血液量が非妊娠時の約40〜50%も増える。これを送り出すために心拍出量が増え、腎臓へ流れる血液も増える。まずはこの「血液量の増加」を軸に、各選択肢を整理していこう。心拍数はどうかな。
医学生医学生
血圧は妊娠中に下がると聞いたので、心拍数も落ち着く方向かと一瞬思いました。
ドクタードクター
そこは混同しやすいところだ。血圧、特に拡張期血圧が妊娠中期に下がるのは、プロゲステロンなどの影響で末梢血管抵抗が低下するからなんだ。一方、心拍出量は1回拍出量×心拍数で決まり、増えた血液を送り出すために両方とも増える。妊娠末期の心拍数は非妊娠時より10〜15/分ほど多くなるよ。
医学生医学生
血管がゆるんで抵抗が下がる分、ポンプはむしろ頑張っているわけですね。白血球数はどうでしょう。
ドクタードクター
白血球数は主に好中球が増えて上昇し、妊娠末期には1万/μL前後になることも珍しくない。分娩時や産褥早期にはさらに上がる。だから妊婦さんの白血球増多だけを見て、すぐ感染症と決めつけないことが大切なんだ。
医学生医学生
臨床実習で産科を回ったとき、産後の採血で白血球が高くて驚いたのを思い出しました。生理的な変化だったんですね。
ドクタードクター
そう、知らないと不要な検査や抗菌薬につながりかねない。次は糸球体濾過量だ。
医学生医学生
腎臓への血流が増えるなら、糸球体濾過量も増えますよね。
ドクタードクター
その通り。腎血漿流量が増え、糸球体濾過量は妊娠初期から約50%増加する。その結果、血清クレアチニンや尿素窒素は非妊娠時より低めになる。ここで臨床的に大事なのは、非妊娠時なら正常範囲のクレアチニン値でも、妊婦さんでは腎機能低下を示していることがあるという点だよ。
医学生医学生
基準値を妊婦さん用に読み替えないといけないんですね。インスリン抵抗性は、妊娠糖尿病があるくらいなので上がるはずです。
ドクタードクター
正解。妊娠中期以降、胎盤から出るヒト胎盤性ラクトゲンを中心に、プロゲステロンやコルチゾールなどの作用でインスリン抵抗性が高まる。母体の糖の利用を抑えて、胎児へブドウ糖を回すための合目的な変化なんだ。インスリン分泌の増加で補いきれないと妊娠糖尿病になる。
医学生医学生
となると、残るヘマトクリット値が下がるということですか。でも赤血球も増えているんですよね。
ドクタードクター
鋭い疑問だね。ここが本問の核心だ。赤血球量も約20〜30%増えるけれど、血漿量の増加は約40〜50%とそれ以上に大きい。だから血液全体が薄まり、ヘマトクリット値やヘモグロビン濃度は低下する。これを水血症、あるいは生理的貧血と呼ぶ。妊娠末期にはヘマトクリット値が30%台前半まで下がることも多いよ。
医学生医学生
「量」は増えても「濃度」は下がる、ということですね。生理学の講義で習った濃度と総量の違いが、ここで効いてくるとは思いませんでした。
ドクタードクター
まさにそこ。血液が薄まって粘稠度が下がることは、胎盤の血流を保つのにも役立つと考えられている。同じ希釈の理屈で、血漿アルブミン濃度も低下するし、血小板数も軽度低下することがある。
医学生医学生
ほかに妊娠中に下がるものも、まとめて覚えておいたほうがよさそうですね。
ドクタードクター
そうだね。末梢血管抵抗、拡張期血圧、血清クレアチニンと尿素窒素、それから呼吸ではプロゲステロンが呼吸中枢を刺激して換気が増えるため、動脈血二酸化炭素分圧が30 mmHg前後に下がる。大きくなった子宮が横隔膜を押し上げるので機能的残気量も減る。逆に凝固因子は増えて血栓症のリスクが上がるから、ここも臨床では見逃せない。
医学生医学生
生理的貧血があるなら、妊婦さんの貧血はどう判定するんですか。
ドクタードクター
いい質問だ。希釈でもともと値が下がる分、妊婦の貧血はWHOの基準でHb 11 g/dL未満、Ht 33%未満と、非妊娠時より低い値で定義されている。ただし妊娠中は鉄の需要も増えるので、この基準を下回る貧血の多くは鉄欠乏性貧血だ。「生理的だから大丈夫」と済ませず、基準を下回れば鉄剤などの対応を考える必要があるよ。

まとめ

妊娠末期には循環血液量が約40〜50%増加し、それに伴って心拍数・心拍出量、腎血漿流量・糸球体濾過量、白血球数、凝固因子が増加し、胎盤ホルモンの作用でインスリン抵抗性も高まります。一方、血漿量の増加が赤血球量の増加を上回るため血液が希釈され、ヘマトクリット値やヘモグロビン濃度は低下します(水血症・生理的貧血)。このほか、アルブミン濃度、血清クレアチニン・尿素窒素、末梢血管抵抗、拡張期血圧、動脈血二酸化炭素分圧、機能的残気量なども低下します。妊婦の貧血はHb 11 g/dL未満、Ht 33%未満と非妊娠時より低い基準で判定し、クレアチニンや白血球数も妊娠中の変化を踏まえて解釈する必要があります。「量」と「濃度」を区別して妊娠中の変化を理解することは、妊婦の検査値を正しく読み、異常を見逃さないための基本となります。

解答・解説

正解はeです

妊娠中の母体は、胎児と胎盤への血液・栄養の供給、分娩時の出血への備えのために、循環・血液・腎・代謝の各系が大きく変化する。本問は、それらの変化のうち妊娠末期に「低下する」ものを選ぶ問題である。

考え方

妊娠による変化の多くは「増える」方向である。循環血液量は妊娠末期に非妊娠時の約40〜50%増え、それを受けて心拍出量・心拍数・腎血漿流量・糸球体濾過量が増加する。血液では白血球数や凝固因子が増え、代謝面では胎盤ホルモンの作用でインスリン抵抗性が高まる。 一方で「下がる」ものの代表は、血液が薄まることで生じる値である。循環血漿量の増加(約40〜50%)が赤血球量の増加(約20〜30%)を上回るため、血液が希釈されてヘマトクリット値やヘモグロビン濃度が低下する(水血症、生理的貧血)。ほかに血漿アルブミン濃度、血清クレアチニン・尿素窒素、末梢血管抵抗、拡張期血圧(妊娠中期に最低)なども低下する。 したがって、5つの選択肢のうち低下するのはヘマトクリット値である。

選択肢考察

  1. ×a.  心拍数

    妊娠中は増えた循環血液量を送り出すため心拍出量が非妊娠時の約30〜50%増加する。心拍出量は1回拍出量×心拍数で決まり、1回拍出量とともに心拍数も上がる。妊娠末期の心拍数は非妊娠時より10〜15/分程度多くなる。低下ではなく増加するので誤りである。

  2. ×b.  白血球数

    妊娠中は主に好中球が増えるため白血球数が増加し、妊娠末期には1万/μL前後になることもまれではない。分娩時や産褥早期にはさらに上昇する。したがって妊娠中の白血球増多だけで感染症とは判断できない。増加するので誤りである。

  3. ×c.  糸球体濾過量

    循環血漿量と心拍出量が増えるため腎血漿流量が増え、糸球体濾過量(GFR:glomerular filtration rate)も妊娠初期から約50%増加する。その結果、血清クレアチニンや尿素窒素は非妊娠時より低値になる。非妊娠時なら正常範囲内のクレアチニン値でも、妊婦では腎機能低下を示している場合があるので注意する。GFRは増加するので誤りである。

  4. ×d.  インスリン抵抗性

    妊娠中期以降は、胎盤から分泌されるヒト胎盤性ラクトゲン(hPL:human placental lactogen)のほか、プロゲステロン、コルチゾール、プロラクチン、TNF-αなどの作用でインスリン抵抗性が増す。これは母体の糖利用を抑え、胎児へのブドウ糖供給を確保するための生理的な変化である。インスリン分泌の増加で補いきれないと妊娠糖尿病になる。抵抗性は増加するので誤りである。

  5. ○e.  ヘマトクリット値

    妊娠中は循環血漿量が約40〜50%増えるのに対し、赤血球量の増加は約20〜30%にとどまる。血漿の増え方の方が大きいため血液が希釈され(水血症、生理的貧血)、ヘマトクリット値は低下する。妊娠末期には30%台前半まで下がることも多く、ヘモグロビン濃度も同様に低下する。血液が薄まって粘稠度が下がることは胎盤の血流を保つのにも役立つ。正しい。

妊娠による主な生理的変化(妊娠末期、非妊娠時との比較)

増加するもの ・循環系:循環血液量(約40〜50%増)、循環血漿量、赤血球量(約20〜30%増)、心拍出量(約30〜50%増)、1回拍出量、心拍数(10〜15/分程度増) ・血液:白血球数(好中球優位)、フィブリノゲンなどの凝固因子(血液凝固能は亢進し、血栓症のリスクが上がる)、赤沈の亢進 ・腎:腎血漿流量、糸球体濾過量(約50%増) ・代謝・内分泌:インスリン抵抗性、インスリン分泌、血中脂質(総コレステロール、中性脂肪)、hPL・エストロゲン・プロゲステロン ・呼吸:1回換気量、分時換気量(プロゲステロンが呼吸中枢を刺激する) 低下するもの ・血液:ヘマトクリット値、ヘモグロビン濃度、血漿アルブミン濃度(希釈による)、血小板数(軽度低下) ・循環:末梢血管抵抗、血圧(特に拡張期で、妊娠中期に最低となり末期に非妊娠時の値に戻る) ・腎機能の指標:血清クレアチニン、尿素窒素、尿酸(初期〜中期) ・呼吸・酸塩基:動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2約30 mmHg前後、代償性の呼吸性アルカローシス)、機能的残気量(子宮による横隔膜挙上のため) ・消化管:胃腸の運動(プロゲステロンによる平滑筋の弛緩のため、便秘や胃食道逆流が起こりやすい)

生理的貧血と真の貧血

妊娠中は希釈によりヘモグロビン値が下がるため、妊婦の貧血はWHOの基準ではHb 11 g/dL未満、Ht 33%未満と、非妊娠時より低い値で定義されている。鉄需要も増えるため、妊娠中の貧血の多くは鉄欠乏性貧血である。

POINT

・妊娠中は循環血漿量の増加が赤血球量の増加を上回るため、水血症(生理的貧血)となりヘマトクリット値・ヘモグロビン濃度が低下する。 ・心拍数、心拍出量、白血球数、腎血漿流量、糸球体濾過量、インスリン抵抗性、凝固因子はいずれも増加する。 ・低下するもの:Ht・Hb、アルブミン、血清クレアチニン・BUN、末梢血管抵抗、PaCO2、機能的残気量。 ・インスリン抵抗性の増大には主にhPLが関与し、妊娠糖尿病の原因となる。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。