「検査で見つからないだけでは?」―保証が届かない不安、心気障害を見抜く
第99回医師国家試験 C問題 第20問
国試問題にチャレンジ
35歳の女性。心窩部の不快感を訴えて来院した。症状は1年以上続いており,既に4か所の病院を受診した。そのたび精密検査を受けたが症状を説明できる異常は認められなかった。しかし患者はこれまでの医師の説明に納得できず,「がんのような重い病気なのではないかと思う。検査でみつからないだけなのではないか。医師が隠しているのではないか」と疑い深く不安になっており,再度同じような精密検査を要求している。 最も考えられるのはどれか。
- a.うつ病
- b.不安障害
- c.薬物依存症
- d.統合失調症
- e.身体表現性障害〈心気障害〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
精密検査で異常がないにもかかわらず「がんなど重い病気にかかっている」という観念にとらわれ、医師の保証で安心できず、ドクターショッピングや検査の反復を求める場合は、身体表現性障害の一型である心気障害を考えます。鑑別では、抑うつ気分や興味の喪失があればうつ病、訂正不能な妄想や奇異な体感幻覚があれば統合失調症や妄想性障害、不安が多方面に浮動的なら全般性不安障害を疑い、不安が特定の疾患に固定している点が心気障害の決め手になります。現在はDSM-5で身体症状症・病気不安症に再編され、ICD-11では心気症が強迫症関連群に移されましたが、病気へのとらわれと保証の無効という本質は変わりません。対応は検査の反復を避け、一貫した主治医による受容的な関わりと認知行動療法を基本とします。身体疾患の見逃しに注意しつつ、患者の不安そのものに向き合う姿勢は、あらゆる診療科で役立つ臨床能力です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・35歳女性、心窩部不快感が1年以上持続している。 ・4か所の医療機関を受診し、そのたびに精密検査を受けたが、症状を説明できる器質的異常は見つかっていない。 ・医師の説明に納得せず、「がんのような重い病気ではないか」「検査で見つからないだけ」「医師が隠しているのでは」と疑い、不安を強めている。 ・同様の精密検査を再び求めている。
診断へのプロセス
まず、繰り返しの精査で異常がないことから、身体疾患で症状を説明することは難しい。そのうえで本例の中心にあるのは「症状そのもの」よりも「重大な病気にかかっているのではないか」という観念へのとらわれである。医学的に否定されても安心が得られず(保証の無効)、医療機関を渡り歩き(ドクターショッピング)、検査を繰り返し求めるという行動がそろっている。これは心気障害(心気症)の典型像である。 鑑別として押さえるべき点は次のとおりである。 ・抑うつ気分や興味・喜びの喪失といったうつ病の中核症状の記載はない。 ・不安は漠然と多方面に向かうのではなく、「特定の重い病気」に一貫して向いている。 ・薬物を求める行動はなく、要求しているのは検査である。 ・「医師が隠しているのでは」という疑いはあるが、訂正不能な妄想とまではいえず、ほかに幻覚や思考障害など統合失調症を示唆する所見もない。 以上より、身体表現性障害に含まれる心気障害が最も考えられる。
選択肢考察
- ×a. うつ病
うつ病の診断には、抑うつ気分または興味・喜びの喪失のどちらかが必須である。うつ病でも身体の不調(食欲低下、倦怠感、胃部不快感など)を訴えることは多く、重症例では「不治の病にかかっている」と確信する心気妄想がみられることもある。しかし本例には気分の落ち込み、意欲低下、睡眠障害、希死念慮といった症状の記載がなく、うつ病と診断する根拠に欠ける。
- ×b. 不安障害
全般性不安障害などの不安障害では、健康・仕事・家族など複数の事柄に対して漠然とした心配が浮動的に生じ、身体の病気についての心配も気にならない時期があるなど一定しない。本例の不安は「がんのような重大な疾患にかかっている」という特定の観念に固定しており、検査で否定されても消えず、検査の反復を要求している。このような病気へのとらわれは心気障害の特徴であり、不安障害よりも適切である。
- ×c. 薬物依存症
薬物依存症では、症状を強く訴えて依存対象の薬物(鎮痛薬、睡眠薬、抗不安薬など)の処方を求め続けるのが典型的である。本例が求めているのは薬物ではなく精密検査であり、薬物使用歴や離脱症状の記載もないため、該当しない。
- ×d. 統合失調症
統合失調症でも身体に関する訴えがみられることがあるが、その場合は「内臓が腐っている」などの奇異な内容を伴う体感幻覚や、訂正不能な妄想的確信として現れる。本例の「医師が隠しているのでは」という疑いは、検査結果に納得できない不安から生じたものであり、了解可能な範囲にとどまる。幻聴、思考障害、自我障害、陰性症状などの記載もなく、統合失調症は考えにくい。
- ○e. 身体表現性障害〈心気障害〉
心気障害は、身体の感覚や軽い症状を誤って解釈し、自分が重い病気にかかっている、あるいはかかるのではないかという観念に少なくとも6か月以上とらわれる状態である。医学的な検査や医師の説明で異常がないと示されても安心できず、別の医療機関を受診し、検査を繰り返し求める。本例は、1年以上続く心窩部不快感、4か所の病院での精査で異常なし、「がんではないか」という固執、医師の説明への不信、同じ検査の再要求がそろっており、心気障害の典型である。
身体表現性障害(ICD-10 F45)の主な病型
・身体化障害: 多彩な身体症状を長期間(2年以上)繰り返し訴える。症状そのものが訴えの中心である。 ・心気障害: 特定の重大な疾患(がん、心疾患など)にかかっているという観念へのとらわれが中心である。 ・身体表現性自律神経機能不全: 心臓・消化管・呼吸器など自律神経支配の臓器の症状を訴える。 ・持続性身体表現性疼痛障害: 説明できない持続的で強い疼痛が中心である。 なお、「身体表現性障害」という名称は旧来の分類に基づく。
現在の分類
・DSM-5(米国精神医学会の診断基準)では「身体症状症および関連症群」に再編された。身体症状が目立ち、それへのとらわれが強い場合は身体症状症、身体症状は軽いか無く、病気にかかっていることへの不安が中心の場合は病気不安症に分類される。 ・ICD-11(世界保健機関の国際疾病分類 第11版)では、心気症(hypochondriasis)は強迫症および関連症群に位置づけられている。
心気状態の鑑別
・うつ病: 抑うつ気分・興味の喪失を伴う。重症例では心気妄想(貧困妄想・罪業妄想とともに微小妄想の一つ)が出現する。 ・統合失調症: 奇異な体感幻覚や訂正不能な身体妄想を伴う。 ・妄想性障害(身体型): 身体に関する妄想が単一で持続し、訂正不能である。 ・全般性不安障害: 心配は多方面に及び浮動的である。 ・詐病・作為症: 意図的に症状をつくり出す点で異なる。
対応の原則
不必要な検査の反復は、病気への確信を強め、医原性の合併症も招くため避ける。一人の主治医が定期的に診察して受容的な関係を築き、症状による生活上の困難に焦点を当てる。認知行動療法が有効であり、抑うつや不安の合併があれば選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)などの薬物療法も検討する。
POINT
・検査で異常がない+重大な病気にかかっているという確信・不安+医師の保証が無効+ドクターショッピング → 心気障害 ・うつ病との鑑別: 抑うつ気分・興味の喪失の有無 ・統合失調症・妄想性障害との鑑別: 訂正不能な妄想や奇異な体感幻覚の有無 ・全般性不安障害との鑑別: 不安が特定の疾患に固定しているか、浮動的か ・対応は検査の反復を避け、一貫した主治医による受容的な関わりと認知行動療法が基本
