赤血球の中の小さな指輪―帰国後の高熱で「まずマラリア」を考える理由
第99回医師国家試験 A問題 第59問
国試問題にチャレンジ
23歳の男性。高熱を主訴に来院した。半年前,東アフリカに渡航し,2週前に帰国した。2日前から悪寒戦慄を伴う高熱が出現した。意識は清明。体温39.8℃。呼吸数28/分。脈拍112/分,整。血圧138/74mmHg。胸部に異常所見はない。腹部に肝・脾を触知しない。末梢血塗抹Giemsa染色標本を別に示す。 診断はどれか。

- a.黄熱病
- b.ラッサ熱
- c.デング熱
- d.マラリア
- e.ウエスト〈西〉ナイルウイルス感染症
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
熱帯・亜熱帯、特にサハラ以南のアフリカからの帰国後に発熱した患者では、急速に重症化しうる熱帯熱マラリアをまず疑い、除外することが最優先です。Giemsa染色の末梢血塗抹標本で赤血球内に輪状体(ring form)を認めればマラリアと診断でき、黄熱病・ラッサ熱・デング熱・ウエストナイルウイルス感染症はいずれもウイルス感染症のため塗抹標本で病原体は見えません。熱帯熱マラリアは脳マラリアや腎不全、DICなどの重症合併症をきたし、三日熱・卵形マラリアは肝内休眠体による再発があるためプリマキンで根治しますが、投与前にG6PD欠損の有無を確認します。1回の塗抹検査が陰性でも否定はできず、疑いが残れば繰り返し検査することが大切です。渡航歴の聴取と塗抹標本の鏡検という基本を押さえることが、輸入感染症の見逃しを防ぐ第一歩になります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・23歳男性。半年前から東アフリカに滞在しており、2週前に帰国した。 ・2日前から悪寒戦慄(強い寒気と全身のふるえ)を伴う高熱が出ている。体温39.8℃、脈拍112/分の頻脈、呼吸数28/分の頻呼吸がある。 ・意識は清明で、胸部所見はなく、肝脾腫も触れない。 ・末梢血塗抹Giemsa染色標本では、赤血球の中に輪のような形をした虫体(輪状体、ring form)がみられる。
診断へのプロセス
熱帯・亜熱帯地域からの帰国後に発熱した患者を診るときは、まずマラリアを否定することが最優先である。熱帯熱マラリアは治療が遅れると数日で重症化し、死に至ることがあるからである。サハラ以南のアフリカ(東アフリカを含む)は、熱帯熱マラリアが特に多い地域である。 本例は流行地に長く滞在し、帰国から約12日後に悪寒戦慄を伴う高熱で発症した。熱帯熱マラリアの潜伏期はおよそ1〜2週間とされ、経過と矛盾しない。ただし、帰国直前に感染した可能性を考えると、潜伏期が数日〜2週間程度のウイルス感染症(デング熱など)も時間経過だけでは完全には否定できない。したがって決め手は塗抹標本である。 末梢血の塗抹標本で赤血球内に原虫がみえるのは、選択肢のなかではマラリアだけである。Giemsa染色では、原虫の細胞質が青く、核(クロマチン)が赤紫色の点に染まり、指輪のような輪状体として認められる。これはマラリア原虫が赤血球に入り込んだ初期の姿(栄養体の若い段階)である。以上からマラリアと診断できる。
設問の考え方
選択肢はいずれも蚊などを介して流行地で感染しうる発熱性疾患であり、臨床症状だけで区別するのは難しい。しかし、マラリア以外の4疾患はウイルス感染症であり、光学顕微鏡で見る血液塗抹標本に病原体が写ることはない。「血液塗抹標本で赤血球内に病原体がみえる=原虫感染(マラリア、バベシア症など)」と結びつけられれば正解に至る。
選択肢考察
- ×a. 黄熱病
黄熱ウイルス(フラビウイルス科)による感染症で、ネッタイシマカなどの蚊が媒介し、アフリカや南米の熱帯地域で流行する。潜伏期は3〜6日程度と短い。重症例では肝障害による黄疸、出血傾向、腎不全をきたす。ウイルス感染症であるため、血液塗抹標本で赤血球内に病原体はみられない。診断はPCRによる遺伝子検出や抗体検査で行う。弱毒生ワクチンで予防でき、流行国への入国時に接種証明を求められることがある。
- ×b. ラッサ熱
ラッサウイルス(アレナウイルス科)による西アフリカの風土病で、宿主であるマストミス(野ネズミ)の排泄物や、患者の血液・体液との接触で感染する。潜伏期は1〜3週間程度(およそ7〜18日)である。発熱、咽頭痛、胸痛、出血症状などを示すウイルス性出血熱の一つで、感染症法の一類感染症に分類される。本例の渡航先は東アフリカであり、流行地とも合わない。ウイルス感染症なので塗抹標本に病原体は写らない。
- ×c. デング熱
デングウイルス(フラビウイルス科)による感染症で、ネッタイシマカやヒトスジシマカが媒介する。東南アジア・南アジア・中南米などで流行し、アフリカでも発生がある。潜伏期は通常4〜7日(最大2週間程度)。発熱、頭痛、眼窩後部痛、筋肉痛・関節痛、解熱前後の発疹が特徴で、血液検査では白血球減少や血小板減少がみられる。診断はNS1抗原、PCR、IgM抗体などで行う。ウイルスは塗抹標本では見えないため、赤血球内に輪状体を認める本例の所見とは合わない。
- ○d. マラリア
ハマダラカが媒介するマラリア原虫(Plasmodium属)の感染症である。流行地である東アフリカに滞在し、帰国後約2週で悪寒戦慄を伴う高熱が出現した経過は、マラリアの典型像に一致する。さらに、Giemsa染色した末梢血塗抹標本で赤血球内に輪状体(ring form)を認めることが診断の決め手となる。血液塗抹標本の鏡検はマラリア診断の基本であり、原虫の種類の鑑別や、赤血球の何%に原虫が寄生しているか(原虫寄生率)の算定にも用いられる。
- ×e. ウエスト〈西〉ナイルウイルス感染症
ウエストナイルウイルス(フラビウイルス科)による感染症で、鳥を自然宿主とし、主にイエカが媒介する。アフリカ、中東、欧州、北米などで発生がある。潜伏期は2〜14日程度で、感染者の多くは無症状か、発熱・頭痛・発疹などの軽い症状(ウエストナイル熱)で済むが、高齢者などではごく一部が髄膜炎・脳炎を起こす。診断は血清・髄液の抗体検査やPCRで行い、塗抹標本で病原体をみることはできない。
マラリアの概要
ヒトに感染する主なマラリア原虫は、熱帯熱マラリア原虫(P. falciparum)、三日熱マラリア原虫(P. vivax)、卵形マラリア原虫(P. ovale)、四日熱マラリア原虫(P. malariae)の4種である。近年は東南アジアでサル由来のP. knowlesiによるヒト感染も知られている。ハマダラカに刺されて体内に入った原虫(スポロゾイト)は、まず肝細胞で増え、その後赤血球に侵入して増殖と破壊を繰り返す。赤血球がまとまって壊れるときに悪寒戦慄と高熱が起こる。
種類ごとの特徴
・熱帯熱マラリア: 潜伏期はおよそ1〜2週。発熱周期は不規則なことが多い。あらゆる成熟段階の赤血球に寄生するため原虫寄生率が高くなりやすく、感染赤血球が微小血管に付着して、脳マラリア(意識障害・けいれん)、腎不全、肺水腫・急性呼吸窮迫症候群、重症貧血、低血糖、代謝性アシドーシス、播種性血管内凝固(DIC)などを起こす。塗抹標本では、1つの赤血球に複数の小さな輪状体が入る像や、核が2つある輪状体、バナナ(三日月)形の生殖母体が特徴である。 ・三日熱・卵形マラリア: 48時間ごとの発熱(隔日熱)を示しやすい。肝臓内に休眠体(ヒプノゾイト)が残り、数か月〜数年後に再発しうる。感染赤血球は大きくなり、シュフナー斑点がみられる。 ・四日熱マラリア: 72時間ごとの発熱を示し、潜伏期が長い。慢性化するとネフローゼ症候群の原因となることがある。
検査と治療
・診断: Giemsa染色の末梢血塗抹標本(厚層塗抹で原虫の有無を探し、薄層塗抹で種類を判定する)が基本である。迅速診断キット(抗原検出)やPCRも補助的に用いられる。1回の検査で陰性でも否定できず、疑いが残れば時間をおいて繰り返し検査する。 ・一般的な検査所見: 血小板減少は高頻度にみられ、溶血性貧血、LDH上昇、間接ビリルビン上昇などを伴う。 ・治療: 合併症のない熱帯熱マラリアにはアルテミシニン系薬を含む併用療法(アルテメテル・ルメファントリン合剤など)やアトバコン・プログアニル合剤が用いられる。重症マラリアではアルテスネート静注などによる速やかな治療と全身管理が必要となる。三日熱・卵形マラリアでは再発予防のためプリマキンで肝内休眠体を根治するが、G6PD欠損症では溶血を起こすため、投与前に確認する。 ・感染症法: マラリア、デング熱、黄熱、ウエストナイル熱はいずれも四類感染症、ラッサ熱は一類感染症であり、いずれも診断後直ちに届け出る。
帰国後発熱の鑑別
渡航地域、滞在中の行動(蚊に刺されたか、淡水に入ったか、動物との接触、食事など)、潜伏期を組み合わせて考える。熱帯地域からの帰国者では、マラリア、デング熱、腸チフス、リケッチア症、レプトスピラ症などが代表的である。
POINT
・熱帯・亜熱帯(特にサハラ以南のアフリカ)からの帰国後の発熱では、まずマラリアを疑い、除外する。 ・Giemsa染色末梢血塗抹標本で赤血球内に輪状体(ring form)を認めればマラリアである。 ・熱帯熱マラリアは急速に重症化(脳マラリア、腎不全、DICなど)しうるため、診断と治療開始を急ぐ。 ・黄熱病、ラッサ熱、デング熱、ウエストナイルウイルス感染症はウイルス感染症であり、血液塗抹標本では病原体を確認できない。 ・三日熱・卵形マラリアは肝内休眠体による再発があり、プリマキン投与前にG6PD活性を確認する。
