ふるえないパーキンソニズム―3系統の障害から読み解く多系統萎縮症
第99回医師国家試験 A問題 第45問
国試問題にチャレンジ
62歳の男性。2年ほど前から歩行時のふらつき,ろれつの回りにくさ及び排尿困難がみられ,徐々に増悪するため来院した。意識は清明。身長158cm,体重67kg。体温36.0℃。呼吸数16/分。脈拍84/分,整。血圧130/72mmHg。胸部にラ音を聴取しない。腹部は平坦で,肝・脾を触知しない。下肢に浮腫を認めない。知能は正常である。言語は不明瞭で,頸部・四肢に筋強剛を認める。四肢の協調運動と歩行とに小脳性運動失調を認める。四肢筋力と表在・深部感覚とは正常である。頭部単純MRIのT2強調像を示す。 この疾患の症候としてまれなのはどれか。

- a.無動
- b.嚥下障害
- c.安静時振戦
- d.起立性低血圧
- e.深部(腱)反射亢進
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
中年以降に小脳性運動失調・パーキンソニズム・自律神経障害が慢性進行性にそろい、MRIで橋・小脳の萎縮やhot cross bun signを認めれば多系統萎縮症を考えます。本症のパーキンソニズムは筋強剛と無動が主体で、Parkinson病に典型的な安静時振戦はまれであり、L-ドパも効きにくいのが特徴です。一方、起立性低血圧などの自律神経障害はほぼ必発で、錐体路障害による腱反射亢進や、進行期の嚥下障害もみられます。病型は小脳症状優位のMSA-C(旧OPCA)とパーキンソニズム優位のMSA-P(旧SND)に分けられ、旧Shy-Drager症候群も本症に包括されます。症状を障害系統ごとに整理する習慣は、神経変性疾患の鑑別やParkinson病との区別に大いに役立ち、睡眠時の喘鳴による突然死のリスクなど臨床管理上の注意点にもつながります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・経過:62歳男性。2年前から徐々に進行している(慢性進行性で、中年以降に発症した神経変性疾患を思わせる)。 ・小脳症状:歩行時のふらつき、ろれつが回らない・言語不明瞭(小脳性構音障害)、四肢の協調運動と歩行の小脳性運動失調。 ・錐体外路症状(パーキンソニズム):頸部・四肢の筋強剛。 ・自律神経症状:排尿困難。 ・その他:知能は正常で、四肢の筋力と表在・深部感覚は保たれている。 ・画像:頭部MRIのT2強調像(後頭蓋窩の横断像)では、橋と小脳が萎縮し、第4脳室と橋前方の脳槽が拡大している。橋底部に十字状の高信号(hot cross bun sign、十字徴候)が見られることがあり、多系統萎縮症に特徴的な所見である。
診断へのプロセス
中年以降に発症し、小脳性運動失調・パーキンソニズム・自律神経障害の3系統の症状が慢性進行性にそろっている。これに橋・小脳の萎縮が加わることから、多系統萎縮症(MSA)と診断できる。本例は小脳症状で始まり、現在も小脳症状が前景に立っていることから、小脳症状優位型(MSA-C、従来のオリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)に相当)と考えられる。
設問の考え方
問われているのは多系統萎縮症の症候として「まれ」なもの、すなわち誤りの選択肢を選ぶ形式である。多系統萎縮症は病型によって前景に立つ症状が異なるが、経過とともに小脳・錐体外路・自律神経・錐体路の各系統の障害が重なってくる。パーキンソニズムについては、筋強剛と無動が主体で、Parkinson病に典型的な安静時振戦は少ない点がポイントとなる。
選択肢考察
- ×a. 無動
多系統萎縮症では線条体(特に被殻)と黒質が障害され、パーキンソニズムを呈する。そのパーキンソニズムは筋強剛と無動(動作が乏しく緩慢になる)が中心である。パーキンソニズムが前景に立つ病型(MSA-P、従来の線条体黒質変性症)では特に目立ち、小脳型でも進行とともに出現する。多系統萎縮症でよくみられる症候である。
- ×b. 嚥下障害
病気が進行すると、延髄や橋の障害(球麻痺・偽性球麻痺)、パーキンソニズム、小脳性の協調運動障害が重なって嚥下障害が出現し、誤嚥性肺炎の原因となる。多系統萎縮症ではよくみられる症候であり、生命予後にも関わる。
- ○c. 安静時振戦
安静時振戦(じっとしているときに出現する4〜6Hz程度の規則的なふるえ)はParkinson病に典型的な症状であるが、多系統萎縮症のパーキンソニズムは筋強剛と無動が主体で、典型的な安静時振戦はまれである。多系統萎縮症で振戦がみられる場合は、小脳障害による企図振戦(目標に近づくと大きくなるふるえ)や、不規則でぴくつくような姿勢時振戦が多い。また多系統萎縮症のパーキンソニズムはL-ドパの効果が乏しいことも、Parkinson病との鑑別点となる。よって本症の症候として「まれ」なものはこれである。
- ×d. 起立性低血圧
多系統萎縮症では脊髄の中間外側核(交感神経節前ニューロン)などが障害されるため、自律神経障害が必発に近い。起立性低血圧(起立後3分以内に収縮期血圧が20mmHg以上、または拡張期血圧が10mmHg以上低下する)は代表的な症状であり、失神の原因となる。ほかに排尿障害、勃起障害、発汗障害などがみられる。自律神経症状が前景に立つ病型は従来Shy-Drager症候群と呼ばれた。多系統萎縮症でよくみられる症候である。
- ×e. 深部(腱)反射亢進
多系統萎縮症では錐体路(上位運動ニューロン)も障害されることがあり、深部腱反射の亢進やBabinski徴候陽性などの錐体路徴候を伴うことがある。小脳・錐体外路・自律神経に加えて錐体路まで複数の系統が障害されることが、「多系統」の名の由来の一つでもある。本症でみられうる症候である。
多系統萎縮症(MSA)の概要
・中年以降(多くは50〜60歳代)に発症する孤発性の神経変性疾患。病理学的にはオリゴデンドログリアの細胞質内にαシヌクレインを含む封入体(グリア細胞質内封入体、GCI)がみられる。 ・現在は、発症時や経過中に目立つ症状によって次の2型に分類する。 MSA-C(小脳症状優位型):従来のオリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)に相当。日本ではこの型が多い。 MSA-P(パーキンソニズム優位型):従来の線条体黒質変性症(SND)に相当。 ・自律神経症状が前景に立つものは従来Shy-Drager症候群と呼ばれたが、現在はMSAに包括され、この名称はあまり用いられない。どの型でも自律神経障害は高頻度にみられ、進行すると3系統の症状が重なってくる。
画像所見
・MRIで橋・小脳・中小脳脚の萎縮、第4脳室の拡大。 ・T2強調像で橋底部の十字状高信号(hot cross bun sign):橋横走線維の変性を反映する。 ・MSA-Pでは被殻の萎縮と、被殻外側縁の線状高信号(slit sign)がみられることがある。
その他の特徴
・睡眠時の喘鳴(声帯外転麻痺)や睡眠時無呼吸がみられ、突然死の原因となりうる。 ・レム睡眠行動異常症を伴うことが多い。 ・パーキンソニズムにL-ドパは効きにくい。 ・根本治療はなく、起立性低血圧には弾性ストッキングや昇圧薬(ドロキシドパ、ミドドリンなど)、排尿障害には自己導尿などの対症療法を行う。指定難病(脊髄小脳変性症・多系統萎縮症)の一つである。
Parkinson病との比較
Parkinson病:安静時振戦で始まることが多く、左右差があり、L-ドパがよく効く。自律神経症状はあっても軽度。 多系統萎縮症:安静時振戦はまれ、左右差は目立たないことが多い、L-ドパの効果は乏しい、早期から強い自律神経障害と小脳症状を伴う。
POINT
・小脳性運動失調+パーキンソニズム+自律神経障害(起立性低血圧・排尿障害)の慢性進行 → 多系統萎縮症。 ・MRI:橋・小脳萎縮、hot cross bun sign。 ・多系統萎縮症のパーキンソニズムは筋強剛・無動が主体で、安静時振戦はまれ。L-ドパは効きにくい。 ・錐体路徴候(腱反射亢進)、嚥下障害もみられる。 ・旧名称:OPCA → MSA-C、SND → MSA-P、Shy-Drager症候群は現在MSAに包括。
