肺の「フィルター」がすり抜けられるとき―肺動静脈瘻の合併症を機序で読み解く
第99回医師国家試験 A問題 第14問
国試問題にチャレンジ
58歳の女性。労作時の息切れを主訴に来院した。ばち指を認める。両下肺野に連続性の血管雑音を聴取し,深吸気で増強する。胸部エックス線写真(A)と右肺動脈造影写真(B)とを示す。 この疾患の合併症として特徴的でないのはどれか。

- a.喀血
- b.膿胸
- c.脳膿瘍
- d.脳梗塞
- e.脳出血
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
ばち指、低酸素血症、吸気で増強する連続性血管雑音、流入・流出血管を伴う肺の円形陰影がそろえば、肺動脈と肺静脈が直接つながる肺動静脈瘻を考えます。合併症は、瘻の破綻による喀血・血胸、肺毛細血管のフィルター機能が失われることによる奇異性塞栓(脳梗塞・脳膿瘍)、低酸素に伴う二次性多血症、高率に合併する遺伝性出血性毛細血管拡張症(Osler-Weber-Rendu病)の脳動静脈奇形による脳出血として整理できます。膿胸は肺炎の波及などで起こる胸膜腔の感染であり、肺動静脈瘻に特徴的な合併症ではありません。治療の第一選択は経カテーテル塞栓術で、歯科処置時の抗菌薬予防投与や空気塞栓の予防も重要です。合併症を暗記ではなく機序から導く考え方は、シャント性疾患全般の理解に役立ちます。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・58歳女性。主訴は労作時の息切れである。 ・ばち指がある。ばち指は慢性の低酸素血症や右左シャントを示唆する所見である。 ・両側下肺野で連続性の血管雑音が聴こえ、深吸気で強くなる。 ・胸部エックス線写真(A)では、両側下肺野に境界明瞭な結節・腫瘤状の陰影がある。 ・右肺動脈造影写真(B)では、結節状の陰影に流入する動脈(流入血管)と、そこから出ていく静脈(流出血管)が描出されている。
診断に至るプロセス
肺野の円形陰影の鑑別には、肺癌、転移性肺腫瘍、結核腫、過誤腫などがある。しかし、陰影の部位に一致して連続性血管雑音が聴取され、造影で陰影に出入りする血管が示されていることから、肺動脈と肺静脈が毛細血管を介さずに直接つながる肺動静脈瘻(pulmonary arteriovenous malformation:PAVM)と診断できる。 肺動静脈瘻では、肺動脈から来た静脈血の一部が毛細血管床を通らずに肺静脈へ流れる(右左シャント)。このため酸素化されない血液が体循環に混ざって低酸素血症となり、労作時の息切れやばち指、チアノーゼ、二次性多血症が生じる。吸気時には胸腔内圧が低下して右心系・肺動脈への静脈還流が増えるため、瘻を流れる血流が増えて雑音が強くなる。右心系の雑音が吸気で増強する現象はRivero-Carvallo(リベロ・カルバロ)徴候として知られており、本例の雑音も同じ機序で説明できる。なお、肺動静脈瘻の多くは下葉に生じ、遺伝性出血性毛細血管拡張症(hereditary hemorrhagic telangiectasia:HHT、Osler-Weber-Rendu病)を合併することが多い。
設問の考え方
合併症を、(1) 瘻そのものの破綻による出血、(2) 肺毛細血管の「フィルター機能」が失われることで起こる奇異性塞栓(血栓による脳梗塞、細菌による脳膿瘍)、(3) 低酸素血症による二次性多血症と血栓症、(4) 合併するHHTによる他臓器の血管奇形からの出血、の4つに分けて考える。この枠組みで説明できない合併症を選べばよい。膿胸は、胸膜腔に感染が起きて膿がたまる病態である。上の4つのどれとも機序上の結びつきがないため、特徴的でない合併症として選ぶ。
選択肢考察
- ×a. 喀血
特徴的な合併症である。肺動静脈瘻の嚢状部分は壁が薄くもろいため、気管支内へ破れると血痰や喀血が起こる。瘻が胸膜腔側へ破れると血胸になることもある。HHTの患者では妊娠中に瘻が大きくなり、出血しやすくなることが知られている。喀血や血胸は、ときに大量出血となり生命に関わる。
- ○b. 膿胸
特徴的でない合併症であり、これが正解である。膿胸は、肺炎の胸膜腔への波及や胸部手術後の感染などで胸膜腔に膿がたまる病態である。肺動静脈瘻の合併症は出血・奇異性塞栓・多血症・HHT関連の血管奇形によるものであり、膿胸を起こしやすくする機序はない。胸膜腔の合併症としては、破裂による血胸が報告されている程度である。
- ×c. 脳膿瘍
特徴的な合併症である。通常、静脈血に入った細菌や小さな血栓は肺毛細血管床で捕捉され、マクロファージ(貪食細胞)などによって処理される。肺動静脈瘻があると、静脈血が毛細血管を経ずに肺静脈から左心系へ直接流れ込むため、細菌が体循環へ入り、脳に運ばれて脳膿瘍をつくる(奇異性の細菌塞栓)。このため歯科処置などの際には抗菌薬の予防投与が推奨される。
- ×d. 脳梗塞
特徴的な合併症である。主な機序は二つある。第一に、下肢などの静脈にできた血栓が肺毛細血管で捕捉されず、瘻を通って体循環へ流れ、脳動脈を詰まらせる奇異性塞栓である。第二に、慢性の低酸素血症を代償するためにエリスロポエチン分泌が増えて二次性多血症となり、血液の粘稠度が上がって血栓ができやすくなることである。一過性脳虚血発作(TIA)として現れることもある。
- ×e. 脳出血
特徴的な合併症である。肺動静脈瘻の多くはHHT(Osler-Weber-Rendu病)に伴って生じる。HHTは中胚葉由来の血管が正常に形成されない常染色体顕性(優性)遺伝の疾患であり、肺だけでなく脳や脊髄にも動静脈奇形をつくることがある。この脳の動静脈奇形が破綻すると脳出血やくも膜下出血を起こす。
肺動静脈瘻(PAVM)の概要
・肺動脈と肺静脈が毛細血管を介さずに直接つながる血管奇形である。大部分は先天性で、約半数以上(報告により50〜90%程度)にHHTを伴う。後天性のものは外傷、肝硬変(肝肺症候群)、手術後などでみられる。 ・下葉に多く、多発することもある。
症状・所見
・右左シャントによる低酸素血症:労作時呼吸困難、チアノーゼ、ばち指、二次性多血症。 ・病変部の連続性血管雑音(吸気で増強)。 ・HHTの症状:繰り返す鼻出血、皮膚や口腔粘膜の毛細血管拡張、消化管出血など。 ・起立位で低酸素血症や呼吸困難が悪化する(下葉に病変が多く、立位で下肺の血流が増えるため)ことがあり、platypnea(扁平呼吸)・orthodeoxiaと呼ばれる。
検査
・胸部エックス線写真・CT:境界明瞭な円形・分葉状の陰影と、そこへ出入りする拡張した血管(流入動脈・流出静脈)。造影CTが診断の中心である。 ・コントラスト心エコー(バブルテスト):静脈から撹拌生理食塩水を注入し、数心拍遅れて左心系に気泡が現れれば肺内シャントを示す。 ・肺動脈造影:確定診断と治療計画に用いる。 ・動脈血ガス:PaO2低下。100%酸素吸入でもPaO2が十分に上がらないのはシャントの特徴である。
合併症の整理
・出血:喀血、血胸。 ・奇異性塞栓:脳梗塞・TIA、脳膿瘍。 ・低酸素血症関連:二次性多血症、血栓症。 ・HHT関連:脳動静脈奇形による脳出血、鼻出血、消化管出血、肝の血管奇形など。
治療
・第一選択は経カテーテル塞栓術(コイルやプラグで流入動脈を閉塞する)である。流入動脈が細くても奇異性塞栓の危険があるため、治療適応は広く考えられている。 ・塞栓術が難しい場合は肺部分切除などの外科治療を行う。 ・歯科処置などの菌血症リスクのある処置では抗菌薬を予防投与する。点滴時には空気が入らないよう注意する(空気塞栓の予防)。
POINT
・ばち指、低酸素血症、吸気で増強する連続性血管雑音、流入・流出血管を伴う肺の円形陰影がそろえば肺動静脈瘻を考える。 ・肺動静脈瘻はHHT(Osler-Weber-Rendu病)に高率に合併する。 ・合併症は「出血(喀血・血胸)」「奇異性塞栓(脳梗塞・脳膿瘍)」「多血症」「HHT関連の脳出血」で整理する。 ・肺毛細血管のフィルター機能が失われることが、脳膿瘍・脳梗塞の原因になる。 ・膿胸は肺動静脈瘻に特徴的な合併症ではない。 ・治療の第一選択は経カテーテル塞栓術である。
