消えた「後葉の輝き」―MRIが示す中枢性尿崩症と薄い尿の正体
第120回医師国家試験 F問題 第48問
国試問題にチャレンジ
55歳の男性。口渇,多飲および多尿を主訴に来院した。尿量6~8L/日と著明な多尿が数週間続いている。口腔内は乾燥している。尿所見:蛋白(-),糖(-)。頭部造影MRIのT1強調冠状断像(A)と頭部単純MRIのT1強調矢状断像(B)とを下に示す。 予想される所見はどれか。

- a.尿ケトン体陽性
- b.尿浸透圧の低下
- c.血清尿素窒素の低下
- d.血清ナトリウムの低下
- e.脳脊髄液細胞数の増加
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
口渇・多飲・多尿があり尿糖陰性で脱水傾向を伴う場合は尿崩症を疑い、単純T1強調像で下垂体後葉の高信号(posterior bright spot)が消失していれば中枢性尿崩症(AVP分泌低下症)を示唆します。ADHが不足すると集合管のV2受容体・アクアポリン2を介した水の再吸収ができず、尿浸透圧と尿比重が低下した低張尿が大量に出る一方、血液は濃縮されて血清ナトリウムや尿素窒素は上昇傾向となります。低ナトリウム血症はSIADHや心因性多飲の所見であり、尿崩症とは逆向きであることを押さえておきましょう。診断には高張食塩水負荷やデスモプレシン負荷、コペプチン測定を用い、治療のデスモプレシンでは水中毒に注意しつつ、腫瘍や炎症性疾患などの原因検索を並行して進めます。「尿は薄く、血液は濃く」という水バランスの考え方は、ナトリウム異常や多尿の鑑別全般に応用できる重要な基礎です。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・55歳男性。口渇・多飲・多尿が数週間続き、尿量は6〜8L/日と著明に多い(多尿の目安は成人で1日3L以上)。 ・口腔内乾燥:水分の喪失に飲水が追いつかず、脱水傾向にあることを示す。 ・尿糖(−):高血糖による浸透圧利尿(糖尿病)は否定的である。尿蛋白(−)で、明らかな腎疾患を示唆する所見もない。 ・頭部MRI:造影T1強調冠状断像(A)と単純T1強調矢状断像(B)が示されている。特に単純T1強調矢状断像では、正常ならトルコ鞍内の後方にみられる下垂体後葉の高信号(posterior bright spot)が認められない。これはADHを蓄えた後葉の分泌顆粒が乏しいことを反映し、中枢性尿崩症を示唆する所見である。
鑑別のプロセス
多尿は、尿中の溶質が多いために水が引っ張られる「浸透圧利尿」(糖尿病の高血糖、マンニトール投与など)と、溶質を伴わない水だけが多く出る「水利尿」に大別される。水利尿の原因は、①抗利尿ホルモン(antidiuretic hormone:ADH、アルギニンバソプレシン〈AVP〉)の分泌が低下する中枢性尿崩症、②ADHは分泌されるが腎集合管が反応しない腎性尿崩症、③大量の飲水が先行する心因性多飲(原発性多飲症)の3つである。そのほか、高カルシウム血症や低カリウム血症も腎の濃縮力を障害して多尿を起こす。 本例は尿糖陰性で浸透圧利尿は否定的であり、口腔内乾燥という脱水傾向を伴う点は、水分をとりすぎている心因性多飲よりも、水を失っている尿崩症に合致する。さらにMRIで下垂体後葉の高信号が消失していることから、ADHの分泌低下による中枢性尿崩症が最も考えられる。なお、中枢性尿崩症と判断したら、実臨床では原因疾患(腫瘍や炎症性疾患など)の検索を進めることになるが、本問で問われているのは尿崩症そのものの病態から予想される検査所見である。
設問の考え方
中枢性尿崩症では、ADHが不足するため腎集合管で水を再吸収できず、溶質をほとんど含まない薄い尿が大量に排泄される。体からは自由水(電解質を伴わない水)が失われるので、血液は濃縮される方向に傾く。「尿は薄くなる、血液は濃くなる」という病態から各選択肢の変化を予測すればよい。
選択肢考察
- ×a. 尿ケトン体陽性
尿ケトン体が陽性となるのは、インスリン作用不足で脂肪分解が進む糖尿病性ケトアシドーシスや、飢餓・長期絶食などである。本例は尿糖陰性で糖尿病を示唆する所見がなく、中枢性尿崩症ではケトン体産生が亢進する機序はないため、予想される所見ではない。
- ○b. 尿浸透圧の低下
ADHは腎集合管の主細胞にあるV2受容体に結合し、水チャネルであるアクアポリン2を管腔側の細胞膜へ移動させて水の再吸収を促す。中枢性尿崩症ではADHが不足するため水が再吸収されず、希釈された尿が大量に出る。その結果、尿浸透圧は血漿浸透圧より低い低張尿となり、典型的には300mOsm/kg以下に低下する。尿比重も低値(1.010未満程度)となる。
- ×c. 血清尿素窒素の低下
自由水を失って脱水に傾くと、循環血漿量の減少により腎血流量・糸球体濾過量が低下し、また血液が濃縮されるため、血清尿素窒素〈BUN〉はむしろ上昇する方向に変化する。低下は予想されない。なお、BUNが低下するのは、大量飲水で希釈された心因性多飲、低蛋白食、肝不全などである。
- ×d. 血清ナトリウムの低下
尿崩症では電解質をほとんど含まない水が失われるため、血清ナトリウム濃度と血漿浸透圧は上昇する方向に傾く。口渇中枢が正常で自由に飲水できれば正常上限付近に保たれるが、飲水が不十分になると高ナトリウム血症となる。低ナトリウム血症は、ADHが過剰なADH不適合分泌症候群〈SIADH〉や心因性多飲でみられる所見であり、本例では予想されない。
- ×e. 脳脊髄液細胞数の増加
脳脊髄液の細胞数増加は、髄膜炎や脳炎など髄膜・中枢神経系の炎症でみられる所見である。本例では発熱・頭痛・項部硬直などの髄膜刺激症状の記載はなく、中枢性尿崩症の病態(ADH分泌低下による水利尿)から脳脊髄液細胞数の増加が導かれることはない。したがって予想される所見ではない。
ADH(AVP)の分泌と作用
ADHは視床下部の視索上核・室傍核で産生され、軸索を通って下垂体後葉に運ばれて貯蔵・分泌される。血漿浸透圧の上昇(浸透圧受容体)や循環血漿量・血圧の低下が分泌刺激となる。腎集合管のV2受容体を介してアクアポリン2による水の再吸収を促し、尿を濃縮する。
下垂体後葉の高信号
正常では、ADHを含む分泌顆粒を反映して単純T1強調像で下垂体後葉が高信号を示す。中枢性尿崩症ではこの高信号が消失することが多く、診断の手がかりとなる。
名称の変更
2022年以降、国際的な提言を受けて国内でも、中枢性尿崩症は「アルギニンバソプレシン(AVP)分泌低下症」、腎性尿崩症は「AVP抵抗症」と呼ぶことが提唱されている。
中枢性尿崩症の原因(一般論)
視床下部〜下垂体茎〜下垂体後葉のどこが障害されても起こりうる。 ・腫瘍:胚細胞腫(ジャーミノーマ)、頭蓋咽頭腫、転移性腫瘍など ・炎症・浸潤性疾患:リンパ球性漏斗下垂体後葉炎、IgG4関連疾患、Langerhans細胞組織球症、サルコイドーシスなど ・頭部外傷、下垂体・視床下部の手術後 ・特発性、家族性
多尿の鑑別と検査
・高張食塩水負荷試験:5%食塩水を点滴して血漿浸透圧を上げても、中枢性尿崩症では血漿ADHが上昇しない。 ・水制限試験:飲水を制限しても尿浸透圧が十分に上昇しない(心因性多飲では上昇する)。 ・デスモプレシン負荷試験:ADHの合成アナログを投与すると、中枢性では尿浸透圧が上昇し尿量が減るが、腎性では反応しない。 ・血漿ADH:中枢性では血漿浸透圧に比して低値、腎性では高値となる。 ・最近は、ADHと同じ前駆体から等量産生され安定に測定できるコペプチンも診断に用いられる。
治療
デスモプレシン(V2受容体に選択的に作用するADHアナログ)の点鼻薬や口腔内崩壊錠で補充する。過量投与や飲水過多は水中毒(低ナトリウム血症)を招くため、口渇に応じた飲水と血清ナトリウムの定期的な確認が必要である。あわせて原因疾患の検索と治療を行う。
POINT
・口渇・多飲・多尿+尿糖陰性+脱水傾向 → 尿崩症を疑う。 ・単純T1強調像で下垂体後葉の高信号消失 → 中枢性尿崩症(AVP分泌低下症)を示唆。診断後は原因疾患(腫瘍、炎症性疾患、外傷・術後など)を検索する。 ・中枢性尿崩症の検査所見:尿浸透圧低下(低張尿)・尿比重低下、血漿浸透圧・血清Na上昇傾向、脱水によるBUN上昇傾向。 ・低Na血症はSIADHや心因性多飲の所見であり、尿崩症とは逆。 ・診断:高張食塩水負荷でADHが上昇しない、デスモプレシンに反応する。治療はデスモプレシン補充。
