37歳・脳梗塞後の片麻痺―「年齢」と「原因」で選ぶ社会保障制度
第120回医師国家試験 E問題 第29問
国試問題にチャレンジ
37歳の女性。8か月前に感染性心内膜炎から脳梗塞をきたし,リハビリテーションを行っているが右不全片麻痺が残存している。言語障害はなく,食事は左手でスプーンを使ってできるが,着替えやトイレ動作には介助が必要であり,通院も家族の付き添いが必要である。38歳の正社員の夫,10歳の長女と3人暮らし。本人は,これまで正社員として勤務していたが,現在は休職中で復職の見込みは立っていない。 この患者が利用できるのはどれか。
- a.介護保険
- b.障害年金
- c.生活保護
- d.労災保険
- e.指定難病医療費助成制度
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
37歳で脳梗塞後の片麻痺が残り、日常生活と就労が制限されている患者が利用できる制度は障害年金です。障害年金は年齢や障害の原因(業務上か否か)を問わず、障害の程度と保険料納付要件で支給が決まり、会社員なら障害基礎年金に障害厚生年金が上乗せされます。介護保険は40歳以上が被保険者のため37歳では使えず、40歳未満では障害者総合支援法の福祉サービスで対応します。労災保険は業務・通勤起因性が必要で、生活保護は世帯単位で他の収入・制度を優先し、指定難病医療費助成は脳梗塞を対象としません。各制度の「対象者・対象事由・所得要件」を整理しておくことは、診断書作成や多職種連携を通じて患者の生活を支える医師にとって欠かせない知識です。
解答・解説
正解はbです
患者の状況の整理
・年齢:37歳(40歳未満) ・原因疾患:感染性心内膜炎に伴う心原性(塞栓性)の脳梗塞。発症から8か月が経過し、リハビリテーションを続けても右不全片麻痺が残っている。 ・日常生活:言語障害はなく、利き手でない左手でスプーンを使えば食事はできる。一方、更衣や排泄(トイレ動作)には介助を要し、通院にも家族の付き添いが必要である。すなわち日常生活動作(ADL)に明らかな制限がある。 ・就労:正社員として働いていたが休職中で、復職の見通しは立っていない。 ・世帯:38歳で正社員の夫、10歳の長女との3人暮らしである。 ・発症の経緯:業務や通勤が原因となったことを示す記載はない。
考え方
本問は診断や治療ではなく、「後遺障害をもつ若年患者がどの社会保障制度を使えるか」を問う問題である。各制度について、①対象となる人(年齢・保険の加入状況)、②対象となる事由(病気の種類・原因)、③所得や資産などの要件、の3点から本人の状況に当てはめると判断しやすい。 ・年齢:37歳は介護保険の被保険者の年齢(40歳以上)に達していない。 ・原因:業務上・通勤途上の災害ではないので労災保険の対象ではなく、脳梗塞は指定難病でもない。 ・所得:夫に安定した収入があり、世帯として最低生活費を下回る状況とは考えにくい。 ・障害の程度:発症後長期間を経ても片麻痺が残り、日常生活と就労が大きく制限されている。これは公的年金制度の障害給付の対象となりうる状態である。 以上より、本人が利用できる制度は障害年金である。
選択肢考察
- ×a. 介護保険
介護保険の被保険者は、65歳以上の第1号被保険者と、40~64歳の医療保険加入者である第2号被保険者に限られる。第2号被保険者は、脳血管疾患などの加齢に関連する特定疾病(16疾病)が原因で要介護・要支援状態になった場合に給付を受けられる。脳梗塞は特定疾病の一つであるが、本患者は37歳で、そもそも被保険者に該当しないため利用できない。なお40歳未満の障害者の介護的サービスは、障害者総合支援法に基づく障害福祉サービス(居宅介護など)で対応する。
- ○b. 障害年金
障害年金は、病気やけがによって一定以上の障害が残り、日常生活や就労が制限される場合に、年齢を問わず(原則として65歳未満で請求)支給される公的年金である。障害の原因が業務上か否かは問わず、脳血管障害による肢体の機能障害も対象となる。本患者は正社員として働いており、初診日に厚生年金保険の被保険者であったと考えられるため、障害基礎年金(1・2級)に加えて障害厚生年金(1~3級、ほかに障害手当金)の対象となりうる。障害の程度は、原則として初診日から1年6か月経過した日(障害認定日)に評価されるが、脳血管障害による肢体障害では、初診日から6か月以上経過して症状が固定したと医学的に判断されれば、その時点を認定日とすることができる。本患者は発症後8か月で、更衣・排泄・外出に介助を要する片麻痺が残っており、受給要件を満たしうる。なお受給には初診日の前に一定の保険料を納めていること(保険料納付要件)も必要である。
- ×c. 生活保護
生活保護は、世帯を単位として、資産・能力・他の制度による給付などあらゆるものを活用してもなお収入が国の定める最低生活費に満たない場合に、その不足分を補う制度である(補足性の原理)。本患者は正社員の夫と同一世帯であり、夫の収入で生活が成り立っていると考えられるため、現時点で生活保護の対象とはならない。
- ×d. 労災保険
労災保険(労働者災害補償保険)は、業務上の事由または通勤による労働者の負傷・疾病・障害・死亡に対して給付を行う制度である。本患者の脳梗塞は感染性心内膜炎に伴う塞栓症であり、業務や通勤との因果関係(業務起因性)を示す情報はないため、対象とはならない。
- ×e. 指定難病医療費助成制度
指定難病医療費助成制度は、難病法(難病の患者に対する医療等に関する法律)に基づき、原因不明で治療法が確立しておらず長期療養を要する希少疾患のうち、国が指定したもの(指定難病)について、一定の重症度を満たす患者の医療費自己負担を軽減する制度である。感染性心内膜炎も脳梗塞も原因や治療法が確立した疾患であり指定難病ではないため、対象とならない。
障害年金の仕組み
・障害基礎年金:国民年金の加入者(または20歳前に初診日がある人など)が対象。障害等級1級・2級。18歳到達年度末までの子がいる場合は子の加算がある。 ・障害厚生年金:初診日に厚生年金保険の被保険者であった人が対象。1級・2級は障害基礎年金に上乗せされ、3級は障害厚生年金のみ。3級より軽い一定の障害には一時金として障害手当金がある。1・2級では配偶者の加給年金もある。 ・本患者には10歳の長女がいるため、障害基礎年金が支給されれば子の加算の対象となる。 ・障害認定日は原則として初診日から1年6か月を経過した日だが、それ以前に症状が固定した場合はその日となる。脳血管障害による肢体障害では初診日から6か月経過後に症状固定と判断できる場合がある。
休職中の所得保障:傷病手当金
会社員などの健康保険加入者が業務外の病気やけがで働けず給与を受けられないとき、健康保険から傷病手当金が支給される(支給開始日から通算1年6か月まで、日額はおおむね標準報酬日額の3分の2)。同一の傷病で障害厚生年金を受けられるようになった場合は、傷病手当金は原則として支給されないが、年金額(日額換算)が傷病手当金の日額より少ない場合はその差額が支給される。
若年の脳卒中後遺症患者が利用しうる主な制度
・身体障害者手帳(肢体不自由):医療費助成、税の減免、補装具費の支給などの基盤となる。 ・障害者総合支援法による障害福祉サービス:居宅介護(ホームヘルプ)、生活介護、自立訓練、就労移行支援など。40歳未満では介護保険の代わりにこちらを用いる。 ・自立支援医療(更生医療):身体障害者手帳所持者の障害を軽減する医療の自己負担を軽減。 ・高額療養費制度:医療費の自己負担に月ごとの上限を設ける。
各制度の対象の整理
・介護保険:65歳以上、または40~64歳で特定疾病による要介護状態。 ・労災保険:業務上・通勤による傷病。 ・生活保護:世帯の収入・資産が最低生活費に満たない場合。 ・指定難病医療費助成:国が指定した難病(指定難病)。
POINT
・介護保険の被保険者は40歳以上(第2号:40~64歳は特定疾病が原因の場合のみ給付)。40歳未満は障害者総合支援法のサービスを利用する。 ・障害年金は年齢や障害の原因(業務上か否か)を問わず、障害の程度と保険料納付要件で支給が決まる。会社員なら障害基礎年金+障害厚生年金。 ・生活保護は世帯単位で判定し、他の制度・収入を優先する(補足性)。 ・労災保険は業務起因性・通勤起因性が必要。 ・脳梗塞や感染性心内膜炎は指定難病ではない。
