「念のための抗菌薬」はいらない―かぜ診療で本当に伝えるべきこと
第120回医師国家試験 B問題 第30問
国試問題にチャレンジ
30歳の女性。昨日からの鼻汁と咽頭痛を主訴に来院した。咳嗽および呼吸困難はない。食事は摂れている。生来健康。意識は清明。体温37.3℃。脈拍76/分,整。血圧116/70mmHg。呼吸数18/分。咽頭に軽度の発赤を認めるが白苔は認めない。心音と呼吸音とに異常を認めない。5歳の長男に4日前から同様の症状がある。 患者への説明で適切でないのはどれか。
- a.「十分な栄養,水分を摂って休んでください」
- b.「通常,症状は1週間程度でだんだん良くなっていきます」
- c.「あとから肺炎になることがあるので抗菌薬を処方します」
- d.「症状が悪くなっていく場合,もう一度受診してください」
- e.「食事や水分が摂れなくなった場合,もう一度受診してください」
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
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ドクター
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ドクターまとめ
鼻汁・咽頭痛など上気道症状が主体で、下気道症状がなく全身状態が良好な場合は、ウイルス性の急性上気道炎(かぜ症候群)と考えます。ウイルスに抗菌薬は無効で、健康な成人で肺炎予防目的に投与しても効果は乏しく、副作用やClostridioides difficile感染症、薬剤耐性菌の増加を招くため推奨されません。治療は安静・栄養・水分補給と対症療法が基本で、1週間程度で軽快するという自然経過と、症状悪化や経口摂取不能などの再受診の目安を具体的に伝えることが重要です。高熱、扁桃の白苔、圧痛を伴う頸部リンパ節腫脹などがあればA群溶血性レンサ球菌感染を疑い、検査で確認してから抗菌薬を用います。日常診療で最も多いかぜへの適切な対応は、薬剤耐性対策の第一歩であり、患者説明の力が試される場面でもあります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・生来健康な30歳女性。昨日から鼻汁と咽頭痛がある。 ・咳嗽や呼吸困難はなく、呼吸音も正常で、下気道(気管支・肺)に炎症が及んでいる所見はない。 ・体温37.3℃の微熱のみで、脈拍・血圧・呼吸数は正常、意識清明、食事も摂れている。全身状態は良好である。 ・咽頭は軽度発赤のみで白苔(扁桃に付着する白い滲出物)はない。 ・5歳の長男が4日前から同じ症状を示しており、家庭内で感染が広がったと考えられる(いわゆるsick contact)。
診断
鼻汁・咽頭痛という上気道症状が中心で、全身状態が良く、下気道症状もないことから、急性上気道炎(かぜ症候群)と診断できる。かぜ症候群の原因の大部分(約9割)はウイルス(ライノウイルス、コロナウイルス、RSウイルス、アデノウイルス、パラインフルエンザウイルスなど)である。小児は感染を受けやすく、家庭内に持ち込んで成人へ広げることが多い。本例の経過もこれに合致する。
設問の考え方
ウイルス性上気道炎には抗菌薬は効かないため、治療は安静・栄養・水分補給と、必要に応じた解熱鎮痛薬などの対症療法が中心となる。そのうえで、自然経過の見通しを伝え、どのような状態になったら再受診すべきかを具体的に説明することが外来診療での適切な対応である。本問は「適切でない」説明を選ぶ問題であり、抗菌薬を予防目的に処方するという説明が誤りとなる。
選択肢考察
- ×a. 「十分な栄養,水分を摂って休んでください」
適切な説明である。ウイルス性上気道炎には特効薬がなく、安静、栄養、水分補給によって自然治癒を待つのが基本である。発熱や食欲低下があると脱水になりやすいため、水分摂取を促すことは重要である。
- ×b. 「通常,症状は1週間程度でだんだん良くなっていきます」
適切な説明である。かぜ症候群の症状は多くが7〜10日程度で自然に軽快する。咳だけはもう少し長引くこともある。あらかじめ自然経過を伝えておくことで、患者の不安を和らげ、典型的な経過から外れた場合(長引く、悪化する)に気づいて再受診しやすくなる。
- ○c. 「あとから肺炎になることがあるので抗菌薬を処方します」
適切でない説明であり、これが正解である。急性上気道炎の大半はウイルス感染で、抗菌薬はウイルスには効果がない。生来健康な成人に対し、細菌性肺炎などの二次感染を予防する目的で抗菌薬を投与しても、その予防効果は乏しいとされる。むしろ下痢や薬疹、アレルギーなどの副作用、腸内細菌叢の乱れ(Clostridioides difficile感染症の誘因)、さらに薬剤耐性菌(AMR:antimicrobial resistance)の増加を招く。本例は白苔もなく、細菌感染(A群溶血性レンサ球菌による咽頭炎など)を疑う根拠に乏しいため、抗菌薬は不要である。
- ×d. 「症状が悪くなっていく場合,もう一度受診してください」
適切な説明である。経過中に高熱が続く、咳や痰・呼吸困難が強くなる、いったん良くなった後に再び悪化する、といった場合は、細菌性副鼻腔炎、肺炎などの二次的な細菌感染や、インフルエンザなど別の疾患の可能性がある。抗菌薬を処方しない代わりに、どのような変化があれば再受診すべきかを伝えておくことが重要である。
- ×e. 「食事や水分が摂れなくなった場合,もう一度受診してください」
適切な説明である。経口摂取ができなくなると脱水に陥り、輸液などが必要となる。また、咽頭痛が強まって飲み込めない、口が開けにくい、声がこもるといった症状は、扁桃周囲膿瘍や急性喉頭蓋炎など緊急性の高い疾患の徴候であることがある。再受診の目安として具体的に伝えるべき内容である。
かぜ症候群(急性上気道炎)
・鼻腔から咽頭・喉頭までの上気道に起こる急性炎症の総称である。原因の多くはウイルスで、ライノウイルスが最多であり、コロナウイルス、RSウイルス、アデノウイルス、パラインフルエンザウイルスなどがある。 ・『抗微生物薬適正使用の手引き』(厚生労働省)では、急性気道感染症を、鼻症状・咽頭症状・下気道症状(咳・痰)のどれが目立つかで、感冒(3症状が同程度に混在)、急性鼻副鼻腔炎、急性咽頭炎、急性気管支炎に分けて考える。いずれも大部分で抗菌薬は不要とされている。
抗菌薬を考慮する場面の例
・急性咽頭炎で、A群溶血性レンサ球菌感染が疑われる場合(高熱、扁桃の白苔・腫大、圧痛を伴う前頸部リンパ節腫脹、咳がない、などの所見)。迅速抗原検査や培養で確認したうえで、アモキシシリンなどを投与する。成人ではCentor基準(38℃超の発熱、咳がない、前頸部リンパ節の圧痛・腫脹、扁桃の白苔・腫脹)が評価に用いられる。 ・急性鼻副鼻腔炎で、症状が10日以上続く場合や、高熱と膿性鼻汁が続く場合、いったん改善した後に再増悪する場合など。 ・肺炎(下気道症状に加え、頻呼吸、頻脈、高熱、聴診での異常などがある場合)。
薬剤耐性(AMR)対策
不必要な抗菌薬使用は耐性菌を生み出し、将来の治療を困難にする。これは世界的な健康上の脅威とされ、日本でも2016年に薬剤耐性対策アクションプランが策定された。外来で頻度の高いかぜ症候群に安易に抗菌薬を処方しないことが、その中心的な取り組みの一つである。
再受診を指示すべき警告徴候
高熱の持続、呼吸困難や強い咳、いったん改善した後の再増悪、経口摂取不能、強い咽頭痛で開口・嚥下ができない、意識の変化など。
POINT
・鼻汁・咽頭痛などの上気道症状が主体で全身状態良好なら、かぜ症候群(ウイルス性上気道炎)と考える。 ・かぜ症候群に抗菌薬は効かず、肺炎予防目的の投与も推奨されない(副作用と薬剤耐性のリスク)。 ・治療は安静・栄養・水分補給と対症療法。自然経過(1週間程度で軽快)を説明する。 ・症状の悪化や経口摂取不能など、再受診の目安を具体的に伝える。 ・白苔、高熱、頸部リンパ節腫脹があればA群溶血性レンサ球菌感染を疑い、検査で確認する。
