塗っても治らない陰部の赤み―高齢者の「湿疹」に隠れた乳房外Paget病
第119回医師国家試験 D問題 第18問
国試問題にチャレンジ
83歳の男性。陰囊の皮疹を主訴に来院した。9か月前から左陰囊に痛みや痒みを伴わない皮疹が出現し,自宅近くの医療機関で外用薬による治療をしていたが,次第に拡大してきたため紹介受診した。陰部の写真(A)と生検組織のH-E染色標本(B)とを下に示す。 診断はどれか。

- a.Bowen病
- b.悪性黒色腫
- c.基底細胞癌
- d.脂漏性角化症
- e.乳房外Paget病
対話形式の解説
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ドクターまとめ
高齢者の外陰部に、痒みの乏しい紅色局面がステロイドや抗真菌薬の外用で改善せず緩徐に拡大する場合は、乳房外Paget病を疑って生検を行います。組織では、表皮内に淡明で豊富な細胞質と異型核をもつPaget細胞が単個〜小集団で増殖し、PAS、CEA、CK7が陽性となります。Bowen病は表皮全層の異型角化細胞と異常角化・clumping cell、悪性黒色腫は異型メラノサイトの表皮内上行とS-100蛋白・Melan-A・HMB-45陽性、基底細胞癌は柵状配列と裂隙が特徴で、組織像と免疫染色で鑑別できます。治療は外科的切除が基本で、病変は肉眼的境界を越えて広がりうるためマッピング生検で切除範囲を決め、肛囲や尿道口周囲では直腸癌や尿路系癌による二次性Paget病も検索します。「治らない湿疹」を見直して早期に生検へつなげる意識は、皮膚悪性腫瘍の見逃しを防ぐうえで欠かせません。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・83歳の高齢男性で、陰囊に生じた皮疹である。 ・痛みも痒みもない皮疹が9か月かけてゆっくり拡大している。 ・近医で外用薬(ステロイドや抗真菌薬が使われたと推測される)による治療を受けたが改善しなかった。 ・臨床写真(A):左陰囊から鼠径部にかけて淡紅色〜紅色の局面が広がり、一部はびらん状で、やや隆起した部分もある。辺縁の一部は境界がはっきりしない。白癬のように辺縁に鱗屑が目立つ像ではない。 ・H-E染色標本(B):表皮内に、周囲の角化細胞より大きく、淡く明るい(淡明な)豊富な細胞質と異型核をもつ細胞が、単個または小集団をつくって散在・増殖している。これがPaget細胞である。
診断への考え方
陰部の紅斑は、湿疹・接触皮膚炎や股部白癬、カンジダ症として扱われやすい。しかし、高齢者の陰部に痒みの乏しい紅斑局面が長く続き、ステロイドや抗真菌薬の外用で治らず拡大していく場合は、皮膚悪性腫瘍、特に乳房外Paget病を疑って生検を行うべきである。接触皮膚炎であれば強い痒みを伴うことが多く、白癬なら辺縁に鱗屑や小水疱が並びやすく、真菌検査(KOH直接鏡検)で菌糸が見つかる。 本例は、好発部位(外陰部)、高齢、外用薬抵抗性で緩徐に拡大する紅色局面という臨床像に加え、表皮内に淡明な胞体をもつ大型異型細胞(Paget細胞)が増殖する組織像を示すことから、乳房外Paget病と診断できる。
選択肢考察
- ×a. Bowen病
Bowen病は表皮内にとどまる有棘細胞癌(表皮内癌)で、高齢者に多く、境界明瞭な紅褐色の局面に鱗屑や痂皮を伴う。陰部に生じることもあり、外用薬抵抗性の紅色局面という点では臨床的に鑑別に挙がる。しかし組織では、異型角化細胞が表皮全層にわたって極性を失って増殖し、過角化・不全角化、個細胞角化(異常角化)、多核の巨細胞(clumping cell)がみられるのが特徴である。表皮内に淡明な大型細胞が散在する本例の組織像とは異なる。
- ×b. 悪性黒色腫
悪性黒色腫はメラノサイト由来の悪性腫瘍で、多くは褐色〜黒色の色素斑や結節として生じる。日本人では足底・手掌・爪に生じる末端黒子型が最も多く、ほかに顔面の悪性黒子型、体幹・四肢の表在拡大型、結節型、粘膜型がある。メラニンをほとんど作らない無色素性黒色腫では紅色病変となり得るが、まれである。組織では異型メラノサイトが表皮真皮境界部から表皮内へ散らばって上行(パジェット様進展)し、真皮内へ浸潤する。表皮内の大型細胞という点では乳房外Paget病と似ることがあり、免疫染色(黒色腫はS-100蛋白・Melan-A・HMB-45陽性、Paget細胞はCK7・CEA陽性)で区別する。本例は色素を欠く紅色局面であり、組織像も合わない。
- ×c. 基底細胞癌
基底細胞癌は皮膚癌の中で最も多く、高齢者の顔面(特に眼瞼・鼻など正中部)の露光部に好発する。日本人では黒色〜黒褐色の光沢のある小結節として始まり、中心が潰瘍化して周囲が堤防状に盛り上がることが多い。転移はまれだが局所で破壊的に増殖する。組織では、細胞質に乏しく濃染する核をもつ基底細胞様細胞が表皮から連続して胞巣をつくり、胞巣の辺縁で核が柵状に並び(柵状配列)、胞巣と周囲間質の間に裂隙が生じる。陰囊の淡紅色局面という臨床像も、組織像も本例とは異なる。
- ×d. 脂漏性角化症
脂漏性角化症は加齢とともに増える良性腫瘍(老人性疣贅)で、顔面・体幹に多く、灰褐色〜黒褐色の境界明瞭な隆起性病変で、表面はざらざらした角化性・乳頭状である。組織では異型のない基底細胞様細胞が増殖し、角質を含む偽角質嚢腫がみられる。紅色の平らな局面が拡大し、組織で異型細胞を認める本例とは臨床像も組織像も一致しない。なお、短期間に脂漏性角化症が多発する場合は内臓悪性腫瘍の合併を疑う(Leser-Trélat徴候)。
- ○e. 乳房外Paget病
乳房外Paget病は、アポクリン腺の分布する部位(外陰部、肛囲、腋窩など)に生じる表皮内癌で、高齢者に多く、日本では男性にやや多い。外陰部が最も多い好発部位である。湿疹様の紅色局面として始まり、脱色素斑を伴うこともあり、びらん、痂皮を生じ、進行すると結節を形成して真皮へ浸潤する。痒みは軽いかないことが多く、湿疹や白癬として外用治療を続けられて診断が遅れやすい。組織では淡明で豊富な細胞質と大型の異型核をもつPaget細胞が表皮内に単個または胞巣状に増殖し、PAS染色・CEA・CK7陽性となる。高齢男性の陰囊に外用薬抵抗性の紅色局面が拡大し、生検でPaget細胞を認める本例はこれに合致する。
乳房外Paget病の要点
・病態:アポクリン腺に関連する細胞由来と考えられる表皮内腺癌で、表皮内にとどまる時期が長いが、真皮に浸潤するとリンパ節転移・遠隔転移を起こし予後が悪化する。 ・好発:高齢者(60〜80歳代)。外陰部(陰囊、陰茎、大陰唇など)が大半で、肛囲、腋窩、臍周囲にも生じる。両側腋窩と外陰部など多発することもある。 ・臨床像:紅色局面、びらん、脱色素斑、痂皮。辺縁が不明瞭な部分があり、肉眼で見える範囲より外側まで腫瘍細胞が広がっていることがあるため、切除範囲の決定には辺縁からの複数箇所の生検(マッピング生検)が用いられる。 ・鑑別:湿疹、接触皮膚炎、股部白癬、カンジダ症、Bowen病、有棘細胞癌。外用治療に反応しない陰部の紅斑は生検を考える。 ・二次性Paget病:直腸癌、膀胱・尿道癌など近隣臓器の癌が表皮に進展して同様の像をとることがあり、肛囲や尿道口周囲の病変では内臓癌の検索が必要である。 ・治療:外科的切除が基本(病変辺縁から一定の距離をとって切除し、必要に応じて植皮)。手術困難例では放射線治療、イミキモド外用などが選択肢となる。転移例では化学療法を行う。
乳房Paget病との関係
乳房Paget病は乳頭・乳輪に生じ、多くは下にある乳管癌が表皮へ進展したものである。乳房外Paget病とは発生部位の違いで呼び分けられている。
表皮内に異型細胞が増殖する主な疾患の組織像
・乳房外Paget病:淡明な胞体の大型細胞(Paget細胞)が表皮内に散在〜胞巣形成。PAS・CEA・CK7陽性。 ・Bowen病:異型角化細胞が表皮全層で無秩序に増殖。異常角化、clumping cell。 ・悪性黒色腫(表皮内病変):異型メラノサイトの表皮内上行。S-100蛋白・Melan-A・HMB-45陽性。
POINT
・高齢者の外陰部に、痒みの乏しい紅色局面がステロイドや抗真菌薬の外用で治らず拡大していれば、乳房外Paget病を疑って生検する。 ・組織では、表皮内に淡明な胞体をもつ大型異型細胞(Paget細胞)が増殖する。PAS・CEA・CK7陽性。 ・Bowen病は表皮全層の異型角化細胞(clumping cell、異常角化)、基底細胞癌は柵状配列と裂隙が特徴である。 ・病変は見た目より広がっていることがあり、切除範囲の決定にはマッピング生検を行う。
