「省エネモード」に入った体―神経性やせ症の所見は飢餓への適応で読み解く
第118回医師国家試験 C問題 第42問
国試問題にチャレンジ
14歳の女子。るいそう及び無月経のため入院中である。小学校の成績は良好であったが,教師と友人との人間関係に悩んでいた。中学校入学後,友人に体重増加を指摘されてから食事摂取を減らすようになった。その後,食事制限に加えて屋内でも多くの時間を立位で過ごしていた。5か月前から続発性無月経となり,1か月前から倦怠感を強く自覚するようになった。自己誘発性の嘔吐や下剤の乱用はない。入院後も食事摂取量は少なく,「太りたくない」と訴える。身長148cm,体重28kg。 この患者で認められる所見はどれか。
- a.高血糖
- b.低体温
- c.骨密度増加
- d.高カリウム血症
- e.高ナトリウム血症
対話形式の解説
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ドクターまとめ
思春期女子に、体重増加への強い恐怖、ボディイメージの歪み、極端な摂食制限や過活動、無月経がそろえば神経性やせ症を考えます。身体所見は「飢餓への省エネ適応」として理解でき、low T3症候群により低体温・徐脈・低血圧が生じます。エストロゲン低下によって無月経と骨密度低下が起こり、血糖やナトリウム・カリウムなどの電解質は低下方向に傾くのが原則で、高カリウム血症はむしろ副腎不全を示唆します。一方でGH高値・IGF-1低値、コルチゾール高値、高コレステロール血症といった「上がる」所見もあり、治療ではリフィーディング症候群、とくに低リン血症に注意が必要です。病態の仕組みから所見を導く考え方を身につけると、暗記に頼らず検査値の異常を予測できるようになります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・14歳の女子で、るいそう(著しいやせ)と無月経のため入院している。 ・小学校時代から教師・友人との対人関係に悩んでおり、心理的ストレスを抱えていた。 ・中学入学後、友人に体重増加を指摘されたことをきっかけに食事量を減らし始めた。 ・食事制限に加え、屋内でも長時間立ったまま過ごしている。これはエネルギー消費を増やそうとする過活動であり、本症に特徴的な行動である。 ・5か月前から続発性無月経(いったん始まった月経が3か月以上止まる状態)、1か月前から強い倦怠感がある。 ・自己誘発性嘔吐や下剤乱用はない。つまり排出行動を伴わず、摂取制限と過活動でやせている。 ・入院後も摂食量は少なく、「太りたくない」と訴える。極度のやせにもかかわらず体重増加を恐れており、ボディイメージ(自分の体型の認識)の歪みと肥満恐怖がうかがえる。 ・身長148cm、体重28kgで、BMI(体格指数=体重kg÷身長mの2乗)は28÷(1.48×1.48)≒12.8と高度の低体重である(日本人の標準ではBMI 18.5未満を低体重とする)。
診断
思春期女子が体重増加の指摘を契機に食事を制限し、過活動を伴いながら著しく体重が減少している。肥満恐怖と体型認識の歪みがあり、無月経を伴う。以上から神経性やせ症(神経性無食欲症、旧称:神経性食思不振症)の摂食制限型と診断できる。 るいそうと倦怠感からは副腎皮質機能低下症(Addison病)なども鑑別に挙がる。しかし本例では倦怠感は体重減少よりかなり後に出現しており、色素沈着の記載もない。加えて「太りたくない」という明確な肥満恐怖がある。これらから器質的疾患より神経性やせ症が考えやすい。
設問の考え方
神経性やせ症の身体所見は「飢餓に対する生体の省エネ反応」と「栄養欠乏そのものによる障害」として理解すると整理しやすい。エネルギー摂取が極端に減ると、生体は代謝を落として消費を抑える。そのため低体温・徐脈・低血圧が生じ、甲状腺ホルモンはT3が低下する(low T3症候群)。視床下部からのゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)分泌は抑えられ、エストロゲンが低下して無月経・骨密度低下が起こる。糖・電解質はいずれも「低下」方向に傾くのが基本である。この原則に沿って選択肢を判断する。
選択肢考察
- ×a. 高血糖
誤り。摂取エネルギーが極端に少なく、肝臓に蓄えられたグリコーゲンも枯渇するため、血糖は低下する方向に傾く。神経性やせ症では低血糖を起こしうる。重症例では低血糖発作による意識障害や突然死の原因にもなり、注意が必要である。なお本症ではコルチゾールが高値になることがあるが、栄養不足の影響の方が大きく、高血糖にはならない。
- ○b. 低体温
正しい。飢餓状態では生体がエネルギー消費を減らすように適応する。甲状腺ホルモンの活性型であるT3が低下し(low T3症候群)、基礎代謝と熱産生が落ちる。さらに断熱材となる皮下脂肪も失われるため、体温が下がる。同じ機序で徐脈・低血圧も生じ、これらは神経性やせ症の代表的なバイタルサインの異常である。手足の冷感や、産毛(うぶ毛)の増加もしばしばみられる。
- ×c. 骨密度増加
誤り。骨密度は低下する。低栄養と低体重により視床下部からのGnRH分泌が抑えられ、エストロゲン欠乏状態となる。エストロゲンには骨吸収を抑える作用があるため、その欠乏で骨吸収が進む。さらにカルシウムやたんぱく質の摂取不足、インスリン様成長因子-1(IGF-1)の低下、コルチゾール高値も骨形成を妨げる。思春期は最大骨量を獲得する大事な時期であり、この時期の発症は将来の骨粗鬆症や骨折のリスクを大きく高める。
- ×d. 高カリウム血症
誤り。神経性やせ症で問題となるのは、むしろ低カリウム血症である。カリウム摂取量の減少に加え、自己誘発性嘔吐(胃液の喪失による代謝性アルカローシスと腎からのカリウム喪失)や、下剤・利尿薬の乱用があれば著明な低カリウム血症をきたす。本例には排出行動がないが、摂取不足から低値になりうる。高カリウム血症は、鑑別に挙がる副腎皮質機能低下症(アルドステロン欠乏)でみられる所見であり、本症とは逆である。
- ×e. 高ナトリウム血症
誤り。本症で起こりうるのは低ナトリウム血症である。経口摂取量が少ないことに加え、空腹をごまかすため、あるいは体重測定前に体重を水増しするための過剰な飲水(水中毒)がよくみられ、希釈性の低ナトリウム血症を起こす。利尿薬の乱用も原因になる。高ナトリウム血症は高度の脱水などで生じるが、本症の典型的所見ではない。
神経性やせ症(anorexia nervosa)の概要
・好発:10歳代〜20歳代前半の女性に多い。過去には「神経性食思不振症」「神経性食欲不振症」と呼ばれ、DSM-5の日本語訳では「神経性やせ症/神経性無食欲症」とされている。 ・DSM-5の診断の柱:①必要量に比べてエネルギー摂取を制限し、年齢・身長などに比べて有意に低い体重となっている、②体重増加や肥満に対する強い恐怖、またはそれを妨げる持続的な行動がある、③自分の体重・体型の感じ方の障害(ボディイメージの歪み)や、低体重の深刻さを認識できない。現在のDSM-5では無月経は必須項目から外れているが、臨床的には極めて頻度の高い所見である。 ・病型:摂食制限型(食事制限・絶食・過剰な運動のみでやせる。本例がこれにあたる)と、過食・排出型(過食や自己誘発性嘔吐、下剤・利尿薬の乱用を繰り返す)。 ・重症度(DSM-5、成人のBMIによる):軽度17以上、中等度16〜16.99、重度15〜15.99、最重度15未満。本例のBMI約12.8は生命の危険がある水準である。
主な身体所見・検査所見
・バイタル:低体温、徐脈、低血圧 ・皮膚:乾燥、産毛の増加、柑皮症(カロテンの蓄積による手掌の黄染)。嘔吐を繰り返す例では、指で嘔吐を誘発するため手背に吐きだこ(Russell徴候)がみられ、唾液腺腫大や歯のエナメル質侵食もみられる ・内分泌:低ゴナドトロピン性の無月経・エストロゲン低下。low T3症候群(T3低値、TSHは正常範囲)。コルチゾール高値。成長ホルモン(GH)は高値だが、その作用を担うIGF-1(ソマトメジンC)は低値となる(GH抵抗性) ・代謝:低血糖、高コレステロール血症(意外にみられる)、肝酵素(AST・ALT)上昇 ・電解質:低カリウム、低ナトリウム、低リン、低マグネシウムなど ・血液:白血球減少、貧血、骨髄の脂肪変性(ゼラチン様変性) ・骨:骨密度低下 ・二次性徴:思春期に一度発達した乳房や陰毛は、やせても基本的に保たれる。これは汎下垂体機能低下症(Sheehan症候群など)との鑑別点となる
治療上の注意:リフィーディング症候群
高度の低栄養状態の患者に急に栄養を補給すると、インスリン分泌の増加に伴いリン・カリウム・マグネシウムが細胞内へ移動する。これにより低リン血症などが急激に進み、心不全・不整脈・意識障害を起こすことがある。これをリフィーディング症候群という。そのため栄養療法は少量から段階的に増量し、電解質(とくにリン)を頻回に確認する。
POINT
・思春期女子の極端な摂取制限、過活動、肥満恐怖、ボディイメージの歪み、無月経をみたら、神経性やせ症を考える。 ・飢餓への適応で代謝が落ち、低体温・徐脈・低血圧・low T3症候群をきたす。 ・エストロゲン低下により無月経と骨密度低下が起こる。 ・血糖・電解質(Na、K、P、Mg)は低値方向に傾く。高カリウム血症は副腎不全を考える所見で、本症の所見ではない。 ・GH高値かつIGF-1低値、コルチゾール高値、高コレステロール血症など「上がる」検査値もある。 ・栄養療法ではリフィーディング症候群(とくに低リン血症)に注意する。
