「もっとやせたい」19歳―低いFT3に甲状腺ホルモンを足してはいけない理由
第119回医師国家試験 C問題 第51問
国試問題にチャレンジ
19歳の女性。無月経と倦怠感を主訴に来院した。1年前から体重の減量を目的に食事を減らすようになった。6か月前から月経がなく,1か月前から倦怠感を自覚しているため心配した母親とともに受診した。1年前と比較して体重は約10kg減少している。本人は減量に満足しておらずもう少し体重を減らしたいと考えている。意識は清明。身長160cm,体重40kg。体温36.0℃。脈拍56/分,整。血圧88/50mmHg。るいそうと下腿の軽度の圧痕性浮腫を認める。尿所見:蛋白(-),糖(-),ケトン体1+。妊娠反応陰性。血液所見:赤血球410万,Hb 12.0g/dL,Ht 40%,白血球3,200,血小板12万。血液生化学所見:AST 20U/L,ALT 18U/L,血糖82mg/dL,TSH 3.6μU/mL(基準0.2~4.0),LH 3mIU/mL(基準1.8~7.6),FSH 4mIU/mL(基準5.2~14.4),FT3 2.0pg/mL(基準2.3~4.3),FT4 1.2ng/dL(基準0.8~2.2),エストラジオール10pg/mL(基準25~75)。経腟超音波検査で子宮の軽度萎縮を認める。 対応で適切でないのはどれか。
- a.栄養管理
- b.心理療法
- c.家族への支援
- d.女性ホルモン投与
- e.甲状腺ホルモン投与
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクター
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ドクターまとめ
減量後もさらにやせたいと望み、著しい低体重の深刻さを認識していない若年女性では神経性やせ症を考え、徐脈・低血圧・浮腫・血球減少・視床下部性無月経は飢餓への適応や合併症として理解できます。TSHとFT4が正常でFT3のみ低い場合は、末梢でのT4→T3変換が低下した低T3症候群であり、甲状腺ホルモンの補充は不要どころか体重減少や不整脈を助長するため不適切です。治療の柱は栄養療法・心理療法・家族支援で、栄養再開時にはrefeeding症候群(特に低リン血症)に注意し、遷延する無月経には骨量減少予防の観点からホルモン補充も考慮されます。検査値の異常を見たとき、それが病気そのものなのか体の適応反応なのかを見極める視点は、あらゆる臨床判断の基本になります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・19歳女性。1年前から減量目的で食事制限を始め、体重は約50kgから40kgへ約10kg(約20%)減少した。 ・それでも本人は満足しておらず、さらに体重を減らしたいと考えている(やせ願望と体重・体型の認知の歪み、病識の乏しさ)。心配した母親に連れられて受診している。 ・身長160cm、体重40kgでBMIは約15.6kg/m²と著しい低体重である。 ・6か月間の無月経、徐脈(56/分)、低血圧(88/50mmHg)、低体温傾向、下腿浮腫がある。 ・尿ケトン体陽性(脂肪分解が進んだ飢餓状態)、白血球と血小板の軽度低下(骨髄の低栄養性変化)。 ・妊娠反応陰性で、妊娠による無月経は否定される。 ・内分泌所見:LH・FSHは低め〜低値、エストラジオール低値(視床下部性の性腺機能低下)。経腟超音波での子宮萎縮はエストロゲン欠乏を反映する。FT3のみ低値で、TSHとFT4は基準範囲内。
診断へのプロセス
意図的な食事制限による著しい低体重、体重増加への抵抗とさらなる減量願望があり、低体重の深刻さを認識していないことから、神経性やせ症(AN:anorexia nervosa、旧称は神経性食欲不振症・神経性食思不振症)と診断できる。徐脈・低血圧・低体温・浮腫・血球減少・無月経はいずれも飢餓に対する身体の適応・合併症として説明できる。
甲状腺機能の読み方
TSH・FT4が正常でFT3のみ低い状態は、低T3症候群(non-thyroidal illness、euthyroid sick syndrome)と呼ばれる。飢餓や重症疾患の際、末梢組織でT4をT3へ変換する脱ヨード酵素の働きが低下し、代わりに不活性なリバースT3が増えることで生じる。これはエネルギー消費を抑えるための生体の適応反応であり、甲状腺自体の病気ではない。栄養状態が回復すれば自然に正常化するため、甲状腺ホルモンを補充する必要はない。むしろ補充すると代謝を亢進させ、体重減少の助長や不整脈などを招くおそれがある。
設問の考え方
ANの治療は、栄養療法(体重の回復)・心理療法・家族への支援を柱とし、無月経や骨量減少などの身体合併症にも対応する。設問は「適切でないもの」を問うており、病態に合わない治療を選ぶ。
選択肢考察
- ×a. 栄養管理
適切な対応である。体重の回復はANの治療の基本で、低T3・無月経・徐脈・血球減少などの身体変化の多くは栄養状態の改善によって回復する。ただし長期の飢餓状態から急に多量のエネルギーを与えると、インスリン分泌に伴いリン・カリウム・マグネシウムが細胞内へ移動して低リン血症などを起こすrefeeding症候群(心不全、不整脈、意識障害などをきたし得る)の危険がある。少量から開始して段階的に増やし、電解質を頻回に確認する。
- ×b. 心理療法
適切な対応である。ANの根底にはやせ願望、肥満恐怖、体型認知の歪み、自己評価の低さなどの心理的問題がある。治療関係を築く支持的精神療法に加え、認知行動療法、対人関係療法などが行われ、病識が乏しく治療意欲に欠ける患者の動機づけを図ることも重要である。
- ×c. 家族への支援
適切な対応である。本例のように本人に病識が乏しく家族が受診を促すことが多く、家族は食事場面での対立や長期の看病で疲弊しやすい。疾患についての心理教育や対応方法の助言、家族の負担軽減を行う。特に思春期・青年期のANでは家族を治療の担い手とする家族療法(家族ベース治療)の有効性が示されている。
- ×d. 女性ホルモン投与
適切な対応となり得る。本例はエストラジオール低値、子宮萎縮を伴う視床下部性無月経であり、長期のエストロゲン欠乏は骨量減少(骨粗鬆症)を招く。無月経の根本的な治療は体重の回復だが、無月経が遷延する場合にはエストロゲン・プロゲスチン製剤によるKaufmann療法などのホルモン補充が考慮される。
- ○e. 甲状腺ホルモン投与
適切でない対応である。本例はTSH・FT4が基準範囲内でFT3のみ低値であり、飢餓による末梢でのT4→T3変換の低下、すなわち低T3症候群と考えられる。エネルギー消費を抑える適応反応であり、甲状腺機能低下症ではないため補充の適応はない。栄養状態の回復により改善する。甲状腺ホルモンを投与すると基礎代謝が上がって体重減少が進み、心負荷や不整脈を招くおそれもある。
神経性やせ症(AN)の概要
・好発:思春期〜青年期の女性に多い。 ・DSM-5の診断の要点:(1) 必要量に比べてエネルギー摂取を制限し、年齢・身長に対して有意に低い体重に至る、(2) 低体重にもかかわらず体重増加・肥満への強い恐怖、または体重増加を妨げる持続的な行動がある、(3) 体重・体型の感じ方の障害、自己評価への過剰な影響、または低体重の深刻さの認識の欠如。かつての診断基準にあった無月経は、DSM-5で必須項目から外された。 ・病型:摂食制限型と、過食・排出型(自己誘発性嘔吐や下剤乱用を伴う)。 ・重症度(成人、BMI):軽度17以上、中等度16〜16.99、重度15〜15.99、最重度15未満。本例(約15.6)は重度に当たる。
身体所見・検査所見の特徴
・徐脈、低血圧、低体温、うぶ毛の増生、浮腫、皮膚乾燥、柑皮症(カロテン血症)。 ・白血球減少などの血球減少、低血糖、肝酵素上昇、低T3症候群、高コレステロール血症。 ・視床下部性無月経(LH・FSH・エストラジオール低値)、骨量減少。 ・過食・排出型では低カリウム血症、代謝性アルカローシス、唾液腺腫大、吐きだこ(Russell徴候)。
鑑別
・単純性体重減少性無月経:体重減少を伴う無月経だが、病識と治療意欲があることがANとの重要な違いである。 ・器質的疾患:甲状腺機能亢進症、糖尿病、悪性腫瘍、炎症性腸疾患、副腎不全など。 ・精神疾患:うつ病、回避・制限性食物摂取症(ARFID)など。
入院を考慮する状況
極端な低体重、高度の徐脈・低血圧、重い電解質異常、低血糖、意識障害、外来での治療が進まない場合などは入院治療を検討する。
POINT
・減量後もさらにやせたい、病識が乏しい、著しい低体重 → 神経性やせ症。 ・TSH・FT4正常でFT3のみ低値 → 低T3症候群(飢餓への適応)。甲状腺ホルモン補充は不要で、栄養回復で改善する。 ・治療の柱は栄養療法・心理療法・家族支援。栄養再開時はrefeeding症候群(低リン血症など)に注意。 ・ANの無月経は視床下部性(LH・FSH・E2低値)。体重回復が基本で、遷延時はホルモン補充を考慮し骨量減少を防ぐ。
