揺らすと痛む腹膜、痛まない胆嚢―腹膜刺激徴候とCourvoisier徴候を見分ける
第118回医師国家試験 B問題 第4問
国試問題にチャレンジ
腹膜炎の所見でないのはどれか。
- a.反跳痛
- b.筋性防御
- c.打診による圧痛
- d.踵下ろし試験陽性
- e.Courvoisier徴候陽性
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
腹膜刺激徴候は、体性神経支配の壁側腹膜に炎症が及び、揺れ・振動・伸展で強い痛みが生じる性質を利用した所見で、反跳痛(Blumberg徴候)、打診痛(tapping pain)、踵下ろし試験陽性、筋性防御(進行すると板状硬)が代表です。これに対しCourvoisier徴候は、黄疸を伴う無痛性の胆嚢腫大で、三管合流部より下流の閉塞、特に膵頭部癌・下部胆管癌・十二指腸乳頭部癌などの悪性閉塞を示唆する所見であり、腹膜炎の所見ではありません。胆石による閉塞では胆嚢が線維化・萎縮して腫大しにくく、急性胆嚢炎の炎症所見はMurphy徴候として区別します。各所見がなぜ生じるのかという病態生理を押さえておくと、似た名前の徴候に惑わされず、急性腹症の診察で重症度や緊急手術の必要性を的確に判断できるようになります。
解答・解説
正解はeです
問われていること
腹部の身体所見のうち、腹膜炎を示さないものを一つ選ぶ問題である(「でないのはどれか」型であることに注意)。
腹膜刺激徴候の考え方
腹膜は、腹壁の内側を覆う壁側腹膜と、臓器の表面を覆う臓側腹膜からなる。臓側腹膜は自律神経支配で痛みの場所がはっきりしない(内臓痛)が、壁側腹膜は体性神経(脊髄神経)に支配されており、炎症が及ぶと鋭く、場所がはっきりした痛み(体性痛)を生じる。炎症を起こした壁側腹膜は、わずかに揺らされたり伸ばされたりするだけで強く痛む。この性質を利用して腹膜炎の存在を推定するのが腹膜刺激徴候である。 ・押した手を急に離して腹膜を揺らす → 反跳痛(Blumberg徴候) ・指先で軽く叩いて腹膜に振動を与える → 打診による圧痛(tapping pain) ・踵を床に落として体ごと腹腔内を揺らす → 踵下ろし試験(heel drop test) ・痛みから腹膜を守ろうと腹壁筋が反射的に緊張する → 筋性防御、さらに進めば板状硬 これに対し、Courvoisier徴候は「痛みのない胆嚢の腫大を触れる」所見であり、胆管の下流側が閉塞して胆汁がうっ滞したことを示す。炎症ではなく閉塞を示す所見で、しかも「無痛性」であることが特徴であるから、腹膜炎の所見ではない。
選択肢考察
- ×a. 反跳痛
腹膜炎の所見である。圧痛のある部位を指でゆっくり深く押し込み、急に手を離したときに、押していたとき以上の痛みが生じる現象で、Blumberg徴候ともよばれる。手を離した瞬間に腹壁が元に戻り、炎症のある壁側腹膜が揺さぶられるために痛む。腹腔内の炎症が壁側腹膜まで及んでいることを示す。ただし患者に強い苦痛を与えるため、まずは打診痛など負担の少ない方法で確認することも多い。
- ×b. 筋性防御
腹膜炎の所見である。腹膜の炎症に対し、腹壁の筋肉が反射的(不随意的)に緊張して硬くなる現象である。患者の緊張やくすぐったさによる随意的な力みとは区別する必要がある。炎症が広がり汎発性腹膜炎に進行すると、軽く触れただけで腹壁全体が板のように硬い「板状硬」となり、消化管穿孔などで緊急手術を考慮すべき所見となる。
- ×c. 打診による圧痛
腹膜炎の所見である。腹部を指先で軽く叩くだけで痛みが生じる所見で、tapping pain(打診痛)ともいう。打診の小さな振動でも炎症のある壁側腹膜が刺激されて痛むことを示し、壁側腹膜まで炎症が及んでいることを意味する。反跳痛より患者への負担が小さく、腹膜刺激徴候を確認する方法として有用である。
- ×d. 踵下ろし試験陽性
腹膜炎の所見である。踵下ろし試験(heel drop test)は、患者につま先立ちをさせてから勢いよく踵を床に下ろさせ、その衝撃が腹部に響いて痛むかをみる検査である。体全体の振動で腹腔内が揺さぶられ、炎症のある腹膜が刺激されると陽性となる。急性虫垂炎などで腹膜刺激の有無を評価する際に用いられる。同様の原理で、車の振動や咳・歩行で腹痛が響くことも腹膜刺激を示唆する。
- ○e. Courvoisier徴候陽性
腹膜炎の所見ではないため、これが正解である。Courvoisier徴候は、黄疸のある患者で、痛みを伴わない腫大した胆嚢を体表から触れる所見である。胆嚢管が総胆管に合流する部位(三管合流部)より下流で胆管が徐々に閉塞すると、胆汁がうっ滞して胆嚢が緊満し腫大する。原因は膵頭部癌、下部胆管癌、十二指腸乳頭部癌などの悪性腫瘍が代表的である。一方、胆石による閉塞では、胆嚢が慢性炎症で線維化・萎縮していることが多いため腫大しにくい。炎症ではなく閉塞による所見であり、しかも無痛性である点が、腹膜刺激徴候とは本質的に異なる。
腹膜刺激徴候のまとめ
・反跳痛(Blumberg徴候):圧迫した手を急に離すと痛む。 ・筋性防御:腹壁筋の反射的な緊張。進行すると板状硬。 ・打診痛(tapping pain):軽い打診で痛む。 ・踵下ろし試験(heel drop test):踵を落とした衝撃で腹部に痛みが響く。 ・咳嗽試験:咳をすると腹部に痛みが響く。 腹膜炎の患者は体を動かすと痛みが増すため、じっと動かずに横たわっていることが多い(これに対し、尿管結石などの疝痛では痛みで落ち着きなく動き回る)。
急性虫垂炎でみられる圧痛点と徴候
腹膜刺激徴候は急性虫垂炎の診察と結びつけて出題されることが多い。 ・McBurney点:臍と右上前腸骨棘を結ぶ線の外側1/3の点。 ・Lanz点:左右の上前腸骨棘を結ぶ線の右側1/3の点。 ・Kümmell点:臍の右下1〜2cm付近。 ・Rovsing徴候:左下腹部を圧迫すると右下腹部に痛みを生じる。 ・Rosenstein徴候:左側臥位にするとMcBurney点の圧痛が増強する。 ・腸腰筋徴候(psoas sign):右股関節を伸展させると右下腹部痛が増強する(後腹膜側の虫垂炎で陽性になりやすい)。 ・閉鎖筋徴候(obturator sign):右股関節を屈曲・内旋すると痛みが出る(骨盤内の虫垂炎で陽性になりやすい)。 ・炎症が骨盤腔に及ぶと、直腸診で直腸の右側に圧痛を認めることがある。
胆嚢・胆道に関する身体所見の整理
・Courvoisier徴候:無痛性の胆嚢腫大。三管合流部より下流の閉塞(膵頭部癌、下部胆管癌、乳頭部癌など)を示唆する。 ・Murphy徴候:右季肋部を圧迫したまま深吸気させると、痛みで吸気が途中で止まる。急性胆嚢炎を示唆する炎症の所見である。 両者はいずれも胆嚢の所見だが、意味がまったく異なる点を区別しておく。
POINT
・腹膜刺激徴候:反跳痛(Blumberg徴候)、筋性防御(板状硬)、打診痛、踵下ろし試験陽性。 ・いずれも炎症のある壁側腹膜が揺れ・振動・伸展で痛むことを利用した所見である。 ・Courvoisier徴候=黄疸+無痛性胆嚢腫大で、三管合流部より下流の悪性閉塞(膵頭部癌、下部胆管癌、乳頭部癌)を疑う。腹膜炎の所見ではない。 ・急性胆嚢炎の炎症所見はMurphy徴候であり、Courvoisier徴候と混同しない。
