「薬は嫌です」と言われたら―突き放さずに対話を続ける糖尿病診療
第118回医師国家試験 B問題 第26問
国試問題にチャレンジ
54歳の女性。糖尿病の定期診察で受診している。既往歴に特記すべきことはない。専業主婦。喫煙歴はない。飲酒は機会飲酒。51歳で閉経。家族歴に特記すべきことはない。身長158cm,体重80kg。BMI 31.3。体温36.2℃。脈拍72/分,整。血圧126/78mmHg。呼吸数18/分。身体所見に異常を認めない。空腹時血糖は180~220mg/dL,HbA1cは8~10%(基準4.9~6.0)で推移しており,改善傾向はない。体重は2年間で5kg増加した。外来担当医は血糖降下薬を推奨したが,患者は毎回「次回までに体重を必ず減らせるから,薬は始めたくない」と断っている。ただし,通院を継続する意思はある。 この患者への声かけで適切でないのはどれか。
- a.「どのような治療なら実践可能だと思いますか」
- b.「どのようなことを治療の目標と考えていますか」
- c.「改めて薬を始めたくない理由をお話しいただけますか」
- d.「いまの糖尿病の状態が続くと,どうなると考えていますか」
- e.「薬を始めないのであれば,他の医療機関を受診していただけますか」
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
医学的に薬物療法が必要でも患者が拒否している場合は、説得や対立ではなく、開かれた質問で解釈モデル・治療目標・懸念・現状認識を引き出し、実行可能な方法を一緒に探して合意形成を目指します。治療方針の食い違いを理由に他院受診を促すことは、信頼関係を損ない通院中断を招くため不適切であり、患者が希望するセカンドオピニオンや患者の利益のための紹介とは区別されます。動機づけ面接や行動変容ステージモデル、共同意思決定の考え方は、こうした場面で行動変容を支える有効な枠組みです。肥満を伴う2型糖尿病ではメトホルミン、SGLT2阻害薬、GLP-1受容体作動薬など体重を増やしにくい薬剤の情報提供が、服薬への抵抗を和らげる一助になりえます。通院を続ける患者との関係を保ちながら対話を重ねる姿勢は、慢性疾患診療全般の基本です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・54歳女性、糖尿病で定期通院中。既往歴・家族歴に特記事項はなく、喫煙歴はない。 ・身長158cm、体重80kgでBMI 31.3。日本肥満学会の基準ではBMI 25以上が肥満、30以上35未満は肥満2度にあたる。さらに2年間で5kg増加しており、体重は増加傾向にある。 ・空腹時血糖180〜220mg/dL、HbA1c 8〜10%で推移し、改善傾向がない。合併症予防のための目標であるHbA1c 7.0%未満を大きく上回っており、血糖コントロールは不良である。 ・血圧126/78mmHgは正常高値血圧に相当する。身体所見に異常はない。
病態の判断
肥満を伴う2型糖尿病で、食事療法・運動療法を中心とした生活習慣の改善だけでは目標に達しておらず、むしろ体重が増えている。医学的には薬物療法の追加が妥当な状況であり、担当医の推奨は適切である。
設問の考え方
一方、患者は「次回までに体重を必ず減らせる」と繰り返し服薬を断っているが、通院を続ける意思はある。ここで求められるのは、医師の方針を押しつけることでも、患者の判断を放置することでもなく、患者中心の医療面接によって本人の考えを引き出し、治療への動機づけを高めることである。具体的には、薬を嫌がる理由(解釈モデル:病気や治療についての患者自身の考え・不安・期待)を聞く、患者自身にとっての治療目標を確認する、現状が続いた場合の見通しを本人に考えてもらう、実行可能な方法を一緒に探す、といった開かれた質問が有効である。これは動機づけ面接の考え方にも通じる。 治療方針で意見が食い違ったことを理由に他院受診を促す声かけは、患者を突き放して信頼関係を損ない、通院中断を招くおそれがあるため、適切でない。本問は「適切でないのはどれか」を問う設問である点に注意する。
選択肢考察
- ×a. 「どのような治療なら実践可能だと思いますか」
適切な声かけである。患者自身に、生活の中で続けられる治療や取り組みを考えてもらう開かれた質問である。本人が選んだ方法は実行されやすく、治療への主体的な参加(アドヒアランスの向上)につながる。患者の返答をもとに、食事・運動療法の具体的な目標や、受け入れやすい薬物療法の選択肢を話し合うきっかけにもなる。
- ×b. 「どのようなことを治療の目標と考えていますか」
適切な声かけである。患者が治療に何を期待しているのか(体重を減らしたい、薬に頼りたくない、合併症を防ぎたいなど)を確認する質問である。医師と患者の目標がずれていると話し合いは平行線になりやすい。互いの目標を共有することで、なぜ血糖を下げる必要があるのかを患者が理解しやすくなり、共同で方針を決める土台ができる。
- ×c. 「改めて薬を始めたくない理由をお話しいただけますか」
適切な声かけである。服薬への抵抗の背景には、副作用や「一度始めたらやめられない」という不安、薬を使うことへの抵抗感、費用、低血糖への恐れなど、さまざまな思いがありうる。その理由(解釈モデル)を把握しなければ、適切な情報提供や不安の解消はできない。抵抗の理由を丁寧に聴くことは、患者の考えを尊重しつつ合意形成を図るうえで欠かせない。
- ×d. 「いまの糖尿病の状態が続くと,どうなると考えていますか」
適切な声かけである。血糖コントロール不良が続いた場合に起こりうる網膜症・腎症・神経障害などの細小血管障害や、心筋梗塞・脳梗塞などの大血管障害について、患者がどの程度理解しているかを確かめる質問である。医師が一方的に説明するのではなく、まず本人の認識を聞くことで、理解の不足や誤解を補い、治療の必要性を本人が自ら感じられるよう促すことができる。
- ○e. 「薬を始めないのであれば,他の医療機関を受診していただけますか」
適切でない声かけであり、これが正解である。患者は治療方針に同意していないものの、通院を続ける意思を示しており、医師と患者の関係は保たれている。この状況で「薬を始めないなら他院へ」と伝えるのは、患者の意見を受け入れず診療を打ち切る意思表示と受け取られかねず、信頼関係を損なう。その結果、受診そのものをやめてしまい、血糖コントロールがさらに悪化するおそれもある。患者の自己決定を尊重しながら、継続的な対話で合意を目指すべきである。なお、患者が希望する場合のセカンドオピニオンの案内や、より専門的な施設への紹介は、患者の利益を目的とするものであれば問題はなく、意見の対立を理由に診療を拒むこととは区別される。
患者中心の医療面接と行動変容
・解釈モデル:病気の原因、治療、今後の見通しなどについて患者自身が抱いている考え方。これを聴き取ることで、患者の不安や誤解を把握し、説明の仕方を工夫できる。 ・開かれた質問(open-ended question):「はい・いいえ」で答えられない質問。患者の考えや感情を引き出すのに適している。 ・動機づけ面接:患者が抱える「変わりたい気持ち」と「変わりたくない気持ち」の両方を受け止め、本人の言葉から変化への動機を引き出していく面接技法。説得や対立は抵抗を強めるため避ける。 ・行動変容ステージモデル:無関心期→関心期→準備期→実行期→維持期。ステージに応じた支援が有効とされる。 ・共同意思決定(shared decision making):医療者が医学的な情報を、患者が価値観や生活上の事情を持ち寄り、一緒に治療方針を決める考え方。
肥満を伴う2型糖尿病の薬物療法
肥満を伴う2型糖尿病では、体重増加をきたしにくい、あるいは体重減少が期待できる薬剤を優先して検討する。メトホルミン(ビグアナイド薬)は体重を増やしにくく、SGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬は体重減少効果が期待できる。一方、スルホニル尿素(SU)薬、インスリン、ピオグリタゾン(チアゾリジン薬)は体重増加をきたしやすい。患者が懸念していることが体重であれば、体重を減らす方向に働く薬もあると情報提供することは、服薬への抵抗を和らげる一助になりうる。
血糖コントロール目標(成人)
血糖正常化を目指す際の目標はHbA1c 6.0%未満、合併症予防のための目標は7.0%未満、低血糖などで治療強化が難しい場合の目標は8.0%未満とされる。本症例のHbA1c 8〜10%はいずれの目標も上回っている。
POINT
・治療方針に同意しない患者には、解釈モデル・治療目標・懸念を開かれた質問で引き出し、合意形成を目指す。 ・意見の対立を理由に他院受診を促すことは、信頼関係を損ない受診中断を招くため不適切である。 ・通院継続の意思がある患者との関係を維持し、継続的な対話で行動変容を支援する。 ・肥満を伴う2型糖尿病では、メトホルミン、SGLT2阻害薬、GLP-1受容体作動薬など体重を増やしにくい薬剤を検討する。
