吸気で下りる臓器、指の腹側に触れる臓器―解剖から解く腹部・骨盤部の触診
第118回医師国家試験 B問題 第2問
国試問題にチャレンジ
腹部骨盤部の触診で正しいのはどれか。
- a.肝臓は,双手診で裏面を触知する。
- b.膵臓は,深呼気時に触知する。
- c.腎臓は,深吸気時に上極を触知する。
- d.膀胱は,直腸指診で背側に触知する。
- e.前立腺は,直腸指診で腹側に触知する。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
腹部の触診では、横隔膜直下の肝臓・脾臓・腎臓が深吸気時に下降するため、肝下縁や腎・脾の下極を触れるのが基本で、肝臓の裏面や肋骨に覆われた腎上極は触知できません。膵臓は胃の背側にある後腹膜臓器で、通常の触診では呼吸相にかかわらず触れず、画像検査で評価します。骨盤内は前から膀胱、前立腺、直腸の順に並ぶため、直腸指診では前立腺を腹側に触れ、背側には仙骨・尾骨を触れます。正常の前立腺はクルミ大・弾性硬で正中溝を触れ、肥大症では弾性硬の腫大、癌では石様硬の結節が特徴です。臓器の解剖学的位置と呼吸による移動から所見を理解しておくことは、OSCEから日常診療まで通じる身体診察の土台になります。
解答・解説
正解はeです
腹部・骨盤部の各臓器を触診するとき、「どの臓器が、どの呼吸相で、どの部分が、どの方向に触れるか」を解剖学的位置関係と結びつけて理解しているかを問う問題である。 考え方の軸は2つある。 ①呼吸による移動:横隔膜直下にある肝臓・脾臓・腎臓は、吸気時に横隔膜が下がることで下方へ押し下げられる。そのため、肋骨弓の下や側腹部で、吸気時に臓器の「下側の部分(下縁・下極)」が手に触れてくる。呼気時には臓器が上方へ戻り、肋骨の内側に隠れてしまう。 ②骨盤内の前後関係:骨盤内では、前方(腹側)から順に、男性では恥骨結合→膀胱→前立腺(膀胱の下方)→直腸、女性では恥骨結合→膀胱→子宮・腟→直腸と並ぶ。直腸指診では、直腸の前壁越しに腹側の臓器を、後壁越しに仙骨・尾骨を触れることになる。 この2点を当てはめると、各選択肢の正誤を判断できる。
選択肢考察
- ×a. 肝臓は,双手診で裏面を触知する。
肝臓の触診は、患者を仰臥位にして、検者の左手を右背部(第11〜12肋骨付近)に当てて肝臓を前方へ持ち上げ、右手の指先を右肋骨弓下に置いて深吸気をさせ、下りてくる肝臓の下縁(前縁)を指先で受け止めるように行う。評価するのは肝下縁の位置(右鎖骨中線上で肋骨弓下何cmか)、辺縁の性状(鋭か鈍か)、表面の性状(平滑か凹凸か)、硬さ、圧痛の有無である。肝臓の裏面(臓側面)は腹腔の奥に向いており、体表から触れることはできない。
- ×b. 膵臓は,深呼気時に触知する。
膵臓は胃の背側、第1〜2腰椎の高さで後腹膜に固定された臓器であり、前方を胃や横行結腸に覆われているため、通常の腹部触診では呼吸相にかかわらず触知できない。膵臓の評価は、腹部超音波検査、CT、MRI、超音波内視鏡などの画像検査で行う。なお、膵頭部癌による胆道閉塞で腫大した胆嚢を右季肋部に無痛性に触れる所見(Courvoisier徴候)や、膵仮性嚢胞などの大きな腫瘤が触れることはあるが、これは膵臓そのものを触知しているわけではない。
- ×c. 腎臓は,深吸気時に上極を触知する。
腎臓は後腹膜に位置し、上極は肋骨に覆われているため触れない。触診は双手診で行い、一方の手を背部(肋骨脊柱角付近)に当てて腎臓を前方へ押し上げ、もう一方の手を前腹壁の肋骨弓下に置いて、深吸気時に下降してくる腎臓の「下極」を両手で挟むように触れる。正常の腎臓は通常触知できないことが多いが、やせた人では右腎(肝臓に押されて左腎より低い位置にある)の下極を触れることがある。触れた場合は大きさ、表面の性状、圧痛の有無を評価する。選択肢は「上極」としている点が誤りである。
- ×d. 膀胱は,直腸指診で背側に触知する。
膀胱は恥骨結合のすぐ後ろ、直腸よりも前方(腹側)に位置するため、直腸指診で「背側」に触れることはない。直腸指診で背側にあるのは仙骨・尾骨である。また、空虚な膀胱は直腸指診でも腹部触診でも通常触知できない。尿が貯留して膀胱が緊満すると、恥骨結合の上方に平滑なドーム状の腫瘤として触れ、打診で濁音を示す(尿閉の評価)。
- ○e. 前立腺は,直腸指診で腹側に触知する。
前立腺は膀胱頸部の下方で尿道を取り囲み、直腸のすぐ前方(腹側)に位置する。そのため、直腸指診では示指を肛門から挿入し、指腹を腹側(直腸前壁)に向けることで前立腺の後面を触れることができる。正常の前立腺はクルミ大で、弾性硬、表面平滑であり、中央に正中溝を触れる。前立腺肥大症では弾性硬のまま全体に腫大し、前立腺癌では石様硬の結節や表面不整を触れ、急性前立腺炎では熱感と強い圧痛を認める(急性前立腺炎では強い圧迫やマッサージは菌血症を誘発するため避ける)。
呼吸と腹部臓器の触診
・肝臓、脾臓、腎臓、胆嚢は横隔膜の動きに伴って移動するため、深吸気時に下方へ移動したところを触れる。 ・肝臓:右肋骨弓下で下縁を触れる。正常では触れないか、肋骨弓下1〜2横指程度の鋭い辺縁を触れる程度である。肝硬変では辺縁鈍・硬く、表面に凹凸がみられることがある。 ・脾臓:正常では触知しない。右側臥位、または仰臥位で左背部を持ち上げ、左肋骨弓下で深吸気時に脾の下極(脾切痕を触れることもある)を触れる。触知できれば脾腫を意味する。 ・腎臓:双手診で深吸気時に下極を触れる。右腎は左腎より低位にあるため触れやすい。 ・胆嚢:正常では触れない。Murphy徴候(右季肋部を圧迫しながら深吸気させると疼痛で吸気が止まる)は急性胆嚢炎の所見である。
直腸指診で評価できるもの
・肛門括約筋の緊張、肛門管・直腸下部の腫瘤(直腸癌、痔核など) ・腹側:男性では前立腺(後面)・精嚢(正常では触れにくい)、女性では子宮頸部・腟後壁 ・Douglas窩(直腸子宮窩・直腸膀胱窩):腹膜炎での圧痛、腹膜播種による結節(Schnitzler転移) ・背側:仙骨・尾骨 ・便の性状(黒色便、血便など)
直腸指診の体位
・左側臥位(Sims位)、膝胸位、砕石位などで行う。
POINT
・肝臓・腎臓・脾臓は深吸気時に下降してくる部分(肝下縁、腎下極、脾下極)を触れる。 ・腎臓は双手診で触れ、上極は肋骨に覆われているため触知しない。 ・膵臓は後腹膜臓器で、通常の触診では触れない。 ・直腸指診では前立腺は腹側に触れる(正常:クルミ大、弾性硬、正中溝あり)。 ・膀胱は直腸より腹側にあり、緊満時は恥骨上にドーム状に触れる。
