押す・離す・吸う―腹部触診の「タイミング」と「位置」を正しく覚える
第117回医師国家試験 E問題 第14問
国試問題にチャレンジ
腹部の触診で正しいのはどれか。
- a.健常者の膵臓は深吸気時に触知する。
- b.健常者では両側の腎臓全体を触知する。
- c.反跳痛は除圧時より加圧時の痛みが強い。
- d.Murphy徴候は患者が大きく息を吐いた時に評価する。
- e.McBurney圧痛点は臍と右前上腸骨棘を結ぶ線上外側1/3にある。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
健常者では膵臓は後腹膜の深部にあるため触知せず、腎臓も全体を触れることはありません。やせた人で深吸気時に右腎の下極を触れる程度です。反跳痛(Blumberg徴候)は急に除圧したときに痛みが強まる腹膜刺激症状で、Murphy徴候は右季肋部に指を当てたまま深吸気させ、下降した胆嚢による痛みで吸気が止まれば陽性とする急性胆嚢炎の所見です。McBurney点は臍と右上前腸骨棘を結ぶ線の外側1/3にあり、Lanz点やRovsing徴候などとあわせて急性虫垂炎の評価に用います。各手技の「位置」と「タイミング」を臓器の解剖や動きと結びつけて理解しておけば、急性腹症の診察で所見を正確にとり、解釈することにつながります。
解答・解説
正解はeです
腹部の身体診察のうち、触診の基本的な所見と代表的な徴候を問う一般問題である。
考え方
各選択肢は「健常者で何が触れるか(膵臓・腎臓)」と「腹膜刺激症状や特定疾患の徴候(反跳痛、Murphy徴候、McBurney圧痛点)」に分けて整理するとよい。 ・健常者で触知しうる臓器は限られる。肝臓の下縁は深吸気で横隔膜とともに下降するため触れることがあり、やせた人では右腎の下極が深吸気時にかろうじて触れることがある。一方、後腹膜の深部にあり胃の背側に位置する膵臓は、正常では触れない。 ・反跳痛(Blumberg徴候)は、ゆっくり押した後に手を急に離した「除圧時」に痛みが強まる現象である。 ・Murphy徴候は、右季肋部に指を当てたまま「深く息を吸わせる」ことで、炎症のある胆嚢が下降して指に当たり、痛みで吸気が止まる所見である。 ・McBurney圧痛点は臍と右上前腸骨棘を結ぶ線を3等分したときの外側1/3の点(右上前腸骨棘から約1/3の位置)であり、急性虫垂炎で圧痛を認める部位である。 以上から、正しい記述はeである。 なお、腹部診察の順序は視診→聴診→打診→触診が原則である。触診で先に腸管を刺激すると腸蠕動音が変化しうるため、聴診を触診より前に行う。また、痛みのある部位は患者の緊張(筋性防御の誤認)を避けるため最後に触れる。
選択肢考察
- ×a. 健常者の膵臓は深吸気時に触知する。
誤り。膵臓は後腹膜臓器で、胃の背側、第1〜2腰椎の高さを横走している。腹壁から深く、前方を胃や横行結腸が覆うため、健常者では呼吸相にかかわらず触知できない。深吸気時に触知しやすくなる代表は肝臓(下縁)である。膵臓が腫瘤として触れる場合は、膵仮性嚢胞や大きな膵腫瘍など病的状態を考える。
- ×b. 健常者では両側の腎臓全体を触知する。
誤り。腎臓は後腹膜にあり、上部は肋骨に覆われているため、健常者で腎臓全体を触れることはない。肝臓に押し下げられて左より低い位置にある右腎は、やせた人では深吸気時に双手診で下極だけを触れることがある程度である。左腎は通常触れない。腎全体が触知されれば、多発性嚢胞腎、水腎症、腎腫瘍などによる腫大を疑う。
- ×c. 反跳痛は除圧時より加圧時の痛みが強い。
誤り。記述が逆である。反跳痛(Blumberg徴候)は、腹壁をゆっくり圧迫した後に急に手を離した瞬間(除圧時)に、圧迫時より強い痛みが生じる現象である。急な除圧で炎症のある壁側腹膜が揺さぶられることで生じ、筋性防御とともに腹膜刺激症状(腹膜炎の存在を示す所見)として重要である。
- ×d. Murphy徴候は患者が大きく息を吐いた時に評価する。
誤り。Murphy徴候は吸気時に評価する。検者が右季肋部(右鎖骨中線と肋骨弓の交点付近)に指を差し入れるように当てたまま患者に深く息を吸わせると、横隔膜とともに下降した胆嚢が指に当たる。急性胆嚢炎ではこのとき痛みが誘発され、吸気が途中で止まる。これを陽性とし、急性胆嚢炎の診断(急性胆管炎・胆嚢炎診療ガイドラインの局所の臨床徴候の一つ)に用いられる。呼気時には胆嚢が上方へ移動するため評価できない。
- ○e. McBurney圧痛点は臍と右前上腸骨棘を結ぶ線上外側1/3にある。
正しい。McBurney点は臍と右上前腸骨棘を結んだ線を3等分し、外側(上前腸骨棘側)1/3の点にあたり、虫垂根部の体表投影部位とされる。急性虫垂炎ではこの点に限局した圧痛を認めることが多い。なお、両側の上前腸骨棘を結ぶ線の右1/3の点はLanz点と呼ばれ、同じく虫垂炎の圧痛点として知られる。
腹部診察の手順
視診→聴診→打診→触診の順で行う。触診は浅い触診から深い触診へ進め、疼痛部位は最後に診る。患者は仰臥位で膝を立て、腹壁の緊張を緩めさせる。
健常者で触知しうるもの
・肝臓:深吸気時に右肋骨弓下で下縁を触れることがある。 ・右腎下極:やせた人で深吸気時に双手診で触れることがある。 ・腹部大動脈の拍動:やせた人で臍上部に触れる。 ・S状結腸(便塊):左下腹部に触れることがある。 ・膵臓、胆嚢、脾臓は通常触知しない(脾臓は正常の2〜3倍に腫大して初めて触れるとされる)。
腹膜刺激症状
・反跳痛(Blumberg徴候):除圧時に痛みが増強する。 ・筋性防御:腹壁の筋が反射的に緊張する。進行すると板状硬となる。 ・踵落とし試験(heel drop test)、咳嗽試験なども腹膜刺激の評価に用いる。
虫垂炎に関する所見
・McBurney点:臍と右上前腸骨棘を結ぶ線の外側1/3。 ・Lanz点:両側上前腸骨棘を結ぶ線の右1/3。 ・Rovsing徴候:左下腹部を圧迫すると右下腹部に痛みを生じる。 ・Rosenstein徴候:左側臥位でMcBurney点の圧痛が増強する。 ・腸腰筋徴候(psoas sign):右股関節を伸展させると痛みが増強する(後腹膜側の虫垂炎で陽性になりやすい)。
胆嚢に関する所見
・Murphy徴候:右季肋部を圧迫しながら深吸気させると痛みで吸気が止まる(急性胆嚢炎)。 ・Courvoisier徴候:無痛性の胆嚢腫大と黄疸(膵頭部癌や下部胆管癌など、胆嚢管合流部より下流の悪性閉塞を示唆)。
POINT
・健常者で膵臓は触知しない。腎臓は全体を触れることはなく、右腎下極を深吸気時に触れることがある程度。 ・反跳痛(Blumberg徴候)は「除圧時」に痛みが強まる腹膜刺激症状。 ・Murphy徴候は「深吸気時」に評価し、痛みで吸気が止まれば陽性(急性胆嚢炎)。 ・McBurney点は臍と右上前腸骨棘を結ぶ線の外側1/3、Lanz点は両上前腸骨棘を結ぶ線の右1/3。 ・診察順序は視診→聴診→打診→触診、痛む部位は最後に触れる。
