夕方に重くなる左陰嚢のしこり―「ミミズの束」が精子をつくる力を奪う
第117回医師国家試験 D問題 第55問
国試問題にチャレンジ
20歳の男性。左陰嚢の腫瘤を主訴に来院した。1年前から陰嚢上部の腫瘤に気付いていた。夕方になると時々左陰嚢に鈍痛を自覚することがあった。立位での左陰嚢上部の写真(A)を示す。破線で囲まれた部位に腫瘤を触知する。腫瘤は柔らかく,仰臥位で縮小し立位で腹圧を加えると腫大する。臥位での破線部の安静時超音波像(B)と腹圧時カラードプラ超音波像(C)を示す。 この患者に生じる可能性が高いのはどれか。

- a.射精障害
- b.造精機能障害
- c.蓄尿障害
- d.排尿障害
- e.勃起障害
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
陰嚢上部の柔らかい腫瘤が臥位で縮小し、立位や腹圧で増大し、カラードプラで腹圧時の逆流がとらえられれば精索静脈瘤と診断できます。左精巣静脈が左腎静脈に直角に流入するなどの解剖学的理由から、約9割は左側に生じます。うっ滞した静脈血による精巣温度の上昇、低酸素、酸化ストレスなどで精子形成が障害されるため、本症は男性不妊の原因として最も頻度が高く、起こりやすいのは造精機能障害です。射精・勃起・蓄尿・排尿といった機能には直接影響しない点を押さえ、右側のみや臥位で縮小しない静脈瘤では腎細胞癌などによる二次性を疑う姿勢も大切です。男性不妊を造精・精路・性機能の3段階に分けて考える習慣は、泌尿器科診療全般の土台になります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・20歳の男性。1年前から左陰嚢上部の腫瘤に気付いている。 ・夕方になると時々左陰嚢に鈍痛を感じる。立位で過ごす時間が長くなるほど静脈うっ血が強まり、重い感じや鈍い痛みが出やすくなる経過である。 ・写真(A)では立位で左陰嚢上部(精巣より上方)が膨隆している。 ・腫瘤は柔らかく、仰臥位で縮小し、立位で腹圧を加えると腫大する。体位や腹圧で大きさが変わることは、内容が静脈血であることを強く示唆する。 ・超音波(B)では精巣上方に拡張した管腔構造が集まってみえ、腹圧時のカラードプラ(C)ではそこに血流信号が現れる。腹圧をかけたときに静脈血が逆流していることを示しており、静脈瘤に特徴的な所見である。
鑑別
陰嚢内の腫大では、精巣腫瘍(硬く、体位で変化しない)、精巣上体炎(有痛性で発熱を伴うことが多い)、陰嚢水腫(透光性があり、精巣を取り囲む無エコー域)、精液瘤(精巣上体の嚢胞)、鼠径ヘルニア(腸管などの脱出)などを考える。本例は柔らかく、体位と腹圧で大きさが変わり、ドプラで逆流性の血流がとらえられることから、左精索静脈瘤と診断できる。
設問の考え方
精索静脈瘤は、精巣からの静脈還流がうっ滞・逆流して蔓状静脈叢(精索内で網目状に精巣を取り巻く静脈群)が拡張した状態である。精巣は精子をつくるために体温より低い温度に保たれる必要があるが、うっ滞した温かい静脈血によって精巣温度が上昇し、さらに低酸素、酸化ストレス、腎静脈・副腎静脈からの代謝産物の逆流などが加わって、精子形成(造精機能)が障害される。その結果、精子数の減少、運動率の低下、形態異常が生じ、男性不妊の原因となる。精索静脈瘤は男性不妊の原因として最も多い疾患であり、本例で生じる可能性が高いのは造精機能障害である。
選択肢考察
- ×a. 射精障害
射精障害は、射精を担う交感神経・体性神経の障害(糖尿病性神経障害、後腹膜リンパ節郭清後など)や、薬剤(前立腺肥大症に用いるα1遮断薬による射出障害など)、心理的要因によって生じ、逆行性射精(精液が膀胱へ逆流する)や射精不能などの形をとる。精索静脈瘤は精巣の静脈還流の異常であり、精路(精子の通り道)や射精にかかわる神経を障害しない。
- ○b. 造精機能障害
拡張した蔓状静脈叢に血液がうっ滞・逆流することで、精巣温度の上昇、低酸素、酸化ストレス、腎静脈・副腎静脈からの代謝産物の逆流などが起こり、精子形成が障害される。精子数の減少、運動率の低下、形態異常(乏精子症・精子無力症・奇形精子症)を来し、進行すれば患側精巣の萎縮も生じうる。精索静脈瘤は男性不妊の原因として最も頻度が高く、精液検査の異常を伴う場合には手術(精索静脈瘤根治術)で精液所見の改善が期待できる。
- ×c. 蓄尿障害
蓄尿障害は膀胱に尿をためる機能の障害で、頻尿、尿意切迫感、切迫性尿失禁などを呈する。過活動膀胱、膀胱炎、神経因性膀胱、間質性膀胱炎などで起こる下部尿路の機能障害であり、陰嚢内の静脈の病気である精索静脈瘤とは関係しない。
- ×d. 排尿障害
排尿障害(排出障害)は尿を出す過程の障害で、尿勢低下、排尿遅延、残尿感、尿閉などを呈する。前立腺肥大症や尿道狭窄による下部尿路の閉塞、神経因性膀胱による膀胱収縮力の低下などが原因となる。精索静脈瘤は尿路に影響しないため、これを来すことはない。
- ×e. 勃起障害
勃起障害は、陰茎海綿体への動脈血流の不足(動脈硬化、糖尿病など)、陰茎海綿体神経の損傷(前立腺全摘除術後など)、内分泌異常、心理的要因などで生じる。精索静脈瘤は精巣からの静脈還流の異常であり、陰茎の血流や勃起にかかわる神経には影響しない。また、精索静脈瘤による精巣障害で男性ホルモン(テストステロン)が低下することはありうるが、勃起障害が生じる可能性が高いとはいえない。
精索静脈瘤の概要
・精巣から戻る静脈血が逆流・うっ滞して、精索内の蔓状静脈叢が拡張・蛇行した状態。思春期以降の男性の約15%にみられ、男性不妊症患者ではさらに高頻度にみられる。 ・約90%が左側に生じる。左精巣静脈は左腎静脈にほぼ直角に流入し、右精巣静脈は下大静脈に斜めに流入するため、左側の方が静脈圧の影響を受けやすい。さらに左精巣静脈は経路が長く、静脈弁の欠損・機能不全もかかわる。左腎静脈が上腸間膜動脈と大動脈の間で圧迫される現象(ナットクラッカー現象)も左側優位の一因とされる。
症状と所見
・多くは無症状で、不妊検査で発見されることが多い。立位で長時間過ごしたあとの陰嚢の重い感じや鈍痛を訴えることがある。 ・立位で陰嚢上部に「ミミズの束」のような柔らかい腫瘤を触れ、臥位で縮小する。立位でいきませる(バルサルバ法)と増大・触知しやすくなる。 ・超音波・カラードプラで拡張した静脈と、腹圧時の逆流をとらえる。 ・右側のみの静脈瘤や、臥位でも縮小しない静脈瘤では、腎細胞癌や後腹膜腫瘍による静脈圧迫などの二次性を疑い、腹部の画像検査を行う。
治療
・精液所見の異常を伴う不妊例、疼痛の強い例、思春期で患側精巣の発育遅延(萎縮)がある例などで手術を考慮する。 ・顕微鏡下低位結紮術(鼠径部より下で拡張静脈を結紮する方法)が再発や合併症が少なく、広く行われる。ほかに腹腔鏡下手術や経カテーテル塞栓術がある。
男性不妊の原因の整理
・造精機能障害(最多):精索静脈瘤、停留精巣の既往、クラインフェルター症候群、Y染色体微小欠失、ムンプス精巣炎後、抗癌薬・放射線治療後など。 ・精路通過障害:精管欠損、精巣上体炎後、鼠径ヘルニア手術後など。 ・性機能障害:勃起障害、射精障害(逆行性射精など)。
POINT
・陰嚢上部の柔らかい腫瘤で、臥位で縮小し立位・腹圧で増大する→精索静脈瘤。 ・精索静脈瘤は左側に多い(左精巣静脈が左腎静脈に直角に流入するため)。 ・精巣温度上昇などにより造精機能障害を来し、男性不妊の原因として最も多い。 ・射精・勃起・排尿・蓄尿といった機能には直接影響しない。 ・右側のみ、または臥位で縮小しない静脈瘤では、腎細胞癌などによる二次性を疑う。
