あごが動き始めたら残り数時間―看取りの時を告げる「下顎呼吸」
第116回医師国家試験 F問題 第44問
国試問題にチャレンジ
85歳の男性。3週間前に肺炎のため入院した。2年前に進行肺癌と診断されたが癌の治療は受けていない。入院後は本人および妻と十分に相談のうえ,抗菌薬治療と1日500mLの輸液のみを行っている。今朝は①呼びかけても答えない意識レベルとなり,②水分を嚥下できず,③下顎呼吸を認める。④四肢に浮腫を認める。⑤昨日は排便がなかった。高齢の妻は自宅におり,死亡時には立ち合いたいと希望している。 下線のうち24時間以内の死亡が最も予想される所見はどれか。
- a.①
- b.②
- c.③
- d.④
- e.⑤
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
臨死期には意識低下、嚥下困難、浮腫、尿量減少、死前喘鳴、呼吸パターンの変化など多くの徴候が現れますが、出現してから死亡までの時間は徴候ごとに大きく異なります。意識低下や嚥下困難、浮腫は数日〜数週前から見られることが多く、便秘も終末期にはありふれているため、死亡時期を絞り込む根拠にはなりません。下顎呼吸は呼吸中枢の機能が失われつつあることを示し、四肢のチアノーゼや橈骨動脈の触知不能とともに、死亡の数時間前に現れやすい徴候として知られています。こうした徴候を見たら、立ち会いを希望する家族にすぐ連絡し、苦痛を伴う処置を見直して看取りの環境を整えることが大切です。徴候を時間軸で理解しておくことは、家族への説明や看取りの準備を適切に行うための臨床的な基盤となります。
解答・解説
正解はcです
状況の整理
・85歳の男性。2年前に進行肺癌と診断されたが、癌に対する治療は受けておらず、病気は自然の経過で進んでいると考えられる。 ・3週間前に肺炎で入院した。本人・妻と話し合ったうえで、治療は抗菌薬と1日500mLの少量の輸液にとどめている。延命を目的とした積極的な治療は行わない方針が共有されている。 ・今朝から、①呼びかけに応じない意識低下、②水分も嚥下できない、③下顎呼吸、④四肢の浮腫、⑤前日に排便がない、という所見がある。 ・高齢の妻は自宅にいて、最期に立ち会うことを希望している。 以上から、本例は進行肺癌に肺炎を合併した終末期で、すでに死が差し迫った時期(臨死期)に入っていると判断される。
設問の考え方
臨死期には、意識低下、経口摂取や嚥下ができなくなる、尿量減少、浮腫、四肢の冷感・チアノーゼ、死前喘鳴、呼吸パターンの変化など、さまざまな徴候が現れる。ただし、徴候によって現れてから死亡までの時間は大きく違う。 意識低下、嚥下困難、浮腫は数日から数週間前から現れることが多く、輸液を続けていればしばらく続くこともある。そのため、これらだけでは「24時間以内」の死亡を予測できない。 これに対して下顎呼吸(下顎を上下させ、あえぐように口をぱくぱくさせて呼吸する状態)は、呼吸中枢の機能が失われつつあることを示す。下顎呼吸が現れてから死亡するまでの時間は数時間程度のことが多いと報告されており、臨死期の徴候の中でも特に死が近いことを示す所見である。 臨床的に大切なのは、この判断を妻への連絡に結びつけることである。下顎呼吸が出たら「残された時間は短い(数時間から長くても1日程度)」と考え、立ち会いを希望している妻にすぐ連絡し、来院してもらう準備をする。
選択肢考察
- ×a. ①
呼びかけに応じない意識低下は臨死期によくみられる。しかし、終末期の癌患者では、死亡の数日前から傾眠や意識低下が続くことが少なくない。また、肺炎による発熱や低酸素、電解質異常、薬剤の影響などでも意識は低下するため、意識低下だけでは24時間以内の死亡を予測する根拠として弱い。
- ×b. ②
飲み込む力が落ちて水分を嚥下できなくなることも、臨死期に近づいたことを示す徴候である。しかし、経口摂取ができなくなってから死亡するまでには数日以上かかることが多い。本例のように1日500mLの輸液で水分を補給していれば、ある程度の期間生存できる。そのため、24時間以内の死亡を最も示唆する所見とはいえない。
- ○c. ③
下顎呼吸は、呼吸のたびに下顎が上下し、口をぱくぱくさせるあえぎ呼吸である。呼吸中枢の機能が落ち、呼吸運動を保てなくなりつつあることを示す。下顎呼吸が現れてから死亡するまでの時間は数時間程度のことが多いと報告されており、選択肢の中で最も強く24時間以内の死亡を予測させる。この徴候をみたら、立ち会いを希望している家族にすぐ連絡する。
- ×d. ④
四肢の浮腫は、癌の悪液質や低栄養による低アルブミン血症、活動性の低下、輸液などで生じる。終末期の患者では、数週から数か月続くことも珍しくない。死亡の時期が近いことを特異的に示す所見ではないため、24時間以内の死亡予測には使えない。
- ×e. ⑤
1日排便がない程度の便秘は、食事を十分にとれていない、活動量が少ない、オピオイドを使用しているなどの理由で終末期患者によくみられる。死期が近いことを示す徴候ではない。臨死期の排泄に関する変化としては、腎血流が減って起こる尿量の減少(乏尿・無尿)のほうが重要である。
臨死期にみられる主な徴候(死亡までのおおよその時期)
・数週間〜数日前:日常生活動作(ADL)の低下、食事や水分がとれなくなる、傾眠傾向、浮腫 ・数日前:意識低下、嚥下困難、尿量の減少 ・1〜2日前:死前喘鳴(喉や気道にたまった分泌物が呼吸に伴ってゴロゴロ鳴る音)、手足の冷感 ・数時間〜半日前:下顎呼吸、四肢のチアノーゼ(皮膚の網状のまだら模様を含む)、橈骨動脈を触れなくなる、チェーン・ストークス呼吸を含む不規則な呼吸、無呼吸の時間が長くなる 現れる時期には個人差があるが、上の「数時間〜半日前」に挙げた徴候のうち、下顎呼吸・四肢のチアノーゼ・橈骨動脈の触知不能の3つは、とくに死亡の直前(多くは数時間以内)に現れる徴候として知られている。一方、死前喘鳴や手足の冷感はそれより早く、1日前後から現れることが多い。
下顎呼吸とは
呼吸中枢の働きが弱まり、横隔膜などの呼吸筋による呼吸運動が保てなくなると、下顎や頸部の補助呼吸筋を使ってあえぐような呼吸が現れる。患者は意識が低下していることが多く、本人が苦しさを感じているとは限らない。家族には、苦しそうに見えても自然な経過の一つであることを説明する。
臨死期の対応
・家族への連絡:死が近いと判断した時点で、立ち会いを希望している家族に早めに連絡する。 ・苦痛の緩和:死前喘鳴に対しては、輸液を減らす、体の向きを変える、抗コリン薬を使うなどで対応する。苦痛が強いときは鎮静を検討する。 ・不要な処置の見直し:採血、頻回のバイタル測定、過剰な輸液など、苦痛を伴う処置や不要な処置を減らす。 ・家族への説明とケア:家族が予測される経過を理解できるように説明し、看取りの環境を整え、悲嘆へのケアも行う。
POINT
・下顎呼吸は臨死期の中でも死の直前(数時間以内)に現れやすい徴候で、24時間以内の死亡を予測させる。 ・意識低下、嚥下困難、浮腫、便秘は終末期によくみられるが、数日以上続くこともあるため、死亡時期を絞り込む根拠にはならない。 ・死が近いことを示す徴候をみたら、立ち会いを希望している家族にすぐ連絡する。
