StudyMed医師国家試験

妊婦の血液は「薄まる」のに増えるものがある―希釈・腎・肝の3本柱で読む妊娠末期の検査値

第116回医師国家試験 F問題 第30問

国試問題にチャレンジ

第116回 F問題 第30問

正常な妊娠経過において妊娠前と比較して妊娠末期に増加するのはどれか。2つ選べ。

  1. a.血小板
  2. b.クレアチニン
  3. c.ヘモグロビン
  4. d.フィブリノゲン
  5. e.総コレステロール

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、正常妊娠で血液検査の値がどう変わるかを問う問題だ。項目を一つずつ暗記するより、「血液が薄まる」「腎臓がよく働く」「肝臓が合成を増やす」という3つの軸で整理すると、ほとんど迷わずに解けるよ。
医学生医学生
妊婦さんは循環血液量が増えると産婦人科の講義で習いました。量が増えるなら、だいたいの項目は増えるんじゃないですか。
ドクタードクター
そこがよくある誤解なんだ。検査値の多くは「濃度」で表される。循環血漿量は妊娠30〜34週頃に非妊時の約40〜50%増になるけれど、赤血球量の増加は20〜30%程度にとどまる。水のほうが多く増えるから、血液は相対的に薄まる。これを生理的な水血症と呼ぶよ。
医学生医学生
ということは、ヘモグロビンは総量が増えても濃度としては下がるんですね。
ドクタードクター
その通り。ヘモグロビンもヘマトクリットも見かけ上低下する。だから妊婦の貧血の基準は非妊時より低く、ヘモグロビン11 g/dL未満が目安とされている。加えて胎児に鉄が供給されるので、本物の鉄欠乏性貧血も合併しやすいんだ。
医学生医学生
クレアチニンは、体液が増えるぶん薄まって下がる、という理解でいいですか。
ドクタードクター
希釈も少しは関わるけれど、主役は2つ目の軸、腎臓だ。心拍出量と腎血漿流量が増えて、GFRは非妊時の約1.5倍になる。排泄がよくなるから、クレアチニンや尿素窒素、尿酸の血中濃度は下がるんだよ。
医学生医学生
腎臓内科の実習で、クレアチニン0.8でも妊婦さんなら要注意と言われたのは、そういうことだったんですね。
ドクタードクター
いいエピソードだね。妊婦ではクレアチニンが0.4〜0.6 mg/dL程度になることが多いから、非妊時の基準範囲内に見える値でも腎機能低下を示しているかもしれない。基準値を妊婦用に読み替える感覚が大切なんだ。
医学生医学生
血小板はどうでしょう。分娩の出血に備えるなら増えそうな気もします。
ドクタードクター
直感としては自然だけど、血小板は大きくは変わらず、むしろ希釈と胎盤での消費で妊娠後期にわずかに下がる傾向がある。妊婦の数%には、ほかに原因のない軽い血小板減少、つまり妊娠性血小板減少症がみられ、多くは分娩後に自然に回復するよ。
医学生医学生
では出血への備えは、血小板ではなく凝固因子のほうが担っているんですか。
ドクタードクター
まさにそこが3つ目の軸、肝臓での合成亢進だ。エストロゲンなどの作用で肝臓は凝固因子をたくさん作るようになり、なかでもフィブリノゲンの増加が目立つ。非妊時は200〜400 mg/dL程度だけど、妊娠末期には400〜600 mg/dL程度、約1.5〜2倍になる。希釈を上回る勢いで作られるから、濃度としても上がるんだ。
医学生医学生
もう一つの正解は総コレステロールですね。CBTの勉強では、妊娠と脂質のつながりをあまり意識していませんでした。
ドクタードクター
肝臓での脂質合成が高まるうえ、胎盤でプロゲステロンやエストロゲンを作る材料としても、胎児へのエネルギー源としても需要が増える。総コレステロールは非妊時の約1.3〜1.5倍、トリグリセリドは2〜3倍になるといわれる。一方でアルブミンは希釈で下がるから、「蛋白は下がり、脂質は上がる」と対比で覚えるといい。
医学生医学生
整理すると、希釈で下がるのがヘモグロビン、腎で下がるのがクレアチニン、ほぼ不変から軽度低下が血小板、肝の合成で上がるのがフィブリノゲンと総コレステロール、ということですね。
ドクタードクター
完璧だ。ここからは臨床での注意点。凝固亢進と線溶抑制は分娩時の出血を抑えるための合目的的な変化だけど、その代償として妊娠・産褥期は深部静脈血栓症や肺塞栓症を起こしやすい。D-ダイマーも妊娠中は上がるから、血栓の除外に使うときは解釈に注意が必要だよ。
医学生医学生
逆に、フィブリノゲンが基準範囲内なのに安心できない場面もありそうです。
ドクタードクター
鋭いね。常位胎盤早期剝離や羊水塞栓症では、もともと高値のフィブリノゲンが急速に消費されてDICに陥ることがある。妊婦で200 mg/dL台なら、非妊時の基準内でも相対的には大きく低下しているかもしれない。ほかにも白血球、胎盤由来のALP、赤沈は上がり、空腹時血糖は下がる、とセットで覚えておこう。

まとめ

正常妊娠の検査値の変化は、循環血漿量の増加による希釈、GFR増加による排泄促進、肝臓での合成亢進という3つの軸で整理できます。希釈によりヘモグロビン・ヘマトクリット・アルブミンは低下し、GFRが約1.5倍に増えるためクレアチニン・尿素窒素・尿酸も低下し、血小板は不変〜やや低下します。これに対し、フィブリノゲンをはじめとする凝固因子と総コレステロール・トリグリセリドは、肝臓での合成亢進により希釈を上回って増加します。凝固亢進は分娩時の出血への備えである一方、血栓塞栓症のリスクとなり、早期剝離などでは高値のフィブリノゲンが急減してDICに至ることもあります。妊婦の検査値を非妊時の基準で判断しないという視点は、妊娠中の腎障害や凝固異常を見逃さないための基本となります。

解答・解説

正解はd, eです

妊娠中の母体には、胎児の発育と分娩時の出血に備えるための生理的な変化が全身に生じる。本問はその変化が血液検査値にどう表れるかを問う問題である。 考え方の軸は次の3つである。 【1】循環血漿量の増加による希釈:循環血漿量は妊娠初期から増え始め、妊娠30〜34週頃に非妊時の約40〜50%増に達する。赤血球量も増えるが増加率は20〜30%程度にとどまるため、血液は相対的に薄まる(水血症、生理的希釈)。濃度で表される項目のうち、産生が追いつかないものは見かけ上低下する。 【2】腎血流量・糸球体濾過量(GFR)の増加:心拍出量と腎血漿流量の増加によりGFRは非妊時の約1.5倍になり、腎から排泄される物質(クレアチニン、尿素窒素、尿酸)の血中濃度は低下する。 【3】肝臓での合成亢進:エストロゲンなどの胎盤ホルモンの作用により、肝臓で凝固因子や脂質の合成が増え、希釈を上回って血中濃度が上昇する。 この3つの軸に各項目を当てはめると、希釈で低下するもの(ヘモグロビン)、GFR増加で低下するもの(クレアチニン)、ほぼ不変またはやや低下するもの(血小板)、合成亢進で増加するもの(フィブリノゲン、総コレステロール)に整理できる。

選択肢考察

  1. ×a.  血小板

    正常妊娠では血小板数は大きくは変化しない。むしろ血漿量増加による希釈と、胎盤での消費亢進によって妊娠後期にわずかに低下する傾向がある。妊婦の数%では、ほかに原因のない軽度の血小板減少(妊娠性血小板減少症、多くは7万〜10万/μL以上を保つ)がみられ、通常は分娩後に自然に回復する。いずれにしても「増加する」項目ではない。

  2. ×b.  クレアチニン

    妊娠中は腎血漿流量とGFRが非妊時の約1.5倍に増加するため、クレアチニンの排泄が促進され、血清クレアチニン値は低下する(非妊時の基準範囲下限付近、おおむね0.4〜0.6 mg/dL程度になることが多い)。同じ理由で尿素窒素や尿酸も低下する。そのため、非妊時なら正常範囲内に見える値でも、妊婦では腎機能低下を示している可能性がある点に注意する。

  3. ×c.  ヘモグロビン

    赤血球量の増加(約20〜30%)よりも循環血漿量の増加(約40〜50%)の方が大きいため、血液が希釈され、ヘモグロビン濃度とヘマトクリット値は見かけ上低下する(生理的な水血症)。このため妊婦の貧血の基準は非妊時より低く設定され、ヘモグロビン11 g/dL未満(またはヘマトクリット33%未満)が妊娠貧血の目安とされる。さらに胎児への鉄供給により鉄欠乏性貧血も合併しやすい。

  4. ○d.  フィブリノゲン

    妊娠中は分娩時の出血に備えて凝固能が亢進し、線溶はむしろ抑制される。肝臓での凝固因子(第Ⅶ・Ⅷ・Ⅹ因子、フォン・ヴィレブランド因子など)の合成が増え、なかでもフィブリノゲンの増加が最も目立つ。非妊時はおおむね200〜400 mg/dLであるが、妊娠末期には400〜600 mg/dL程度、非妊時の約1.5〜2倍に上昇する。したがって増加する項目として正しい。なお、この凝固亢進状態は妊婦が深部静脈血栓症・肺塞栓症を起こしやすい理由でもある。

  5. ○e.  総コレステロール

    妊娠中はエストロゲンなどの作用で肝臓における脂質合成が高まり、また胎児へのエネルギー供給やステロイドホルモン(胎盤でのプロゲステロン・エストロゲン合成)の材料としての需要も増える。その結果、総コレステロールは妊娠末期に非妊時の約1.3〜1.5倍に、トリグリセリドは2〜3倍に増加する。したがって増加する項目として正しい。一方、アルブミンは希釈により低下するため、「総蛋白・アルブミンは低下、脂質は増加」という対比で覚えるとよい。

妊娠末期の主な検査値の変化(非妊時との比較)

増加するもの:循環血漿量(約40〜50%増)、赤血球量(約20〜30%増)、心拍出量(約30〜50%増)、白血球数(好中球優位に増加し、1万/μLを超えることもある)、フィブリノゲン・多くの凝固因子、D-ダイマー、総コレステロール・トリグリセリド、アルカリホスファターゼ(ALP、胎盤由来)、GFR・腎血漿流量、赤沈(フィブリノゲン増加とアルブミン低下による) 低下するもの:ヘモグロビン・ヘマトクリット(希釈)、総蛋白・アルブミン(希釈)、クレアチニン・尿素窒素・尿酸(GFR増加)、血清鉄・フェリチン、空腹時血糖(胎児への糖供給による)、動脈血二酸化炭素分圧(プロゲステロンによる過換気で軽度の呼吸性アルカローシス)、末梢血管抵抗・拡張期血圧(妊娠中期に最低) ほぼ不変:血小板(不変〜やや低下)、AST・ALT

凝固系の変化の意味

分娩時の胎盤剝離面からの出血を最小限にするための合目的的な変化であり、その代償として妊娠・産褥期は血栓塞栓症のリスクが高い。また常位胎盤早期剝離や羊水塞栓症などでは、もともと高値であるフィブリノゲンが急速に消費されて播種性血管内凝固(DIC)に陥ることがある。妊婦でフィブリノゲンが「非妊時の基準範囲内」であっても、相対的には大きく低下している可能性がある点が臨床上重要である。

耐糖能の変化

妊娠後半にはヒト胎盤性ラクトゲン(hPL)などによるインスリン抵抗性が強まり、食後血糖は上昇しやすい。これが妊娠糖尿病の背景となる。

POINT

・妊娠では循環血漿量の増加が赤血球量の増加を上回り、ヘモグロビン・ヘマトクリット・アルブミンは見かけ上低下する。 ・GFRが約1.5倍に増えるため、クレアチニン・尿素窒素・尿酸は低下する。 ・肝での合成亢進により、フィブリノゲン(非妊時の約1.5〜2倍)などの凝固因子と、総コレステロール・トリグリセリドは増加する。 ・血小板は不変〜やや低下(妊娠性血小板減少症)。 ・白血球、ALP、赤沈も増加することをあわせて覚える。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。