本人・家族・主治医の意見が割れたとき―治療方針の「最終決定者」は誰か
第116回医師国家試験 B問題 第28問
国試問題にチャレンジ
84歳の男性。体重減少を主訴に来院した。妻と長男の3人暮らし。検査の結果,大腸を原発とする悪性腫瘍で遠隔転移を認めた。原発巣,転移巣ともに手術による切除は不可能である。本人は告知を望んでいるが,薬物による抗癌治療は望んでいない。長男は告知も積極的治療も望んでいない。主治医は薬物による抗癌治療を行いたいと考えている。認知機能は改訂長谷川式簡易知能評価スケールで22点(30点満点)。 この患者の治療方針を決定する上で最も重要な因子はどれか。
- a.患者の年齢
- b.患者の意向
- c.長男の意向
- d.主治医の意向
- e.患者の認知機能
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
ドクター
医学生
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医学生
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医学生
ドクターまとめ
判断能力のある成人患者の治療方針は、病状や選択肢を十分に説明したうえで、本人の意向を最優先して決めるのが原則です(自律尊重の原則、自己決定権)。認知機能は判断能力の有無を確かめる材料であり、改訂長谷川式22点のように高度な低下がなく明確に意思表示できていれば、本人の決定が尊重されます。家族の意向は本人が意思表示できない場合に推定意思を知る手がかりとして重要になり、医師は情報提供と推奨を担いますが、本人の意思に反する治療の押し付けはパターナリズムとして許されません。本人の意思確認が難しい場面での手順や、繰り返し話し合うアドバンス・ケア・プランニングも併せて理解しておくことが、終末期医療で患者に寄り添う力につながります。
解答・解説
正解はbです
状況の整理
・84歳男性、切除不能の遠隔転移を伴う大腸癌(StageⅣ)。手術による根治は望めず、治療の選択肢は薬物療法(化学療法・分子標的薬など)か、症状緩和を中心とした緩和ケアになる。 ・本人:病名・病状の告知を希望し、薬物による抗癌治療は希望していない。 ・長男:告知も積極的治療も望んでいない。 ・主治医:薬物による抗癌治療を行いたいと考えている。 ・認知機能:改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)22点/30点。一般に20点以下で認知症が疑われるため、22点は認知症の疑いの基準を下回らず、少なくとも高度な認知機能低下はない。
考え方
本問は、患者・家族・医師の意向が食い違う場面で、治療方針を何に基づいて決めるかを問う医療倫理の問題である。医療倫理の基本原則の一つである「自律尊重の原則」に基づき、判断能力(意思決定能力)のある成人患者は、十分な説明を受けたうえで自らの治療を選ぶ権利(自己決定権)をもつ。インフォームド・コンセントは、医師が病状・治療の選択肢・それぞれの利益と不利益を説明し、患者が理解・納得したうえで同意(あるいは拒否)することである。 本例では患者本人が告知を望み、抗癌薬治療を望まないという意思を明確に示しており、HDS-Rの点数からも意思表示・意思決定が可能と考えられる。したがって、本人に病状を正確に伝え、治療の選択肢を十分に説明したうえで、最終的には本人の意向を最も重視して治療方針を決定する。家族や医師の意見は、本人の意思決定を支える情報として話し合いの中で共有されるべきものであり、本人の意向に優先するものではない。
選択肢考察
- ×a. 患者の年齢
誤り。年齢は治療の耐容性や予後を考えるうえで参考となる情報ではあるが、同じ年齢でも全身状態や臓器機能には大きな個人差がある。年齢だけで治療方針が決まるわけではなく、まして判断能力のある本人の意思より優先される因子ではない。
- ○b. 患者の意向
正しい。判断能力のある成人患者には自己決定権があり、治療方針は十分な説明を受けた本人の意思に基づいて決定するのが原則である(自律尊重の原則、インフォームド・コンセント)。本例の患者は告知を希望し、抗癌薬治療は希望しないと明確に意思表示しており、HDS-R 22点で意思決定能力も保たれていると考えられる。病状と選択肢を十分説明して理解を確認したうえで、本人の意向を最も重視して方針を決める。
- ×c. 長男の意向
誤り。家族の意向は、患者本人が意思表示できない場合に本人の意思を推定する手がかりとして重要になるが、本人が意思を示せる状況では本人の意向に優先しない。本人が告知を望んでいるにもかかわらず、家族の希望で告知を控えることは本人の知る権利を損なう。ただし家族の不安や考えにも配慮し、本人の同意を得たうえで話し合いに加わってもらうことは望ましい。
- ×d. 主治医の意向
誤り。医師は医学的に妥当な選択肢とその利益・不利益を十分に説明し、推奨を伝える役割を担うが、判断能力のある患者が治療を拒否した場合に医師の考えを押し付けることは、自己決定権を無視したパターナリズム(父権主義)となり許されない。本人が抗癌薬治療を望まないのであれば、緩和ケアなど本人の意向に沿った方針を提示する。
- ×e. 患者の認知機能
誤り。認知機能は、患者に意思決定能力があるかどうかを判断する材料として確認すべき情報である。認知機能が高度に低下して本人が意思決定できない場合には、家族などとともに本人の推定意思を尊重して方針を決めることになる。しかし本例のHDS-Rは22点で、一般的な認知症疑いの目安(20点以下)を上回っており、本人は明確に意思を表明できている。したがって認知機能そのものが方針を決める最も重要な因子なのではなく、保たれた判断能力のもとで示された本人の意向が最も重要である。
医療倫理の4原則
・自律尊重(autonomy):判断能力のある患者の自己決定を尊重する。 ・無危害(non-maleficence):患者に害を与えない。 ・善行(beneficence):患者の利益のために最善を尽くす。 ・正義(justice):医療資源を公平に配分し、患者を公平に扱う。 本例のように「医師が勧める治療」と「本人の希望」が対立する場合、判断能力のある患者では自律尊重が優先される。
意思決定能力(判断能力)
意思決定能力は、説明を理解する力、自分の状況に当てはめて認識する力、選択肢を比較して論理的に考える力、選択を表明する力からなる。認知症の診断があることや、認知機能検査の点数が低いことだけで直ちに意思決定能力がないと判断されるわけではなく、その決定ごとに評価する。軽度の認知機能低下がある場合も、わかりやすい説明や時間をかけた支援によって本人の意思決定を最大限に支援することが求められる。
本人の意思が確認できない場合
厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」では、本人の意思決定を基本とし、本人の意思が確認できない場合は、家族等が本人の意思を推定できればその推定意思を尊重し、推定できない場合は本人にとって何が最善かを家族等と医療・ケアチームが十分に話し合って決めるとされる。また、本人の意思は変化しうるため、繰り返し話し合うこと(アドバンス・ケア・プランニング:ACP、愛称「人生会議」)が重要である。
改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)
年齢、日時の見当識、場所の見当識、3単語の即時記銘と遅延再生、計算(100から7を順に引く)、数字の逆唱、5物品の記銘、言語の流暢性(野菜の名前)の9項目からなる30点満点の認知機能検査である。20点以下で認知症の疑いとされる。あくまでスクリーニング検査であり、これだけで認知症の診断や意思決定能力の有無が決まるわけではない。
POINT
・判断能力のある成人患者の治療方針は、十分な説明を受けた本人の意向(自己決定権)を最優先して決める。 ・家族の意向は、本人が意思表示できない場合に本人の推定意思を知る手がかりとして重要となる。 ・医師は情報提供と推奨を行うが、本人の意思に反して治療を強いること(パターナリズム)は許されない。 ・本人が告知を望む場合、家族の反対があっても本人に病状を伝えるのが原則である。 ・HDS-Rは30点満点で20点以下が認知症疑い。22点では意思決定能力は保たれていると考えられる。
