尿を測れば「取り込んだ量」が見える―生物学的モニタリングが活きる職場の有害要因
第115回医師国家試験 F問題 第25問
国試問題にチャレンジ
労働衛生管理の手法として生物学的モニタリングが用いられるのはどれか。
- a.過重労働
- b.気分障害
- c.筋骨格系障害
- d.有機溶剤中毒
- e.電離放射線障害
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
生物学的モニタリングとは、労働者の尿や血液中の有害物質やその代謝物を測定し、体内への取り込み量や生体影響を評価する「人側」の手法で、空気中濃度を測る作業環境測定(環境側)と対をなします。経皮吸収や保護具の装着状況、呼吸量の個人差まで反映できる一方、対象は生体試料で測定可能な化学物質に限られるため、有機溶剤や鉛による健康障害の管理に用いられます。有機溶剤ではキシレン→尿中メチル馬尿酸、スチレン→尿中マンデル酸、ノルマルヘキサン→尿中2,5-ヘキサンジオン、トリクロロエチレン→尿中トリクロロ酢酸などが代表例で、トルエンは現在、尿中トルエンを測定します。過重労働は医師による面接指導、メンタルヘルスはストレスチェック、腰痛は作業管理と腰痛健診、電離放射線は個人線量計による被ばく管理と、有害要因の性質に応じて手法が異なります。「何を測れば何がわかるのか」を区別して理解することが、産業保健の実践の基礎になります。
解答・解説
正解はdです
生物学的モニタリングとは、労働者から採取した尿・血液などの生体試料中の有害物質そのもの、またはその代謝物の濃度を測定し、体内にどれだけ取り込まれたか(曝露量・体内摂取量)や生体への影響を評価する手法である。 作業環境測定(作業場の空気中濃度を測る)が「環境側」の評価であるのに対し、生物学的モニタリングは「人側」の評価である。呼吸だけでなく皮膚からの吸収、保護具の装着状況、作業強度による呼吸量の差、個人の作業習慣など、空気中濃度だけでは分からない要素を含めて実際の取り込み量を反映できる点に意義がある。 この手法が成り立つ前提は、対象が化学物質であり、その物質や代謝物が生体試料中で測定可能で、測定値と曝露量(または健康影響)との関係が分かっていることである。したがって、有機溶剤や鉛などの化学物質による健康障害の管理に用いられる。一方、過重労働やメンタルヘルス、作業姿勢による障害、放射線のように、生体試料中の「物質」を測って曝露量を推定できないものには用いない。本問はこの前提を押さえていれば解答できる。
選択肢考察
- ×a. 過重労働
誤り。過重労働は化学物質の曝露ではなく労働時間・負荷の問題であり、生体試料中の物質を測る対象がない。管理の中心は、労働時間の把握と削減(作業管理)、衛生委員会での審議、そして労働安全衛生法に基づく長時間労働者に対する医師による面接指導である(時間外・休日労働が月80時間を超え、疲労の蓄積が認められる労働者が申し出た場合などに実施)。
- ×b. 気分障害
誤り。うつ病などの気分障害を含むメンタルヘルス不調の予防には、生体試料中の物質測定による管理は用いない。労働安全衛生法に基づき、常時50人以上の労働者を使用する事業場では年1回の調査票によるストレスチェックが義務付けられており、高ストレスと判定され申し出た者には医師による面接指導を行う。ストレスチェックの主目的は一次予防(本人の気付きと職場環境の改善)である。
- ×c. 筋骨格系障害
誤り。職場の筋骨格系障害で最も多いのは腰痛(災害性腰痛を含む)であり、ほかに頸肩腕障害などがある。管理には作業姿勢・重量物取扱いの改善などの作業管理や、腰痛予防のための健康診断(問診、姿勢異常の有無、脊柱・神経学的検査などの整形外科的診察)を用いる。生体試料中の物質を測定する生物学的モニタリングの対象ではない。
- ○d. 有機溶剤中毒
正しい。有機溶剤は吸入に加えて皮膚からも吸収されるため、空気中濃度の測定だけでは実際の取り込み量を把握しきれず、生物学的モニタリングが有用である。有機溶剤中毒予防規則に基づく特殊健康診断では、一部の溶剤について尿中代謝物などの測定が定められている。代表例として、キシレンは尿中メチル馬尿酸、スチレンは尿中マンデル酸およびフェニルグリオキシル酸、ノルマルヘキサンは尿中2,5-ヘキサンジオン、N,N-ジメチルホルムアミドは尿中N-メチルホルムアミド、トリクロロエチレンやテトラクロロエチレンは尿中トリクロロ酢酸または総三塩化物を測る。トルエンはかつて代謝物の尿中馬尿酸を測定していたが、馬尿酸は食品中の安息香酸などからも生じるため、現在は尿中トルエンそのものを測定する方法に改められている。
- ×e. 電離放射線障害
誤り。電離放射線は物質ではなくエネルギーであり、生体試料中の物質を測って曝露量を推定する方法はとらない。電離放射線障害防止規則に基づき、被ばく管理として個人線量計を装着して外部被ばく線量を測定し(必要に応じて内部被ばくも評価する)、作業場の線量率の測定も行う。特殊健康診断では、白血球数・赤血球数などの血液検査、白内障に関する眼の検査、皮膚の検査を行うが、これらは被ばく量を測るものではなく健康影響を調べるものである。
労働衛生の3管理(+総括管理・労働衛生教育で5管理)
・作業環境管理: 有害要因を作業環境から取り除く。作業環境測定(空気中濃度など)を行い、管理区分に応じて局所排気装置の設置などで改善する。 ・作業管理: 作業方法・作業時間・作業姿勢の改善、保護具の使用など。 ・健康管理: 健康診断(一般・特殊)、面接指導、生物学的モニタリング、事後措置など。
生物学的モニタリングの主な例
・有機溶剤(有機溶剤中毒予防規則): キシレン→尿中メチル馬尿酸、スチレン→尿中マンデル酸+フェニルグリオキシル酸、ノルマルヘキサン→尿中2,5-ヘキサンジオン、N,N-ジメチルホルムアミド→尿中N-メチルホルムアミド、トリクロロエチレン・テトラクロロエチレン・1,1,1-トリクロロエタン→尿中トリクロロ酢酸または総三塩化物、トルエン→尿中トルエン(以前は尿中馬尿酸)。 ・鉛(鉛中毒予防規則): 血液中の鉛、尿中δ-アミノレブリン酸。 ・その他の化学物質として、ベンゼンの代謝物(尿中フェノールなど)を指標とすることが知られている。
生物学的モニタリングの利点と限界
利点: 経皮吸収を含む総取り込み量を反映する。保護具の効果や個人差も含めて評価できる。 限界: 採取時期(作業終了時、週の後半など)により値が変動する。食事・飲酒・喫煙・薬剤などの影響を受ける指標がある。測定可能な物質に限られる。
物質以外の有害要因の管理
・長時間労働: 医師による面接指導。 ・心理的ストレス: ストレスチェック制度(50人以上の事業場で義務)。 ・腰痛: 作業管理と腰痛健康診断。 ・電離放射線: 個人線量計による被ばく線量測定、電離放射線健康診断。 ・騒音: 作業環境の騒音レベル測定とオージオメータによる聴力検査。
POINT
・生物学的モニタリング=尿・血液中の有害物質や代謝物を測定し、体内取り込み量や影響を評価する「人側」の評価。 ・対象は測定可能な化学物質(有機溶剤、鉛など)に限られる。 ・有機溶剤の例: キシレン→尿中メチル馬尿酸、スチレン→尿中マンデル酸、ノルマルヘキサン→尿中2,5-ヘキサンジオン、トリクロロエチレン→尿中トリクロロ酢酸。 ・過重労働は面接指導、メンタルヘルスはストレスチェック、電離放射線は個人線量計による線量測定で管理する。
