「戻らないふくらみ」は待ったなし―乳児の鼠径ヘルニア嵌頓と緊急手術の判断
第115回医師国家試験 E問題 第33問
国試問題にチャレンジ
2か月の男児。右鼠径部の膨隆と嘔吐を主訴に母親に連れられて来院した。2週前,入浴時に右鼠径部が膨れているのに気付いたが,しばらくすると膨隆は消失していた。前日の夕方,おむつ交換時に右鼠径部が膨れていた。本日朝,右鼠径部から陰嚢にかけての膨隆が前日よりも大きくなっていた。授乳後に頻回の嘔吐を認めたため午後受診した。機嫌不良。身長54cm,体重4.4kg。体温37.3℃。心拍数150/分,整。血圧106/50mmHg。呼吸数40/分。腹部は膨満している。右鼠径部から陰嚢にかけて膨隆し,触ると嫌がる。外観写真(A)を下に示す。血液所見:赤血球420万,Hb 12.3g/dL,Ht 36%,白血球18,000,血小板22万。血液生化学所見:尿素窒素10mg/dL,クレアチニン0.5mg/dL,Na 135mEq/L,K 4.2mEq/L,Cl 102mEq/L。CRP 5.0mg/dL。腹部エックス線写真(臥位)(B)を下に示す。 対応として正しいのはどれか。

- a.陰嚢穿刺
- b.経過観察
- c.緊急手術
- d.徒手整復
- e.抗菌薬投与
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
乳児の鼠径部から陰嚢にかけての膨隆が、それまでは自然に消えていたのに戻らなくなり、圧痛・嘔吐・腹部膨満を伴う場合は、鼠径ヘルニア嵌頓とそれによる腸閉塞を考えます。嵌頓では静脈還流障害から浮腫、動脈血流障害へと進み、腸管壊死・穿孔・腹膜炎や精巣梗塞に至る危険があります。嵌頓から短時間で絞扼所見がなければ鎮静下の徒手整復と待機手術を選びますが、おおむね12時間以上の経過、腸閉塞、炎症反応の上昇、陰嚢皮膚の変色など絞扼を疑う所見があれば、徒手整復は行わずに緊急手術で腸管と精巣の血流を確認し、ヘルニアを修復します。陰嚢内容は腸管であるため陰嚢穿刺は禁忌であり、経過観察や抗菌薬のみの対応も不適切です。「戻らない膨隆」と「絞扼のサイン」から手術の緊急度を判断する考え方は、小児外科救急の基本として重要です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・2か月の男児。2週前に入浴時に右鼠径部が膨らんだが、しばらくすると自然に消えた。腹圧がかかると出てきて自然に戻る膨隆であり、還納性の鼠径ヘルニアがもともとあったと考えられる。 ・前日夕方に再び膨隆し、翌朝には右鼠径部から陰嚢まで広がってさらに大きくなっていた。少なくとも前日夕方から当日午後まで、およそ20時間近く脱出したまま戻っていない可能性が高い。 ・授乳後の頻回の嘔吐、腹部膨満があり、腸閉塞(イレウス)の状態である。 ・機嫌が悪く、膨隆部を触ると嫌がる(圧痛)。 ・体温37.3℃、心拍数150/分、呼吸数40/分、血圧106/50mmHgで、2か月児としてはショックには至っていない。 ・白血球18,000/μL、CRP 5.0mg/dLと炎症反応が上昇している。腎機能・電解質は保たれている。 ・外観写真(A):右陰嚢が大きく腫大し、皮膚が赤紫色を帯びて緊満している。 ・腹部エックス線写真(臥位)(B):腸管ガスが増加し、拡張した小腸ループが多数みられ、腸閉塞を示す像である。明らかな腹腔内遊離ガスは指摘できない。
診断へのプロセス
乳児男児で、出たり引っ込んだりしていた鼠径部の膨隆が戻らなくなり、陰嚢まで大きくなって圧痛を伴い、嘔吐・腹部膨満・腸閉塞像が加わっていることから、右鼠径ヘルニア嵌頓とそれによる腸閉塞と診断できる。鑑別となる陰嚢水腫(精巣水瘤)や精索水腫は、透光性があり圧痛や嘔吐・腸閉塞を伴わない点で異なる。精巣捻転も陰嚢の腫大と痛みをきたすが、腸閉塞を伴うことはない。
対応の考え方
嵌頓ヘルニアでは、脱出した腸管がヘルニア門(内鼠径輪)で締めつけられ、時間とともに静脈還流障害→浮腫→動脈血流障害と進み、腸管壊死や穿孔、腹膜炎へ至る危険がある。乳児では精巣への血流が障害され、精巣梗塞を起こすこともある。 嵌頓からの時間が短く、全身状態が良好で腸管の血流障害を疑う所見がなければ、まず鎮静下での徒手整復を試み、浮腫が引いてから待機的に根治手術を行うのが一般的である。しかし本例は、嵌頓から長時間(おおむね12時間以上が目安)が経過しており、腸閉塞を合併し、白血球・CRPの上昇と陰嚢皮膚の変色という腸管の血流障害(絞扼)を疑わせる所見がそろっている。この状況では徒手整復は危険であり、緊急手術で嵌頓を解除し、腸管の血流を直接確認したうえでヘルニアを修復する必要がある。
選択肢考察
- ×a. 陰嚢穿刺
誤りである。陰嚢内の膨隆の正体は、ヘルニア嚢の中に脱出した腸管である。穿刺すれば腸管を損傷して腸内容が漏れ、腹膜炎や感染を引き起こすおそれがあり、行ってはならない。陰嚢穿刺が検討されるのは液体が貯留する陰嚢水腫などであるが、乳児の陰嚢水腫も自然消退が多く、再貯留や感染の危険から穿刺は一般に推奨されない。
- ×b. 経過観察
誤りである。乳児の陰嚢水腫や、嵌頓していない還納性の鼠径ヘルニアであれば、手術時期を計画する間の経過観察もありうる。しかし本例は嵌頓が長時間続き、腸閉塞と炎症反応の上昇を伴っている。放置すれば腸管壊死・穿孔・腹膜炎、精巣梗塞へと進行する危険が高く、経過観察は許されない。
- ○c. 緊急手術
正しい。嵌頓から長時間が経過し、腸閉塞を合併し、白血球18,000/μL・CRP 5.0mg/dLの炎症反応上昇と陰嚢皮膚の変色がみられることから、脱出した腸管に血流障害が及んでいる可能性が高い。緊急手術では、ヘルニア門の締めつけを解除して嵌頓腸管と精巣の血流・色調を直接観察し、壊死があれば腸切除を行い、あわせてヘルニア嚢を高位で結紮する根治術(小児では腹膜鞘状突起の閉鎖が基本)を行う。術前には輸液で脱水と電解質を補正し、胃管で減圧を図る。
- ×d. 徒手整復
誤りである。小児の嵌頓ヘルニアでも、嵌頓からの時間が短く腸管の血流障害を疑う所見がなければ、まず徒手整復が試みられる(その後、浮腫が改善してから待機的に根治手術を行う)。しかし本例のように長時間経過し、腸閉塞や炎症反応の上昇、陰嚢皮膚の変色など絞扼を示唆する所見がある場合には、徒手整復は禁忌と考えるべきである。壊死しかけた腸管を無理に押し戻すと、穿孔を起こしたり、壊死腸管を腹腔内に戻して見逃し、腹膜炎や敗血症を招いたりする危険がある。また、ヘルニア嚢ごと腹腔内に押し込まれ、締めつけが解除されないまま見かけ上だけ整復される「偽還納」の危険もある。
- ×e. 抗菌薬投与
誤りである。炎症反応が上昇しており、腸管の血流障害や細菌の腸管外への移行(バクテリアルトランスロケーション)を考えて、手術の前後に抗菌薬を投与すること自体は妥当な補助療法である。しかし、問題の本質は嵌頓による機械的な腸管の締めつけであり、抗菌薬では嵌頓は解除されない。抗菌薬投与だけで済ませるのは対応として不適切であり、根本的な治療は緊急手術である。
小児の鼠径ヘルニア
・胎生期に精巣が陰嚢へ下降する際に形成される腹膜鞘状突起が、生後も閉じずに残ることで生じる外鼠径ヘルニア(間接ヘルニア)がほとんどである。 ・男児に多く、右側にやや多い。早産児・低出生体重児で頻度が高い。 ・典型的な症状は、啼泣や排便などで腹圧がかかったときに出現し、安静時に消える鼠径部〜陰嚢の膨隆である。診断には超音波検査が有用である。 ・自然治癒はほとんど期待できないため、診断がつけば手術(ヘルニア嚢の高位結紮、または腹腔鏡下での鞘状突起閉鎖)を行う。乳児は嵌頓を起こしやすいため、比較的早期の手術が勧められる。 ・女児では卵巣・卵管が脱出することがあり、還納できない卵巣は捻転・壊死の危険があるため早めの手術を検討する。
用語の整理
・還納性ヘルニア:脱出した内容が自然に、または軽い圧迫で腹腔内に戻るもの。 ・非還納性ヘルニア:内容が戻らなくなったもの。 ・嵌頓ヘルニア:ヘルニア門で締めつけられて戻らなくなり、血流障害を起こしたもの。進行すると腸管壊死をきたす(絞扼)。
嵌頓ヘルニアへの対応の目安(小児)
・嵌頓から短時間で全身状態良好、絞扼を疑う所見なし:鎮静下で徒手整復を試み、成功すれば1〜数日後に待機手術を行う。 ・嵌頓から長時間経過(おおむね12時間以上)、徒手整復不成功、または腸管壊死を疑う所見(腹膜刺激症状、皮膚の発赤・変色、発熱、炎症反応の著明な上昇、腸閉塞の進行、ショック)がある場合:緊急手術。
陰嚢腫大をきたす疾患の鑑別
・鼠径ヘルニア:膨隆が鼠径部から連続し、腸管が含まれる場合は透光性が乏しい。嵌頓すると圧痛・嘔吐・腸閉塞を伴う。 ・陰嚢水腫(精巣水瘤):透光性が陽性で、圧痛はない。乳児では自然消退が多い。 ・精巣捻転:急激な陰嚢痛と腫脹。思春期に多いが新生児期にもみられる。緊急手術の対象である。
POINT
・乳児男児の鼠径部〜陰嚢の膨隆が戻らなくなり、嘔吐・腹部膨満・圧痛を伴えば鼠径ヘルニア嵌頓を考える。 ・嵌頓から時間が短く絞扼所見がなければ、まず徒手整復を試み、後日待機手術を行う。 ・長時間経過(目安12時間以上)、腸閉塞、炎症反応上昇、皮膚の変色など絞扼を疑う所見があれば、徒手整復は行わず緊急手術とする。 ・ヘルニアの陰嚢内容は腸管であり、陰嚢穿刺は禁忌である。
