髄液を抜いたら歩けた―「治せる認知症」特発性正常圧水頭症を確かめる一手
第115回医師国家試験 D問題 第39問
国試問題にチャレンジ
74歳の男性。歩行障害,見当識障害および尿失禁を主訴に来院した。約3か月前から開脚で小刻みな歩行をするようになった。2週前より動作が緩慢となり,日付を間違えるようになった。1週前から尿失禁をするようになったため受診した。意識はJCSⅠ-2。体温36.5℃。脈拍86/分,整。血圧142/88mmHg。呼吸数14/分。SpO2 97%(room air)。Mini-Mental State Examination〈MMSE〉23点(30点満点)。頭部MRIのFLAIR水平断像(A)及びT1強調冠状断像(B)を下に示す。 確定診断と治療方針の決定に有用なのはどれか。

- a.脳波
- b.脳血管撮影
- c.浸透圧利尿薬の負荷
- d.MIBG心筋シンチグラフィ
- e.脳脊髄液排出試験〈Tap test〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
高齢者に開脚・小刻み歩行が先行し、認知障害と尿失禁が加わる場合は、特発性正常圧水頭症を考えます。MRIでは脳室拡大に加え、Sylvius裂の開大と高位円蓋部の脳溝狭小化が同時にみられるDESHが特徴で、一様に脳溝が広がる脳萎縮との鑑別に役立ちます。確定診断と治療方針の決定には、腰椎穿刺で髄液を約30mL排出して症状の改善をみるタップテストが有用で、改善すればシャント術の効果が期待できます。浸透圧利尿薬は頭蓋内圧亢進に、MIBG心筋シンチグラフィはParkinson病やLewy小体型認知症の鑑別に用いるもので、本症の確定や手術適応の判断には使いません。正常圧水頭症は「治療可能な認知症」の代表であり、早期に気づいてシャント術につなげることが患者の生活の質を大きく左右します。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・74歳男性。60歳以上での発症で、数か月の単位で症状が進んでいる。 ・約3か月前から開脚で小刻みな歩行:足を左右に開いて(開脚)、歩幅が小さく(小刻み)、足を高く上げずに歩く。いわゆる「磁性歩行」とも呼ばれ、正常圧水頭症の歩行障害の典型である。Parkinson病でも小刻み歩行になるが、Parkinson病では足を開かず、前かがみの姿勢ですり足となるのが典型であり、開脚歩行は正常圧水頭症を示唆する手がかりとなる。 ・2週前から動作緩慢と、日付を間違えるという見当識障害、MMSE 23点(一般に23点以下で認知症の疑い):前頭葉機能を中心とした認知機能低下である。 ・JCS I-2:Japan Coma Scale(JCS)のI桁は刺激しなくても覚醒している状態で、I-2は定義上「見当識障害がある」段階、すなわち覚醒はしているが軽度の意識障害がある状態である。本例では日付を間違えるという病歴と対応している。自発性低下・注意障害・思考の緩慢さが目立つのが特徴である。 ・1週前から尿失禁:排尿の抑制がきかない過活動膀胱型の排尿障害である。 ・頭部MRI:FLAIR水平断像(A)で側脳室の拡大、T1強調冠状断像(B)でSylvius裂の開大と、高位円蓋部(頭頂部付近)の脳溝・くも膜下腔の狭小化が認められる。
診断へのプロセス
歩行障害・認知障害・排尿障害の三徴がそろい、しかも歩行障害が最初に出現している。画像では脳室拡大(Evans指数>0.3)に加え、Sylvius裂・脳底部のくも膜下腔は拡大しているのに高位円蓋部・正中部の脳溝は狭い、という不均衡な分布(DESH:disproportionately enlarged subarachnoid-space hydrocephalus)を示す。これは脳全体が萎縮する脳萎縮(アルツハイマー型認知症など)とは異なり、髄液の吸収障害による水頭症に特徴的な所見である。くも膜下出血・髄膜炎・頭部外傷などの先行疾患の情報はなく、特発性正常圧水頭症(idiopathic normal pressure hydrocephalus:iNPH)が最も考えられる。
設問への考え方
iNPHは髄液シャント術により症状の改善が期待できる「治療可能な認知症(treatable dementia)」の代表である。ただし三徴や画像所見は高齢者の他疾患とも重なるため、「髄液を抜くと症状が良くなるか」を確かめ、シャント術の効果を予測することが確定診断と治療方針決定の鍵となる。そのための検査が脳脊髄液排出試験(タップテスト)である。
選択肢考察
- ×a. 脳波
脳波はてんかんの診断や、意識障害・脳症の評価に用いる。iNPHでは非特異的な徐波化がみられることはあるが、疾患に特徴的な所見はなく、診断の確定にもシャント術の適否判断にも役立たない。急速に進行する認知症では非けいれん性てんかん重積やCreutzfeldt-Jakob病(周期性同期性放電)の鑑別に脳波を用いることがあるが、本例の臨床像と画像はiNPHに合致する。
- ×b. 脳血管撮影
脳血管撮影はカテーテルを用いる侵襲的な検査で、脳動脈瘤、脳動静脈奇形、もやもや病、血管狭窄などの評価に用いる。iNPHでは脳血管に特異的な異常はなく、診断や治療方針の決定には寄与しない。くも膜下出血後に生じる続発性正常圧水頭症であれば原因となった動脈瘤の評価が必要になることがあるが、本例にはその既往はない。
- ×c. 浸透圧利尿薬の負荷
マンニトールやグリセロールなどの浸透圧利尿薬は、血漿浸透圧を上げて脳組織から水分を引き出し、脳浮腫による頭蓋内圧亢進を一時的に下げる目的で用いる。iNPHは名前のとおり髄液圧が正常範囲であり、病態の本質は髄液の循環・吸収障害である。浸透圧利尿薬で症状は改善せず、診断や治療方針の決定に用いる検査でもない。
- ×d. MIBG心筋シンチグラフィ
MIBG(メタヨードベンジルグアニジン)心筋シンチグラフィは心臓交感神経の機能を評価する検査で、Parkinson病やLewy小体型認知症では心臓交感神経の脱神経により心筋への取り込みが低下する。歩行障害・認知障害を示すこれらの疾患とiNPHの鑑別の一助にはなりうるが、iNPHの確定診断やシャント術の適応を決める検査ではない。
- ○e. 脳脊髄液排出試験〈Tap test〉
腰椎穿刺で髄液を約30mL排出し、その前後で歩行(Timed Up and Go testなどの歩行速度・歩数)、認知機能、排尿症状が改善するかを評価する検査である。髄液を抜いて症状が改善すれば、その症状が髄液循環障害によるものであることが裏付けられ、iNPHの診断がより確実になる。同時に、髄液を持続的に逃がすシャント術(脳室-腹腔シャント、腰部くも膜下腔-腹腔シャントなど)の効果が期待できると判断でき、手術適応の決定に直結する。穿刺時に初圧が正常範囲であること、髄液性状が正常であることも確認できる。なお陰性でもシャント術が有効な例があるため、必要に応じて持続髄液ドレナージ試験を追加する。
正常圧水頭症(normal pressure hydrocephalus:NPH)
・脳室が拡大しているにもかかわらず、腰椎穿刺での髄液圧が正常範囲(おおむね200mmH2O以下)にとどまる水頭症である。 ・原因の明らかでない特発性(iNPH)と、くも膜下出血・髄膜炎・頭部外傷などに続いて起こる続発性に分けられる。iNPHは主に60歳以上の高齢者に生じる。
三徴
1)歩行障害:最も早く出現し、最も頻度が高い。開脚・小刻み・すり足気味で、方向転換が不安定。外からの合図(号令やリズム)で改善しにくい点もParkinson病との違いとされる。 2)認知障害:注意障害、思考の緩慢、自発性低下など前頭葉機能低下が主体。 3)排尿障害:尿意切迫、頻尿、尿失禁。
画像所見
・脳室拡大:Evans指数(両側側脳室前角の最大幅÷同じ断面の頭蓋内腔の最大幅)が0.3を超える。 ・DESH:Sylvius裂・脳底槽の拡大と、高位円蓋部・正中部の脳溝やくも膜下腔の狭小化が同時にみられる。冠状断で見やすい。 ・脳梁角(冠状断で左右の側脳室上縁がなす角度)の鋭角化も参考になる。
診断(特発性正常圧水頭症診療ガイドラインの考え方の概略)
・Possible iNPH:60歳以上、三徴のうち1つ以上、脳室拡大、他疾患で説明できない、などを満たす。 ・Probable iNPH:上記に加え、髄液圧・髄液性状が正常で、かつ歩行障害を伴いDESHがみられる、またはタップテスト・持続髄液ドレナージ試験で症状が改善する、などを満たす。 ・Definite iNPH:シャント術後に症状の改善を認める。
治療
・髄液シャント術:脳室-腹腔(V-P)シャント、腰部くも膜下腔-腹腔(L-P)シャント、脳室-心房(V-A)シャント。圧可変式バルブを用いて流量を調整する。 ・歩行障害が最も改善しやすく、認知障害・排尿障害も改善しうる。罹病期間が長くなると改善しにくくなるため、早期の診断が重要である。
治療可能な認知症(treatable dementia)の例
正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫、甲状腺機能低下症、ビタミンB12・B1欠乏、神経梅毒、脳腫瘍、薬剤性など。
POINT
・高齢者の歩行障害(開脚・小刻み)+認知障害+尿失禁=特発性正常圧水頭症の三徴。歩行障害が先行することが多い。 ・MRIで脳室拡大(Evans指数>0.3)とDESH(Sylvius裂開大+高位円蓋部脳溝の狭小化)。 ・確定診断と手術適応の判断にはタップテスト(髄液約30mL排出で症状改善をみる)。 ・治療は髄液シャント術(V-P、L-P、V-A)。治療可能な認知症の代表。 ・MIBG心筋シンチはParkinson病・Lewy小体型認知症、浸透圧利尿薬は頭蓋内圧亢進に用いる。
