StudyMed医師国家試験

一冊の手帳が命を守る―ソリブジン事件から学ぶお薬手帳の本当の役割

第115回医師国家試験 C問題 第31問

国試問題にチャレンジ

第115回 C問題 第31問

お薬手帳の役割として正しいのはどれか。2つ選べ。

  1. a.薬剤医療費の適正化
  2. b.ジェネリック薬品の普及促進
  3. c.患者による処方の自己管理の促進
  4. d.重複処方,相互作用による健康被害の防止
  5. e.薬局薬剤師の判断による処方内容の修正・改善

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、お薬手帳が何のためにあるのかを問う問題だ。誰もが見たことのある身近なものだけど、医療政策の目的と混同しやすい選択肢が並んでいる。「誰が、何のために使うものか」に注目して考えてみよう。
医学生医学生
薬局で必ず「お薬手帳はお持ちですか」と聞かれますよね。正直、薬局の事務的な手続きのようなイメージでした。
ドクタードクター
そう感じている人は多いね。でも本来はとても大切な安全装置なんだ。まず背景を知っておこう。1993年のソリブジン事件は聞いたことがあるかな。
医学生医学生
薬理学の講義で出てきました。帯状疱疹の薬と抗がん薬の相互作用でしたよね。
ドクタードクター
よく覚えているね。抗ウイルス薬ソリブジンの代謝物が、5-FUを分解する酵素であるジヒドロピリミジン脱水素酵素を阻害し、テガフールなど5-FU系抗がん薬の血中濃度が著しく上がって、重い骨髄抑制による死亡が相次いだ。問題は、2つの薬が別々の医療機関から処方されていて、医師も薬剤師もお互いの処方を把握できていなかったことなんだ。
医学生医学生
処方情報が一か所にまとまっていれば防げた事故だった、ということですね。
ドクタードクター
その通り。だからお薬手帳の最も重要な役割は、複数の医療機関や薬局をまたいで服薬情報を一元化し、重複処方や危険な相互作用による健康被害を防ぐことだ。アレルギー歴や副作用歴を書いておけば、同じ薬での有害事象の再発も防げる。
医学生医学生
もう一つの正解は、患者さん自身が薬を管理するという点でしょうか。
ドクタードクター
そう。薬の名前、飲み方、量、日数が記録されるから、患者さんが自分の服薬内容を把握し、正しく管理する助けになる。かかりつけ以外を受診したときや救急搬送時にも、手帳を見せれば正確な情報が伝わるんだ。
医学生医学生
災害のときにも役に立つと聞いたことがあります。
ドクタードクター
阪神・淡路大震災や東日本大震災では、普段の医療機関にかかれない慢性疾患の患者さんの服薬内容を把握する手段として、その有用性が改めて認識された。高血圧や糖尿病の治療を途切れさせないために重要なんだ。高齢の方では、家族や訪問看護師、施設職員が服薬を確認する手段にもなる。
医学生医学生
では、医療費の適正化やジェネリックの普及はどうでしょう。手帳で重複処方が減れば医療費も減りそうな気がします。
ドクタードクター
鋭いね。重複が減れば結果的に無駄な薬剤費が減るという副次的な効果はありうる。でもそれは目的ではない。薬剤費の適正化は薬価調査に基づく薬価改定など、ジェネリックの普及は一般名処方や調剤報酬上の加算など、それぞれ別の制度で図られているんだ。国の政策課題と、手帳本来の役割は分けて考えよう。
医学生医学生
薬剤師さんが手帳を見て処方を直す、というのも違いますか。地域医療実習で薬局を見学したとき、薬剤師さんが病院に電話していました。
ドクタードクター
それがまさに疑義照会だ。処方を決める権限は医師にあって、薬剤師が独自の判断で変えることはできない。薬剤師法第24条で、処方箋に疑わしい点があれば処方医に問い合わせ、疑いが解けるまで調剤してはならないと定められている。お薬手帳は疑義照会の判断材料にはなるけれど、処方変更の権限を与えるものではないんだ。
医学生医学生
なるほど。手帳は情報を共有するための道具であって、決定権を動かすものではないんですね。
ドクタードクター
そういうこと。発展として、高齢者のポリファーマシーも押さえておこう。多剤併用は転倒やせん妄、低血糖などの原因になる。手帳による一元管理は、かかりつけ薬剤師による薬の見直しの土台にもなるよ。それと、市販薬やサプリメントも書いておくよう患者さんに伝えるのが大切だ。
医学生医学生
研修医になったら、初診の患者さんにはまずお薬手帳を見せてもらう習慣をつけます。
ドクタードクター
ぜひそうしてほしい。問診で「飲んでいる薬はありません」と言っていた人が、手帳を見たら複数の薬を飲んでいた、というのは臨床ではよくあることだからね。

まとめ

お薬手帳の役割は、複数の医療機関・薬局にまたがる服薬情報を一元化して重複処方や相互作用、アレルギー薬の再投与による健康被害を防ぐことと、患者自身が服薬内容を把握し自己管理できるようにすることの2つです。普及の契機の一つは、別々の医療機関から処方されたソリブジンと5-FU系抗がん薬の相互作用で死亡例が相次いだ1993年のソリブジン事件でした。救急時や災害時、かかりつけ以外の受診時にも正確な情報を伝えられ、慢性疾患の治療継続や高齢者のポリファーマシー対策にも役立ちます。一方、薬剤費の適正化やジェネリック普及は別の制度で図られる政策課題であり、処方の決定権は医師にあって薬剤師は疑義照会で確認する立場です。手帳の意義を理解し、診療の場で積極的に活用することが医療安全の第一歩になります。

解答・解説

正解はc, dです

お薬手帳とは

お薬手帳は、患者が処方・調剤された薬の名称、用法・用量、処方日数、処方した医療機関や調剤した薬局、さらにアレルギー歴・副作用歴、既往歴、市販薬(OTC薬)の使用状況などを記録して持ち歩くための手帳である。紙の手帳のほか、スマートフォンアプリによる電子版もある。

誕生の背景

1993年のソリブジン事件がきっかけの一つとされる。帯状疱疹治療薬ソリブジンとフルオロウラシル(5-FU)系抗がん薬(テガフールなど)を併用した患者で、ソリブジンの代謝物が5-FUの分解酵素(ジヒドロピリミジン脱水素酵素)を阻害して5-FUの血中濃度が著しく上昇し、重い骨髄抑制による死亡例が相次いだ。この事件では、それぞれの薬が別の医療機関から処方され、医師・薬剤師が互いの処方を把握できていなかったことが大きな問題となった。その後、1995年の阪神・淡路大震災や2011年の東日本大震災では、被災した慢性疾患患者の服薬内容を把握する手段として有用性が改めて認識された。

考え方

お薬手帳の役割は大きく2つに整理できる。 (1) 医療者側: 複数の医療機関・薬局をまたいで服薬情報を一元的に把握し、重複投与や危険な相互作用、過去にアレルギーを起こした薬の再投与を防ぐ。 (2) 患者側: 自分の飲んでいる薬を自分で把握・管理し、受診時や災害時・旅行先での急病時にも正確な情報を医療者へ伝えられるようにする。 医療費の抑制やジェネリック医薬品の普及は国の医療政策の課題ではあるが、お薬手帳の本来の役割ではない。また処方の決定権は医師にあり、薬剤師が独自の判断で処方を変える仕組みでもない。

選択肢考察

  1. ×a.  薬剤医療費の適正化

    薬剤医療費の適正化はお薬手帳の役割ではない。薬剤費の適正化は、国が医薬品の市場実勢価格を調査(薬価調査)して薬価を改定する仕組みや、後発医薬品の使用促進策などの制度面で図られている。重複投与が防げる結果として無駄な薬剤費が減るという副次的な効果はありうるが、それはお薬手帳の目的とはいえない。

  2. ×b.  ジェネリック薬品の普及促進

    ジェネリック医薬品(後発医薬品)の普及促進は、お薬手帳の役割ではない。ジェネリック医薬品は先発医薬品の特許が切れた後に、同一の有効成分で製造・承認される薬で、開発費が少ない分だけ薬価が安い。医療費の多くを公費・保険で負担する国にとって普及は財政上の重要課題であり、調剤報酬上の加算や、処方箋の一般名処方、患者負担の仕組みなど、別の制度によって使用が促されている。

  3. ○c.  患者による処方の自己管理の促進

    お薬手帳には薬の名前、飲み方、量、回数などが記録されるため、患者自身が自分の服薬内容を把握し、正しく管理することに役立つ。かかりつけ以外の医療機関を受診する場合や、救急搬送時、地震・水害などの災害で普段の医療機関にかかれない場合でも、手帳を示せば正確な処方内容が伝わり、高血圧・糖尿病などの慢性疾患の治療を途切れさせずに継続できる。高齢者では、自分で薬を識別できない場合に家族や訪問看護・介護職、施設職員が服薬内容を確認する手段にもなる。

  4. ○d.  重複処方,相互作用による健康被害の防止

    お薬手帳の最も重要な役割である。複数の医療機関を受診している患者では、同じ成分・同じ薬効の薬が重複して処方されたり、併用で作用が増強・減弱する組み合わせが処方されたりする危険がある。手帳を確認することで、医師は処方時に、薬剤師は調剤時にこれを発見でき、必要に応じて処方医に問い合わせて防止できる。アレルギー歴・副作用歴を記録しておけば、同じ薬による有害事象の再発も防げる。ソリブジンと5-FU系抗がん薬の併用による死亡事故は、まさに別々の医療機関からの処方で起きた相互作用の被害であり、手帳普及の契機となった。

  5. ×e.  薬局薬剤師の判断による処方内容の修正・改善

    処方の決定は医師(歯科医師)の権限であり、薬局薬剤師が独自の判断で処方内容を修正することはできない。薬剤師は処方箋に疑わしい点(用量の誤り、重複、相互作用など)を見つけた場合、処方医に問い合わせて確認する義務があり(疑義照会、薬剤師法第24条)、修正は処方医の了承を得てはじめて行われる。お薬手帳はこの疑義照会の判断材料にはなるが、薬剤師に処方変更の権限を与えるものではない。なお、後発医薬品への変更は、処方箋で変更不可とされていなければ、患者の同意のもとで薬剤師が行うことが認められているが、これは制度上例外的に許容された範囲であり、お薬手帳の役割とは別の話である。

お薬手帳に記録される主な情報

・調剤日、処方した医療機関・医師、調剤した薬局 ・薬剤名、用法・用量、日数 ・アレルギー歴、副作用歴、既往歴 ・OTC薬・サプリメントの使用状況 ・薬剤師からの注意事項

薬剤師の関与と疑義照会

薬剤師法第24条により、薬剤師は処方箋中に疑わしい点があるときは、処方した医師などに問い合わせ、その疑いを解消した後でなければ調剤してはならない。お薬手帳の情報は、重複投与・相互作用・禁忌の確認を通じて疑義照会の根拠となる。

ソリブジン事件(1993年)

抗ウイルス薬ソリブジンの代謝物(ブロモビニルウラシル)が、5-FUを分解するジヒドロピリミジン脱水素酵素(DPD)を不可逆的に阻害し、テガフールなど5-FU系抗がん薬の血中濃度が上昇して重篤な骨髄抑制・死亡を招いた薬物相互作用である。発売後短期間で多数の死亡例が出た。複数医療機関からの処方情報の共有や、医薬品の安全対策の重要性を示した事例として知られる。

ポリファーマシーとの関係

高齢者では多剤併用(ポリファーマシー)による有害事象(転倒、せん妄、低血糖など)が問題となる。お薬手帳による服薬情報の一元管理は、かかりつけ薬剤師・薬局による薬剤の見直しの基盤にもなる。

POINT

・お薬手帳の役割は、服薬情報の一元化による重複投与・相互作用・アレルギーの防止と、患者自身の服薬の自己管理。 ・災害時や救急時、かかりつけ以外の受診時にも正確な処方内容が伝わる。 ・処方の決定権は医師にあり、薬剤師は疑義照会(薬剤師法第24条)で確認する。 ・医療費適正化・ジェネリック普及は別の制度で図られており、お薬手帳の本来の役割ではない。 ・契機の一つはソリブジン事件(ソリブジン+5-FU系抗がん薬の相互作用)。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。