筋肉痛の薬が足をむくませた―処方カスケードで読み解く薬剤性浮腫
第120回医師国家試験 F問題 第37問
国試問題にチャレンジ
68歳の男性。むくみを主訴に来院した。55歳時から逆流性食道炎に対し①プロトンポンプ阻害薬を内服している。60歳時から夜間頻尿があり,前立腺肥大症の治療薬として②α遮断薬を内服している。65歳時まで体育教師として働いていたが,退職後は夜,なかなか寝付けなくなり,③オレキシン受容体拮抗薬の内服をしている。また,健診でLDLコレステロールが徐々に上昇し,今年初めて「要治療」と判定された。自宅近くの医療機関を受診し,生活習慣の改善でもLDLコレステロールは低下せず,4か月前から④スタチンの内服を開始した。3か月前から下腿に筋肉痛が出現し,市販の⑤NSAIDを服用していた。1か月前から両足背にむくみを自覚し,指で足の皮膚を押すとへこむようになった。むくみの改善がないため受診した。 下線部のうち,この患者のむくみの原因として最も考えられるのはどれか。
- a.①
- b.②
- c.③
- d.④
- e.⑤
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
高齢者に新たな症状が出たときは、最近開始・変更した薬との時間的関係をまず確認することが基本です。NSAIDはプロスタグランジン産生を抑えて腎血流・糸球体濾過量を低下させ、Na・水貯留から両下肢の圧痕性浮腫を生じるため、本例のむくみの原因として最も考えられます。スタチン自体は浮腫を起こしませんが、その副作用である筋症状に対して市販NSAIDを追加し浮腫に至った流れは、薬の副作用に別の薬を重ねる処方カスケードの典型です。対応としてはNSAIDの中止に加え、CK測定などでスタチンの関与を評価することが重要で、カルシウム拮抗薬やピオグリタゾン、ステロイド、甘草なども薬剤性浮腫の原因として押さえておきたいところです。ポリファーマシーが増える高齢者診療では、症状を薬の追加で打ち消す前に「その症状は薬のせいではないか」と立ち止まる姿勢が求められます。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・68歳男性。1か月前から両側の足背に、指で押すと凹みが残る浮腫(圧痕性浮腫、pitting edema)が出現している。 ・内服薬は5種類:プロトンポンプ阻害薬(PPI、55歳〜)、α遮断薬(60歳〜)、オレキシン受容体拮抗薬(65歳以降)、スタチン(4か月前〜)、市販のNSAID(非ステロイド性抗炎症薬、3か月前〜)。
考え方
高齢者の新規症状をみたら、まず「最近始めた薬」との時間的関係を確認するのが基本である。PPI、α遮断薬、オレキシン受容体拮抗薬は何年も前から服用しており、1か月前に突然浮腫を起こす原因としては考えにくい。一方、スタチンは4か月前、NSAIDは3か月前に開始されており、浮腫の出現(1か月前)と時期的に近い。 このうち浮腫を起こす代表的な薬はNSAIDである。NSAIDはシクロオキシゲナーゼ(COX)を阻害してプロスタグランジン(PG)の産生を抑える。腎臓ではPGE2やPGI2が輸入細動脈を拡張させて腎血流と糸球体濾過量(GFR)を保ち、さらに尿細管でのNa再吸収を抑えてNa利尿に働いている。NSAIDでこの作用が失われると、Naと水が体内に貯留し、両下肢の圧痕性浮腫として現れる。高齢者は腎予備能が低いため、この影響を受けやすい。加えてNSAIDは急性尿細管間質性腎炎や、ネフローゼ症候群を伴う微小変化型の糸球体障害などの腎障害も起こしうる。 さらに本例では「スタチン開始→下腿の筋肉痛(スタチンの副作用である筋症状が疑われる)→市販NSAIDで対処→NSAIDによる浮腫」という流れが読み取れる。ある薬の副作用を新たな症状と誤認し、別の薬を追加することで新たな副作用が生じる現象を処方カスケード(prescribing cascade)と呼ぶ。本問はこの概念を背景にしており、対応としてはNSAIDの中止に加え、筋肉痛の原因としてスタチンの関与を評価(クレアチンキナーゼ〈CK〉測定、減量・変更の検討)することが重要である。
選択肢考察
- ×a. ①
プロトンポンプ阻害薬は胃壁細胞のH+/K+-ATPase(プロトンポンプ)を阻害して胃酸分泌を強力に抑える薬である。長期使用に伴う注意点として、骨粗鬆症性骨折の増加、Clostridioides difficile感染症のリスク上昇、低マグネシウム血症、ビタミンB12吸収低下などが知られる。まれに急性間質性腎炎を起こすことはあるが、浮腫を起こす代表的な薬ではなく、本例では13年前から服用しており、1か月前の浮腫出現とは時間的関連も乏しい。
- ×b. ②
前立腺肥大症に用いるα1遮断薬(タムスロシン、シロドシンなど)は前立腺・膀胱頸部の平滑筋を弛緩させて排尿障害を改善する。主な副作用は起立性低血圧(めまい・ふらつき)、射精障害であり、浮腫の原因としては一般的でない。8年前から服用しており、時間的にも今回の浮腫とは結びつきにくい。
- ×c. ③
オレキシン受容体拮抗薬(スボレキサント、レンボレキサントなど)は覚醒を維持する神経ペプチドであるオレキシンの作用を遮断して入眠を促す不眠症治療薬である。主な副作用は傾眠、頭痛、悪夢などであり、浮腫を起こす薬ではない。ベンゾジアゼピン系に比べ筋弛緩作用や依存性が少なく、高齢者に使いやすい薬として位置づけられている。
- ×d. ④
スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)はLDLコレステロールを低下させる。重要な副作用は筋肉痛・筋力低下などの筋症状(重症では横紋筋融解症)と肝機能障害である。本例の3か月前からの下腿筋肉痛はスタチンによる筋症状の可能性が高いが、スタチン自体は浮腫を起こす薬ではない。横紋筋融解症から急性腎障害を来せば浮腫が生じうるが、その場合は強い筋痛・脱力、褐色尿(ミオグロビン尿)などを伴うはずであり、本例の経過からはスタチンが直接の原因とは考えにくい。むしろスタチンの筋症状がNSAID服用のきっかけとなった点に意味がある。
- ○e. ⑤
NSAIDは腎のプロスタグランジン産生を抑えることで腎血流・GFRを低下させ、さらに尿細管でのNa再吸収を亢進させるため、Naと水の貯留を来して浮腫を生じる。3か月前から服用し、1か月前に両足背の圧痕性浮腫が出現した時間経過とも合致する。高齢者では腎予備能が低いため影響が出やすい。NSAIDは抗菌薬・抗がん薬と並んで薬剤性腎障害の主要な原因薬であり、腎血行動態の変化による急性腎障害のほか、アレルギー性の急性尿細管間質性腎炎、糸球体障害(ネフローゼ症候群)、尿細管壊死などを起こしうる。そのほか消化性潰瘍、肝機能障害、高カリウム血症、血圧上昇なども副作用として重要である。
薬剤性浮腫を起こす代表的な薬
・NSAID:PG産生抑制によるNa・水貯留、腎障害 ・カルシウム拮抗薬(特にジヒドロピリジン系):細動脈拡張に伴う毛細血管内圧上昇による下腿浮腫 ・チアゾリジン薬(ピオグリタゾン):腎集合管でのNa再吸収亢進 ・副腎皮質ステロイド、甘草(偽アルドステロン症):鉱質コルチコイド作用によるNa貯留 ・エストロゲン製剤など
浮腫の鑑別の基本
・両側性か片側性か:両側性なら心不全、腎疾患(ネフローゼ症候群、腎不全)、肝硬変、低栄養、甲状腺機能低下症、薬剤性などの全身性要因を考え、片側性なら深部静脈血栓症、リンパ浮腫、蜂窩織炎などの局所要因を考える。 ・圧痕性か非圧痕性か:圧痕性は間質の水分増加(Na・水貯留や低アルブミン血症)、非圧痕性は甲状腺機能低下症(粘液水腫)やリンパ浮腫で典型的である。
処方カスケード
薬の副作用が新たな病態と誤認され、それに対して別の薬が追加されることで、さらに副作用が連鎖する現象である。高齢者のポリファーマシー(多剤併用)の重要な背景であり、新しい症状が出たら、まず最近開始・変更した薬との関連を疑う姿勢が求められる。例として、カルシウム拮抗薬による下腿浮腫に利尿薬を追加する、NSAIDによる血圧上昇に降圧薬を追加する、などがある。本例はスタチンによる筋症状にNSAIDを重ね、浮腫を生じた典型例といえる。
POINT
・NSAIDは腎のプロスタグランジン産生を抑えてNa・水貯留を起こし、浮腫や腎障害の原因となる。 ・新たな症状をみたら、最近開始した薬との時間的関係をまず確認する。 ・スタチンの副作用は筋症状(横紋筋融解症)と肝障害。 ・スタチンによる筋肉痛にNSAIDを追加して浮腫を生じるといった連鎖は処方カスケードの典型である。
