羊水は胎児のおしっこ―ACE阻害薬とNSAIDが羊水を減らすしくみ
第115回医師国家試験 C問題 第28問
国試問題にチャレンジ
羊水過少の原因となるのはどれか。2つ選べ。
- a.アンジオテンシン変換酵素〈ACE〉阻害薬
- b.副腎皮質ステロイド
- c.カルシウム拮抗薬
- d.抗甲状腺薬
- e.NSAID
対話形式の解説
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ドクターまとめ
妊娠中期以降の羊水の主体は胎児尿であり、胎児の尿量を減らすものは羊水過少の原因となります。低血圧環境にある胎児腎は、アンジオテンシンIIによる輸出細動脈の収縮とプロスタグランジンによる輸入細動脈の拡張で糸球体濾過量を保っているため、レニン・アンジオテンシン系を阻害するACE阻害薬・ARBと、プロスタグランジン合成を阻害するNSAIDが羊水過少を引き起こします。ACE阻害薬・ARBは肺低形成や胎児腎不全などの胎児症を起こすため妊婦禁忌であり、NSAIDは妊娠後期に胎児動脈管収縮も起こすため、妊婦の鎮痛にはアセトアミノフェンを用います。副腎皮質ステロイド、カルシウム拮抗薬、抗甲状腺薬は羊水過少の原因薬ではなく、ニフェジピンはむしろ妊娠中の代表的な降圧薬です。薬の作用機序と胎児の生理を結びつけて理解することが、妊婦への安全な処方につながります。
解答・解説
正解はa, eです
羊水の産生と羊水過少
妊娠中期以降、羊水の大部分は胎児尿でまかなわれる。胎児が尿を排泄し、それを嚥下して吸収するというサイクルで羊水量は保たれている(ほかに胎児肺からの肺胞液も寄与する)。したがって、胎児の尿量を減らす病態はいずれも羊水過少の原因となりうる。代表的なものは、胎児側の要因として両側腎無形成・多嚢胞性異形成腎・下部尿路閉塞、胎児発育不全(FGR)に伴う腎血流低下、母体側・胎盤側の要因として妊娠高血圧症候群や胎盤機能不全、さらに前期破水による羊水の流出がある。
薬剤による羊水過少
本問は、胎児腎の機能(糸球体濾過・尿産生)を直接障害する薬剤を選ぶ問題である。胎児腎は、子宮内という低血圧・低灌流の環境で糸球体濾過量を保つために、レニン・アンジオテンシン系(RAS)とプロスタグランジン(PG)に強く依存している。 ・アンジオテンシンⅡは輸出細動脈を収縮させて糸球体内圧を保つ。 ・PGは輸入細動脈を拡張させて腎血流を保つ。 このため、RASを阻害する薬(ACE阻害薬、ARB、直接的レニン阻害薬)と、PG合成を阻害する薬(NSAID)は、いずれも胎児の糸球体濾過量を低下させて尿量を減らし、羊水過少を引き起こす。 この視点から選択肢を見れば、RAS阻害薬であるACE阻害薬と、シクロオキシゲナーゼ(COX)阻害薬であるNSAIDの2つが該当する。
選択肢考察
- ○a. アンジオテンシン変換酵素〈ACE〉阻害薬
ACE阻害薬はアンジオテンシンⅡの産生を抑え、胎児腎の輸出細動脈の収縮を解除して糸球体内圧を低下させる。その結果、胎児の尿量が減少し羊水過少となる。妊娠中期・後期の曝露では、羊水過少に続発する肺低形成や四肢の拘縮・顔貌異常(Potter様の変化)、胎児腎不全・新生児の無尿、頭蓋骨の骨化不全、胎児死亡などが報告されており、「ACE阻害薬胎児症」と総称される。同じ機序でARBも羊水過少の原因となり、いずれも妊婦(妊娠の可能性がある女性を含む)には禁忌である。妊娠高血圧症候群や慢性高血圧の妊婦に投与してはならない降圧薬の代表として覚えておく。
- ×b. 副腎皮質ステロイド
副腎皮質ステロイドには胎児腎血流や尿量を減らす作用はなく、羊水過少の原因とはならない。むしろ産科では、早産が予想される妊娠22〜34週未満の妊婦に、胎児の肺成熟(肺サーファクタント産生の促進)や脳室内出血・壊死性腸炎の予防を目的としてベタメタゾンを母体投与する(antenatal corticosteroids)。また全身性エリテマトーデスなどの母体の膠原病に対しても、プレドニゾロンは胎盤で大部分が不活化されるため妊娠中に使用されることが多い。
- ×c. カルシウム拮抗薬
カルシウム拮抗薬は胎児のRASやPG系を阻害せず、羊水過少の原因薬としては扱われない。ニフェジピンは妊娠高血圧症候群や慢性高血圧の妊婦に対する第一選択の降圧薬の一つであり、早産治療(子宮収縮抑制)に用いられることもある。かつて日本では動物実験の結果から添付文書上「妊娠20週未満は禁忌」とされていたが、ヒトでの安全性データの蓄積を受けて2022年に禁忌の記載が削除され、現在は妊娠全期間で治療上の有益性を考慮して使用できる。なお、過度な降圧は子宮胎盤血流を減らしうるため、降圧の程度には注意が必要である。
- ×d. 抗甲状腺薬
抗甲状腺薬は羊水過少の原因とはならない。妊娠中の抗甲状腺薬で問題となるのは催奇形性と胎児甲状腺機能への影響である。チアマゾール(MMI)は妊娠初期(特に妊娠4〜15週頃の器官形成期)の曝露で頭皮欠損、臍帯ヘルニア、臍腸管遺残、食道閉鎖・後鼻孔閉鎖などのMMI奇形症候群を起こしうるため、この時期はプロピルチオウラシル(PTU)が推奨される。一方PTUには重篤な肝障害のリスクがあるため、妊娠中期以降はMMIへの切り替えも検討される。どちらも胎盤を通過するため、過量投与では胎児甲状腺機能低下症・甲状腺腫をきたしうる。
- ○e. NSAID
NSAID(非ステロイド性抗炎症薬)はCOXを阻害してPG合成を抑える。胎児腎はPGによる輸入細動脈の拡張に依存して腎血流を維持しているため、NSAIDの曝露で胎児の糸球体濾過量と尿量が低下し、羊水過少となる。妊娠20週前後以降の使用で羊水過少の報告があり、中止すると多くは回復する。さらにPGは胎児の動脈管の開存を保っているため、妊娠後期の曝露では胎児動脈管収縮(早期閉鎖)を起こし、胎児の右心不全・胎児水腫や新生児遷延性肺高血圧症の原因となる。ほかに分娩遷延、新生児の壊死性腸炎・頭蓋内出血も問題とされる。このため妊娠後期(妊娠末期)のNSAID投与は多くの製剤で禁忌であり、妊婦の鎮痛・解熱にはアセトアミノフェンが選択される。なお、インドメタシンはこの羊水減少作用を逆に利用して、羊水過多の治療に用いられることがある。
羊水量の評価
・羊水指数(AFI): 子宮を4分割し、各区画の最大羊水深度の合計。5cm以下を羊水過少、24〜25cm以上を羊水過多の目安とする。 ・最大羊水深度(MVP): 2cm未満を羊水過少、8cm以上を羊水過多の目安とする。
羊水過少の主な原因
・胎児尿の減少: 両側腎無形成(Potter症候群)、多嚢胞性異形成腎、後部尿道弁などの下部尿路閉塞、FGR(胎盤機能不全による腎血流低下) ・羊水の流出: 前期破水 ・母体・胎盤: 妊娠高血圧症候群、過期妊娠に伴う胎盤機能低下 ・薬剤: ACE阻害薬、ARB、NSAID(COX阻害薬)
羊水過少がもたらすもの
肺の発育には肺内の液体と羊水の存在が必要であり、妊娠中期からの高度な羊水過少は肺低形成をきたす。また子宮壁による圧迫で四肢の変形・拘縮や特有の顔貌(Potter顔貌)を生じる。分娩時には臍帯圧迫による胎児機能不全の原因となる。
羊水過多の原因との対比
羊水過多は、胎児が羊水を嚥下・吸収できない病態(食道閉鎖、十二指腸閉鎖、無脳症など)や、胎児尿量が増える病態(母体糖尿病による胎児高血糖・多尿、双胎間輸血症候群の受血児)で起こる。
POINT
・羊水の主成分は胎児尿であり、胎児尿量を減らすものが羊水過少の原因となる。 ・胎児腎の血流・糸球体濾過はRAS(アンジオテンシンⅡ)とPGに依存している。 ・RAS阻害薬(ACE阻害薬・ARB)は羊水過少・胎児腎障害を起こすため妊婦禁忌。 ・NSAIDは羊水過少に加え、妊娠後期の胎児動脈管収縮の原因となる。妊婦の鎮痛にはアセトアミノフェン。 ・妊娠中の降圧薬はニフェジピン、ラベタロール、メチルドパ、ヒドララジン。
