豊かな国ほど「心臓」で亡くなる―WHOの死因ランキングで読み解く疫学転換
第114回医師国家試験 F問題 第19問
国試問題にチャレンジ
WHOが公表した2016年のファクトシートによれば,低所得国よりも高所得国で上位にある死因はどれか。
- a.交通事故
- b.下痢性疾患
- c.下気道感染症
- d.虚血性心疾患
- e.新生児仮死および出生時損傷
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
WHOの2016年データによる死因上位10位では、低所得国で下気道感染症・下痢性疾患・HIV/AIDS・マラリア・結核などの感染症と、早産合併症や新生児仮死などの周産期関連死因、交通事故が上位を占めます。一方、高所得国では虚血性心疾患が第1位で、脳卒中、認知症、肺癌、COPD、大腸癌などの非感染性疾患が並びます。虚血性心疾患は低所得国でも第3位、世界全体では第1位であり、「高所得国でより上位」という捉え方が正確です。社会の発展に伴い主要な死因が感染症から慢性疾患へと移る疫学転換と、中所得国などで両者が併存する二重負荷を理解しておくと、日本の死因構造や国際保健の課題も整理しやすくなります。
解答・解説
正解はdです
世界保健機関(WHO:World Health Organization)は、世界銀行の所得分類(低所得国・低中所得国・高中所得国・高所得国)ごとに主要な死因の上位10位を公表している。本問は2016年のデータに基づくファクトシートで、低所得国と高所得国の死因構成の違いを問うものである。
考え方
低所得国では、上下水道の未整備、栄養不良、予防接種や周産期医療へのアクセス不足などにより、感染症と母子・周産期に関連する死因が上位を占める。一方、高所得国では感染症や周産期の死亡が十分に抑えられ、平均寿命が長いため、高齢化に伴う非感染性疾患(NCDs:non-communicable diseases、いわゆる生活習慣病)、すなわち心血管疾患・悪性腫瘍・認知症・慢性呼吸器疾患・糖尿病などが上位に並ぶ。 したがって「高所得国で上位にある死因」は非感染性疾患の代表である虚血性心疾患と考えればよい。ただし虚血性心疾患は低所得国でも第3位に入っており、「低所得国にはない」のではなく「高所得国でより上位(第1位)」という点を押さえておく。実際、虚血性心疾患は2016年の世界全体の死因でも第1位であり、所得水準を問わず重要な死因である。
選択肢考察
- ×a. 交通事故
道路交通外傷は低所得国では死因の第10位に入るが、高所得国では上位10位に入っていない。低所得国では道路・車両の安全基準、交通規則の遵守、救急医療体制が不十分であることが背景にある。高所得国の方が上位にあるわけではないので誤り。
- ×b. 下痢性疾患
下痢性疾患は低所得国の死因第2位であるが、高所得国では上位10位に入らない。安全な飲料水・衛生設備(トイレ、下水道)の欠如や栄養不良が主な要因で、特に5歳未満児の死亡に大きく寄与している。経口補水療法やロタウイルスワクチンで予防・救命できる死因であり、典型的な低所得国型の死因であるため誤り。
- ×c. 下気道感染症
下気道感染症(肺炎など)は低所得国では死因の第1位、高所得国では第6位である。高所得国でも高齢者の肺炎(誤嚥性肺炎を含む)として上位10位に入ってはいるが、順位は低所得国の方が高い。したがって「低所得国よりも高所得国で上位」には当たらず誤り。
- ○d. 虚血性心疾患
虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞など、冠動脈の動脈硬化による心筋虚血を主体とする疾患)は高所得国で死因の第1位、低所得国では第3位である。高所得国では高齢化に加え、高脂肪食・運動不足・喫煙・肥満・糖尿病・高血圧・脂質異常症といった動脈硬化の危険因子が蔓延していることが背景にある。高所得国の方が上位にあるため、これが正解である。
- ×e. 新生児仮死および出生時損傷
新生児仮死および出生時損傷は低所得国の死因第9位であり、高所得国では上位10位に入っていない。熟練した助産者の立ち会いや施設分娩、新生児蘇生の体制が整っていないことが主因で、周産期医療が充実した高所得国では死因の上位にはならない。誤り。
WHOファクトシート(2016年データ)における死因上位10位
低所得国: 1 下気道感染症 2 下痢性疾患 3 虚血性心疾患 4 HIV/AIDS(後天性免疫不全症候群) 5 脳卒中 6 マラリア 7 結核 8 早産合併症 9 新生児仮死および出生時損傷 10 道路交通外傷 高所得国: 1 虚血性心疾患 2 脳卒中 3 Alzheimer病およびその他の認知症 4 気管・気管支・肺癌 5 慢性閉塞性肺疾患(COPD) 6 下気道感染症 7 結腸・直腸癌 8 糖尿病 9 腎臓病 10 乳癌
読み取れる傾向
・低所得国の上位10位のうち、感染症(下気道感染症、下痢性疾患、HIV/AIDS、マラリア、結核)が5つ、周産期関連(早産合併症、新生児仮死・出生時損傷)が2つを占める。 ・高所得国の上位10位は、下気道感染症を除いてすべて非感染性疾患である。癌(肺癌、大腸癌、乳癌)や認知症が入るのは高齢化と生活習慣の影響を反映している。 ・虚血性心疾患と脳卒中は両者に共通して上位にあり、世界全体でも死因の第1位・第2位である。
疫学転換
社会が経済的に発展するにつれ、主要な死因が感染症・栄養不良・周産期の疾患から、慢性の非感染性疾患へと移り変わる現象を疫学転換(epidemiologic transition)という。低所得国・中所得国では、感染症が残存したまま非感染性疾患も増加する「二重負荷(double burden)」が問題となっている。
参考:日本の死因
日本の人口動態統計では、死因の第1位は悪性新生物、第2位は心疾患であり(以降の順位は年により変動し、老衰・脳血管疾患・肺炎などが続く)、高所得国型の死因構造を示す。
POINT
・低所得国の死因上位は感染症(下気道感染症、下痢性疾患、HIV/AIDS、マラリア、結核)と周産期関連(早産合併症、新生児仮死・出生時損傷)、道路交通外傷。 ・高所得国の死因上位は非感染性疾患(虚血性心疾患、脳卒中、認知症、肺癌、COPD、大腸癌、糖尿病、腎臓病、乳癌)。 ・虚血性心疾患は高所得国で第1位、低所得国で第3位、世界全体でも第1位。 ・下気道感染症は低所得国で第1位だが、高所得国でも第6位に入る。
