内視鏡も超音波も異常なし―それでも続く胃の不調、機能性ディスペプシアという診断
第114回医師国家試験 A問題 第44問
国試問題にチャレンジ
35歳の女性。摂食早期の満腹感と心窩部痛を主訴に来院した。6か月前から摂食早期の満腹感を自覚し,特に脂っぽいものを食べると心窩部痛が出現するため受診した。便通異常はない。既往歴に特記すべきことはない。身長158cm,体重46kg(6か月間で3kgの体重減少)。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。血液所見:赤血球408万,Hb 12.8g/dL,Ht 39%,白血球5,300,血小板20万。血液生化学所見:アルブミン4.1g/dL,総ビリルビン0.8mg/dL,AST 21 U/L,ALT 19 U/L,LD 194 U/L(基準120~245),ALP 145 U/L(基準115~359),γ-GT 14 U/L(基準8~50),アミラーゼ89 U/L(基準37~160),尿素窒素15mg/dL,クレアチニン0.7mg/dL,尿酸3.9mg/dL,血糖88mg/dL,HbA1c 5.6%(基準4.6~6.2),総コレステロール176mg/dL,トリグリセリド91mg/dL,Na 140 mEq/L,K 4.3mEq/L,Cl 101mEq/L。上部消化管内視鏡検査および腹部超音波検査に異常を認めない。 最も考えられるのはどれか。
- a.慢性膵炎
- b.逆流性食道炎
- c.過敏性腸症候群
- d.食道アカラシア
- e.機能性ディスペプシア
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
早期飽満感・食後のもたれ感・心窩部痛・心窩部灼熱感といった胃・十二指腸由来の症状が慢性的に続き、内視鏡などで器質的疾患が見つからない場合は機能性ディスペプシアを考えます。除外診断が基本であり、体重減少などのアラームサインがあれば、まず内視鏡で悪性疾患を除外することが欠かせません。病態には胃の適応性弛緩障害や排出遅延、内臓知覚過敏、心理社会的要因などが関与し、脂肪食での増悪もよくみられます。胸やけ・呑酸なら逆流性食道炎、嚥下困難なら食道アカラシア、便通異常なら過敏性腸症候群、飲酒歴や脂肪便・膵の画像異常なら慢性膵炎と、症状の主座と検査所見から鑑別を進めます。「検査で異常なし」を診断と治療につなげる考え方は、日常診療で頻度の高い機能性消化管疾患に向き合う基本になります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・35歳女性。6か月前からの摂食早期の満腹感(早期飽満感:食べ始めてすぐに胃がいっぱいになり、予定量を食べきれない感覚)と、脂っぽい食事で増悪する心窩部痛。 ・便通異常はない(下痢・便秘がない)。 ・身長158cm、体重46kgでBMIは約18.4とやや低体重。6か月で3kg(元の体重49kgの約6%)減少している。 ・腹部は平坦・軟で、肝・脾を触知しない。 ・血算は正常で貧血・炎症所見はない。肝胆道系酵素(AST、ALT、ALP、γ-GT、ビリルビン)、アミラーゼ、腎機能、電解質、血糖・HbA1c、脂質はすべて基準範囲内である。 ・上部消化管内視鏡検査と腹部超音波検査で異常を認めない。
診断へのプロセス
①症状の主座:早期飽満感と心窩部痛は、いずれも胃・十二指腸に由来する上腹部症状(ディスペプシア症状)である。便通異常がないため、下部消化管の機能異常(過敏性腸症候群など)は考えにくい。 ②経過:6か月と慢性で、急性腹症(消化管穿孔、急性胆嚢炎、急性膵炎など)は否定的である。 ③危険徴候の確認:体重減少は「警告徴候(アラームサイン)」の一つであり、胃癌などの悪性疾患や消耗性疾患を見逃さないことが重要である。本例では、上部消化管内視鏡で胃・食道・十二指腸の器質的病変(潰瘍、癌、びらん性食道炎など)がなく、腹部超音波で肝・胆・膵の病変(胆石、膵腫瘍、慢性膵炎の膵石・膵管拡張など)もなく、血液検査でも貧血・炎症・肝胆膵障害・糖尿病などの全身性・代謝性疾患を示す所見がない。 ④結論:症状を説明できる器質的・全身性・代謝性疾患が見当たらないにもかかわらず、慢性的にディスペプシア症状が続いている。これはRome IV基準(2016年)の機能性ディスペプシア(FD)に合致する。早期飽満感は食後愁訴症候群(PDS)、心窩部痛は心窩部痛症候群(EPS)に対応する症状で、両者が重なっている例と考えられる。
考え方
機能性ディスペプシアは「除外診断」を基本とする疾患である。症状だけで飛びつかず、内視鏡などで器質的疾患を否定したうえで診断する、という流れを本問は示している。脂肪摂取による症状誘発は、脂肪がコレシストキニン(CCK)分泌を促し胃排出を遅らせることや、内臓知覚過敏によるものと説明でき、FDによくみられる特徴である。
選択肢考察
- ×a. 慢性膵炎
慢性膵炎は膵の持続的な炎症と線維化により、上腹部痛・背部痛、膵外分泌不全による脂肪便・下痢、膵内分泌不全による糖尿病(膵性糖尿病)などをきたす疾患で、原因はアルコールが最多である。脂肪摂取後の腹痛は慢性膵炎でもみられるが、本例は飲酒歴の記載がなくγ-GTも正常で、アミラーゼは基準範囲内、便通異常(脂肪便)や耐糖能異常(血糖・HbA1c正常)もない。さらに腹部超音波で膵石・膵管拡張・膵萎縮などの異常がないため、考えにくい。
- ×b. 逆流性食道炎
逆流性食道炎は胃酸などの逆流により食道粘膜にびらん・潰瘍が生じる疾患で、典型症状は胸やけと呑酸(酸っぱい液が口まで上がってくる感じ)である。脂肪食は下部食道括約筋(LES)を弛緩させるため増悪因子となるが、本例の主症状は早期飽満感と心窩部痛で、胸やけ・呑酸の記載がない。また上部消化管内視鏡で食道胃接合部のびらん(粘膜傷害)を認めないため否定的である。なお、内視鏡で粘膜傷害がなく胸やけなどの逆流症状のみがある病態は非びらん性胃食道逆流症(NERD)と呼ばれ、FDと区別される。
- ×c. 過敏性腸症候群
過敏性腸症候群(IBS)は、器質的疾患がないのに腹痛が反復し、それが排便に関連したり、排便頻度や便の形状(下痢・便秘)の変化を伴ったりする下部消化管の機能性疾患である。本例は便通異常がなく、症状は摂食に関連した上腹部症状であるため合致しない。なおFDとIBSはしばしば合併することが知られているが、本例ではIBSを示唆する所見がない。
- ×d. 食道アカラシア
食道アカラシアは、食道壁内の神経叢(アウエルバッハ神経叢)の障害によりLESが嚥下時に弛緩せず、食道の蠕動も消失する疾患である。主症状は嚥下困難(固形物・液体の両方でつかえる)、食物や唾液の逆流(特に臥位・就寝時)、胸痛で、進行すると体重減少もきたす。本例は嚥下困難や逆流の訴えがなく、上部消化管内視鏡で食道の拡張、食物残渣・液体の貯留、食道胃接合部の通過抵抗などの所見もないため否定的である。
- ○e. 機能性ディスペプシア
機能性ディスペプシアは、症状の原因となる器質的・全身性・代謝性疾患がないにもかかわらず、食後のもたれ感、早期飽満感、心窩部痛、心窩部灼熱感といった胃・十二指腸由来の症状が慢性的に続く疾患である。本例は6か月続く早期飽満感と心窩部痛があり、血液検査・上部消化管内視鏡検査・腹部超音波検査で器質的疾患が否定されていることからRome IV基準を満たし、最も考えられる。体重減少は警告徴候であるが、本例では内視鏡などで悪性疾患が除外されており、食事量の低下による体重減少と解釈できる。ただし、経過中に症状や体重減少が進行する場合には、下部消化管検査や腹部CTなど追加の検索を考慮すべきである。
機能性ディスペプシア(functional dyspepsia:FD)
・ディスペプシアとは、胃・十二指腸に由来すると考えられる上腹部の不快な症状(もたれ感、早期飽満感、心窩部痛、心窩部灼熱感)の総称である。 ・FDは、これらの症状があるにもかかわらず、内視鏡検査などで症状を説明できる器質的疾患が見つからないものをいう。消化器外来で頻度の高い疾患で、若年〜中年の女性にやや多い。
Rome IV基準(2016年)
・以下の症状の1つ以上が日常生活に支障をきたす程度に存在する:つらいと感じる食後のもたれ感、早期飽満感、心窩部痛、心窩部灼熱感。 ・症状を説明しうる器質的疾患(上部消化管内視鏡検査を含む)がない。 ・上記が過去3か月間持続し、症状の初発は診断の6か月以上前である。 ・サブタイプ:食後愁訴症候群(postprandial distress syndrome:PDS、食後のもたれ感・早期飽満感が主体)と心窩部痛症候群(epigastric pain syndrome:EPS、心窩部痛・灼熱感が主体)。両者の重複もある。 ・なお日本の診療ガイドラインでは、日常診療での実用性を重視し、症状の持続期間を厳密には定めず「慢性的に続く」症状として扱っている。
病態
・胃の運動機能異常:胃排出遅延、食事を受け入れる際の胃底部の弛緩障害(適応性弛緩障害:早期飽満感の主因とされる)。 ・内臓知覚過敏:胃の伸展や酸・脂肪の刺激に対して過敏に反応する。 ・その他:心理社会的要因(不安・抑うつ・ストレス)、脳腸相関の異常、感染性胃腸炎後の発症、十二指腸の微小炎症などが関与する。 ・H. pylori(ヘリコバクター・ピロリ)感染者で除菌後に症状が消失するものは「H. pylori関連ディスペプシア」としてFDとは区別する考え方が現在は一般的である。
診断の進め方
・警告徴候(アラームサイン):原因不明の体重減少、繰り返す嘔吐、嚥下困難、吐血・下血、貧血、腹部腫瘤、発熱、高齢での新規発症など。これらがある場合は、速やかに内視鏡検査などで器質的疾患(特に悪性腫瘍)を除外する。 ・必要に応じて腹部超音波、血液検査、H. pylori感染検査を行う。
治療
・生活指導(規則正しい食事、脂肪の多い食事を控える、ストレス対策)と、良好な医師-患者関係の構築。 ・初期治療:酸分泌抑制薬(プロトンポンプ阻害薬、H2受容体拮抗薬)、消化管運動機能改善薬(アコチアミドなど。アコチアミドはアセチルコリンエステラーゼ阻害作用で胃運動を改善し、日本で唯一FDの適応をもつ薬剤である)。H. pylori陽性なら除菌療法。 ・二次治療:抗不安薬・抗うつ薬、漢方薬(六君子湯など)。
POINT
・早期飽満感・食後のもたれ感・心窩部痛・心窩部灼熱感+器質的疾患なし→機能性ディスペプシア。 ・診断は除外診断が基本。上部消化管内視鏡検査で器質的疾患を否定することが必須。 ・Rome IV基準:症状は過去3か月持続、初発は6か月以上前。サブタイプはPDS(食後愁訴症候群)とEPS(心窩部痛症候群)。 ・体重減少などの警告徴候があれば悪性疾患の除外を優先する。 ・鑑別:胸やけ・呑酸→逆流性食道炎、嚥下困難・逆流→食道アカラシア、排便に関連する腹痛・便通異常→過敏性腸症候群、飲酒歴・脂肪便・膵の画像異常→慢性膵炎。
