やせが十二指腸を締めつける―「前かがみで楽になる嘔吐」が示す上腸間膜動脈症候群
第120回医師国家試験 D問題 第54問
国試問題にチャレンジ
30歳の女性。嘔吐と体重減少を主訴に来院した。6か月前から仕事のストレスで食欲が落ち,体重が55kgから40kgまで減少した。その後,食後の悪心と嘔吐を繰り返すようになり,徐々に体重が減少するため受診した。上半身を前屈して食事をとると,食後の症状は軽減する。吐物に血液の混入は認めない。黒色便は認めない。意識は清明。身長160cm,体重35kg。体温36.5℃。脈拍72/分,整。血圧106/68mmHg。呼吸数20/分。SpO2 98%(room air)。眼瞼結膜は軽度貧血様であり,眼球結膜に異常は認めない。腹部は陥凹しているが,圧痛を認めない。血液所見:赤血球412万,Hb 10.2g/dL,Ht 38%,白血球5,600(好中球62%,好酸球3%,単球5%,リンパ球30%),血小板27万。血液生化学所見:総蛋白6.9g/dL,アルブミン3.3g/dL,総ビリルビン1.0mg/dL,直接ビリルビン0.4mg/dL,AST 17U/L,ALT 20U/L,尿素窒素28mg/dL,クレアチニン0.5mg/dL,CEA 2.5 ng/mL(基準5以下),CA19-9 17U/mL(基準37以下)。CRP 0.1mg/dL。水溶性造影剤による上部消化管造影像(A,B)を下に示す。BはAの20分後の像である。造影剤が十二指腸に停滞し,空腸への流出がみられなかった。 最も考えられる疾患はどれか。

- a.胃癌
- b.膵癌
- c.好酸球性胃腸炎
- d.上腸間膜動脈症候群
- e.機能性ディスペプシア
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
急激な体重減少の後に食後の悪心・嘔吐が出現し、前屈位や腹臥位、左側臥位で症状が軽くなる場合は、上腸間膜動脈症候群を考えます。上腸間膜動脈周囲の脂肪が減ることで、大動脈との間で十二指腸水平部が挟まれて通過障害を起こす病態で、上部消化管造影では十二指腸水平部での途絶と造影剤の停滞、CTでは両動脈の角度・距離の狭小化がみられます。姿勢で変化しない腫瘍性狭窄(胃癌・膵癌)や、器質的異常を欠く機能性ディスペプシア、好酸球増多を伴いやすい好酸球性胃腸炎とは、経過と所見から区別できます。治療は減圧と栄養療法による体重回復が基本で、無効例では十二指腸空腸吻合術を検討します。膵疾患で前屈位により軽くなるのは「痛み」であるという違いも押さえておくと、体位と症状の関係を手がかりにした鑑別に強くなれます。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・30歳女性。6か月前から仕事のストレスで食欲が低下し、体重が55kgから40kgへ減少:まず心理的要因による摂食量の低下と急激なやせが先行している。 ・その後から食後の悪心・嘔吐を反復し、さらに体重が減少(現在35kg、身長160cmでBMI 約13.7):やせが進んだ後に、食後に増悪する上部消化管の通過障害を思わせる症状が加わり、嘔吐がさらにやせを進める悪循環に陥っている。 ・上半身を前屈して食事をとると食後の症状が軽減:体位によって通過障害の程度が変わることを示す、診断上きわめて重要な所見である。 ・吐血・黒色便なし、CEA・CA19-9は基準内、CRP 0.1mg/dL:消化管出血、悪性腫瘍、活動性の炎症を積極的に示す所見はない。 ・腹部は陥凹し圧痛なし:高度のやせを反映し、腹膜炎などの急性腹症の所見はない。 ・Hb 10.2g/dLの軽度貧血、アルブミン3.3g/dL:低栄養を反映する。 ・尿素窒素28mg/dL、クレアチニン0.5mg/dL(比が50以上と高い):反復嘔吐と摂取不良による脱水、および筋量の少なさ(クレアチニンが低くなる)を反映する。 ・好酸球3%:好酸球増多はない。 ・水溶性造影剤による上部消化管造影:造影剤が十二指腸に停滞し、20分後も空腸へ流出しない。胃から十二指腸近位部は拡張し、十二指腸水平部(第3部)付近で縦走する帯状の圧排によって途絶している像である。
診断へのプロセス
食後の嘔吐と体重減少を来す若年女性では、悪性腫瘍(スキルス胃癌など)、神経性やせ症などの精神疾患、内分泌疾患、機能性消化管疾患など幅広い鑑別が必要である。本例では、①ストレスによる急激な体重減少が先行していること、②その後に十二指腸の通過障害が生じていること、③前屈位で症状が軽くなること、④造影で十二指腸の途絶と停滞を認めること、⑤腫瘍マーカー・炎症反応が陰性であることから、やせによって上腸間膜動脈と大動脈の間で十二指腸水平部が挟まれて閉塞する上腸間膜動脈症候群と診断できる。 上腸間膜動脈(SMA)は腹部大動脈から前下方へ分岐し、その間を十二指腸水平部が横切る。通常はSMA周囲の脂肪組織がクッションとなって十二指腸は圧迫されないが、急激なやせでこの脂肪が減ると両者のなす角度と距離が狭くなり、十二指腸が挟まれる。前屈位、腹臥位、左側臥位、膝胸位などでは小腸とSMAが重力で前方・下方へ移動し圧迫が緩むため、症状が改善する。
選択肢考察
- ×a. 胃癌
若年女性の嘔吐と体重減少ではスキルス胃癌(びまん浸潤型胃癌)を鑑別に挙げる必要がある。しかし本例では、腫瘍マーカーが基準内であり、造影で途絶しているのは胃ではなく十二指腸で、胃壁の硬化や狭小化といった所見の記載もない。さらに、前屈位で症状が軽くなるという体位による変化は腫瘍による器質的狭窄では説明できない。体重減少もストレスによる食欲低下が先行しており、胃癌は考えにくい。
- ×b. 膵癌
膵癌は体重減少を来し、膵頭部癌では十二指腸に浸潤して通過障害を起こすこともある。膵癌や膵炎では前屈位・膝胸位で腹痛・背部痛が和らぐことがあるが、これは後腹膜への浸潤に伴う痛みの軽減であり、本例のように食後の悪心・嘔吐という通過障害の症状が体位で軽くなるのとは異なる。本例は30歳と若く、腹痛・背部痛や閉塞性黄疸(総ビリルビン1.0mg/dLで正常)がなく、CA19-9も基準内であり、膵癌は考えにくい。
- ×c. 好酸球性胃腸炎
好酸球性胃腸炎は、消化管壁に好酸球が浸潤して起こる慢性炎症性疾患で、腹痛、悪心・嘔吐、下痢、腹水などを来す。アレルギー疾患の合併が多く、約半数以上で末梢血好酸球増多を伴う。診断には内視鏡下生検で粘膜への好酸球浸潤(強拡大1視野あたり20個以上が目安)を確認する。筋層型では壁肥厚による狭窄を来しうるが、本例では好酸球3%と増多がなく、体位で症状が変わる点も合わず、考えにくい。
- ○d. 上腸間膜動脈症候群
急激なやせによりSMA周囲の脂肪が減り、SMAと大動脈の間で十二指腸水平部が挟まれて通過障害を起こす疾患である。やせ型の若年女性に多く、急なダイエット、神経性やせ症、長期臥床、側弯症手術後などが誘因となる。食後の腹部膨満・悪心・嘔吐が典型的で、前屈位・腹臥位・左側臥位・膝胸位で症状が軽減する。本例は、ストレスによる急激な体重減少という誘因、前屈位で軽減する食後症状、造影で十二指腸に造影剤が停滞して空腸へ流れない所見がそろっており、最も考えられる。
- ×e. 機能性ディスペプシア
機能性ディスペプシアは、食後のもたれ感、早期満腹感、心窩部痛、心窩部灼熱感などの症状が慢性的に続くにもかかわらず、内視鏡などで症状を説明できる器質的疾患がない状態である(Rome IV基準)。ストレスが関与し悪心を伴うこともあるが、本例のような持続的な嘔吐と高度の体重減少は器質的疾患の存在を疑うべき警告症状であり、実際に造影で十二指腸の器質的な通過障害が証明されている。体位による症状の変化も説明できず、否定的である。
上腸間膜動脈症候群(SMA症候群)
・別名:Wilkie症候群、動脈腸間膜性十二指腸閉塞。 ・解剖:SMAは第1腰椎の高さで腹部大動脈から前下方へ分岐する。十二指腸水平部(第3部)は、前方のSMAと後方の大動脈・椎体の間を横切る。両動脈のなす角度・距離が狭まると十二指腸が圧迫される。正常ではこの角度はおおむね25〜60°、距離は10〜28mm程度とされ、SMA症候群では角度が約22〜25°未満、距離が約8〜10mm未満に狭小化している。 ・誘因:急激な体重減少(神経性やせ症、ダイエット、悪性腫瘍、熱傷、大手術後など)、長期臥床、ギプス固定、側弯症の矯正手術、Treitz靱帯の高位付着などの解剖学的要因。 ・症状:食後の腹部膨満感、上腹部痛、悪心・胆汁性嘔吐、早期満腹感、体重減少。症状により摂食量が減ってさらにやせ、悪化する悪循環に陥りやすい。 ・体位:前屈位、腹臥位、左側臥位、膝胸位で症状が軽減し、仰臥位で悪化する。 ・診断:上部消化管造影で十二指腸水平部の縦走する直線状の途絶(SMAによる圧排)と近位側の拡張、造影剤の停滞・往復運動(to-and-fro movement)。造影CTやCT血管造影でSMAと大動脈の角度・距離の狭小化を確認する。 ・治療:まず保存的治療(絶食、経鼻胃管による減圧、輸液・電解質補正、閉塞部より肛門側に先端を置いた経腸栄養や静脈栄養による体重回復、食後の体位指導)。体重が回復してSMA周囲の脂肪が戻れば改善することが多い。保存的治療で改善しない場合は十二指腸空腸吻合術などの外科手術を行う。神経性やせ症など背景の精神疾患があれば、その治療も並行する。
食後症状と体位の関係の整理
・SMA症候群:前屈位・腹臥位・左側臥位で嘔吐などの通過障害症状が軽減。 ・膵癌・膵炎:前屈位・膝胸位で腹痛・背部痛が軽減。 ・逆流性食道炎:前屈位や臥位で胸やけが増悪。
POINT
・やせ型の若年女性、急激な体重減少後の食後嘔吐、前屈位や腹臥位で軽快 → 上腸間膜動脈症候群を想起する。 ・上部消化管造影:十二指腸水平部での途絶、近位の拡張、造影剤の停滞・往復運動。 ・CTでSMAと大動脈の角度・距離の狭小化を確認する。 ・治療はまず保存的治療(減圧、栄養療法による体重回復、体位指導)。無効なら十二指腸空腸吻合術。 ・膵癌・膵炎の前屈位での軽減は「腹痛・背部痛」であり、SMA症候群の「通過障害症状」の軽減と区別する。
